世話焼きで可愛い幼馴染が大好きな僕は、既に陥落していた

久野真一

世話焼きで可愛い幼馴染が大好きな僕は、既に陥落していたらしい

 残暑も終わって少しずつ涼しくなって来たとある午前の授業。

 窓から差し込む太陽の光もだいぶ弱まってきて過ごしやすい。

 僕、三条裕貴さんじょうゆうきは少し考え事をしていた。

 一限の授業の国語は得意科目だし、聞き流す。


雅美まさみの事……やっぱり好きなんだよなあ)


 二つ右隣の席に居る幼馴染の四条雅美しじょうまさみをちらと見る。

 一瞬、目があったかと思えばニカっと笑いかけて来る。

 大方、「何見とるんや?」ってところだろう。


【さっきからウチの事見とるけど、惚れた?】


 からかいなのはわかってるし、いつもはスルーしていた。

 でも、最近は少し動揺してしまう。だって彼女のことを好きだから。

 正確にはもっと前から好きだったのかもしれない。

 ただ、一週間くらい前。喫茶店でお茶をしていた時のこと。


◆◆◆◆一週間前◆◆◆◆


「今の季節が一番過ごしやすいわぁ」


 喫茶店で好物のレモンティーを飲みながら幸せそうな顔。

 そして、柔らかな声色。

 何故か唐突に訳もわからずドキっとしてしまった。

 その時は胸の内にドキドキと戸惑いが襲ってくる理由がわからなかった。

 だから、


「季節は春と秋が一番」


 平静を装ってそう返した。


「夏は暑いし冬寒いしなあ」


 特に気にした風もなく、アイスティーをストローから飲む姿。

 そんな姿にも動揺してしまって、怪しまれないようにするのが大変だった。


「裕貴、今日はなんか調子変やなかった?」


 夕方の帰り道、何気なくぶつけられた問い。


「なんだろ。ちょっと寝不足なんかもね」


 本当に理由がわからなかった。徹夜だったのは確かだし。


「裕貴は夜ふかしする癖あるから、ちゃんと寝なあかんよ」

「わかっとる」


 その夜、僕は雅美に対する気持ちを考えていた。

 

「好き、なんやろか」


 高校生にもなるというのに、僕はまだ恋愛経験というのが無かった。

 ただ、恋愛したときの状態としてよく聞く症状。

 感じた胸の高鳴りはまさにそのもので。

 それを信じるのなら僕は雅美が好きなのかもしれない。


(でも、なんで好きに……)


 と考えていた時に、ふと思い当たる出来事があった。

 中学に入ってからしばらくしてのこと。


◆◆◆◆数年前◆◆◆◆


 僕と雅美の家は狭い路地を挟んで向かい側。

 だから、こうして二人で登校するのもよくあった。

 そんなある日の事。


「なんか目が死んどるけど、大丈夫?」


 夜更かしして目がショボショボしてたのを心配して来たのだった。


「大丈夫やって。ちょい夜ふかししただけ」


 頭がぼーっとする中、うつらうつらしながらの返事。


「夜ふかしって何しとったん?」


 怪訝な顔。


「Wikipedia見てたら気がついたら朝になっとった……」


 本当に、つい、という感じだった。

 関連キーワードに飛んで、また飛んでの繰り返し。

 夢中になって気がつけば朝。


「そんなおもろかったん?」

「あれ、中毒性があるんやって」


 面白そうなワードにリンクが貼ってあるとつい見たくなるのが人情。

 

「まあ、何でもええけど」


 雅美と僕とは結構興味が違う。

 だから、スルーされるのも普通で特にお互い気にもしてなかった。

 ただ、


「ちゃんと寝て規則正しい生活せなあかんよ」


 なんて言いながら後ろから抱きしめられたのだった。

 僕は僕で「またいつもの抱きつき癖か」と気にもしていなかった。

 ただ、


「オカンみたいな事いうなあ」


 そんな事をしみじみと感じたのだった。


「裕貴のオカンは放任やからね。その分ウチが言わんと」


 何故だかドヤ顔をしてる雅美が面白かったのを覚えている。


「ま、ええけどね」


 世話焼きたいというか誰かのお役に立ちたい。

 昔から雅美にはそんな性分があったし、それだけだろう。


 ただ、それだけで終わらないのが彼女の徹底したところだった。

 部屋に遊びに来た時も


「もう。部屋汚いんやから」


 なんて言いつつ掃除機をかけ始めて見たり。

 あるいは、両親が夜遅い日は、


「ちゃんと栄養あるもの食べへんとあかんよ」


 なんて言いつつご飯を作りに来てくれたのだった。

 僕は僕で「雅美がやりたいんだし、まいっか」

 と放っておいたら気がつけば随分彼女の私物も持ち込まれている始末。


 そんな、ちょっと妙な関係が僕と雅美の距離だった。


◇◇◇◇現在◇◇◇◇


(まさか、世話焼かれて落とされたとか?)


 もちろん、雅美にそんな気はなかっただろう。

 しかし、プライベートを侵食されるのが不思議と気にならなかった。

 というより、居心地の良さを感じていたくらいで。

 

 なら、好きになるのも自然だったのかもしれない。


「でも、考えてみると……」


 彼女でもない女子になんか色々世話やかれ過ぎじゃないか?

 僕の部屋を掃除されるのに慣れてしまったのに気づいて愕然とする。

 あるいは、気分が乗って二人分のお弁当を作って来てくれたり。

 お箸を経由してご飯を詰め込まれて、抗議した事もあったっけ。


(あれも、あーんという奴では)


 いや、「あーん」と言う甘美なものじゃなくて。


「ほい、口開けて」

「はいはい」


 言うなりおかずを僕の口に放り込んで来るのだった。


「どや?美味しいか?」

「まあまあ」

「そかー。もっとがんばらなあかんなー」

「別にそこまでせんでも」

「裕貴が「美味しい」言うまで続けるから」

「わかった、わかった」


 一度言い出したら聞かないのも彼女の常だったし。

 結局、思わず「美味い」と言うまで作り続けて来たっけ。


 思い出すとどれだけ世話焼かれてるんだ、僕は。

 男子としてちょっと何かまずい領域に踏み込んでいる気がする。


 どうすればいいんだ?

 放課後まで授業に身が入らず悩んだ僕が出した結論。

 デートに誘おう。

 好きなのは間違いない。ただ、だからいきなり告白というのも何か違う。

 でも「それっぽい」デートをすれば、何か変わるような気がする。

 というわけで―


「雅美はさ。今週の土曜か日曜空いとる?」


 雅美は家庭科部、僕は天文部。

 部室に行く途中でちょっとお誘いをしてみることに。


「ん?どっちも空いとるよ?遊びに行く?」


 特に動揺した様子もなく平然とした返事。

 まあ、雅美も意識してたらあんな行動しないよね。


「一駅先の水族館とか二人で行ったことなかったやろ。どう?」


 一応、僕なりに精一杯「それっぽい」デート場所を考えた結果だった。

 カラオケだと、たぶん僕は彼女の歌声をひたすら聞いてるだけだろうし。

 ゲーセンに行ってもなんかお互いに好き勝手やってそうな気がする。

 なんだか、「一緒に回らないといけない」スポットなら違うんじゃないか。

 そう思っての提案でもある。


「裕貴は知ってて、誘ってくれたん?」

「知ってて?どういうこと?」


 何かイベントでもやってるんだろうか。


「あそこ。今、カップル割やっとるんよ?」


 マジか。しかし、ここで撤回するのもなんか違うよなあ。


「僕らも男と女やし。ええんやないの?」


 不思議とそんな言葉が口から出て来ていた。

 好きになった異性を初めてデートに誘う。

 本来は緊張するものらしいのだけど。


「もうちょっと動揺してくれへんと」

「そう言われてもね」

「ま、ええか。楽しみにしとくわ!」


 結局、いつものように遊びに行く約束を取り付けてしまった。

 数日が過ぎて水族館にて。


「あのさ。距離が近いんやけど」


 確かに水族館デートというのはそういうものかもしれない。

 しかし、ピッタリと言うほど真横に居るのだ。


「ウチとデートしたかったんやないの?」


 相変わらず平然とした様子でからかってくる。


「それはそうやけど。周りの目がね」


 しかし、意外な程、平常心だ。

 雅美なりに服には気を遣ってくれてるのがわかるのに。

 たとえば、いつもは肩まで下ろした髪はポニーだ。

 あるいは、豊満な胸を強調する服装とか、膝上までのスカートとか。

 いつもと違うイメージを意識したんだろう。


「もうちょい動揺してくれへんとつまらんのやけど」


 不満そうな目で睨まれてしまう。

 いつもと同じく可愛いのは確かだけど。

 特別ドキドキはしない。


 その後も、手を繋いだりしながら館内を回ったけど。

 やはりドキドキはしないのだった。


 結局、水族館を出た僕たちは。


「ところでさ。ちょっとタイミング早いけど」

「なんや?」

「僕の事、どう思ってる?」


 正直、雰囲気が盛り上がるには程遠いデートだった。

 でも、いつも通り楽しいデートだったのは確かで。

 なら、平常心で告白してもいいか。

 そんな気持ちだった。

 

「ひょっとして、今日は最初からそのつもりやった?」


 じいっと大きな瞳で見据えられる。

 僕の真意を見通そうとするような。


「正直ね、最近、好きだって気づいたんだ」

「そうなんやね。ウチは―」


 少しの間、僕たちの間を沈黙が支配する。

 そして―


「好き、や。意識したのは最近やねんけど」

「そっか。僕と同じか」


 ムードもへったくれもない告白。


「やったら、付き合うてみる?」


 少し悪戯めいた笑顔の雅美の提案。

 付き合う。

 好き合ってるのなら付き合ってもいいのだ。

 その事に考えが向いていなかったのに今更気がつく。


「僕も付き合ってみたい」

「もう。裕貴が素直なんはええところやけど」

「けど?」

「そこはもうちょい恥ずかしそうにしてくれへんと」

「といってもね。好きになったんだからしゃあないよ」


 不思議なもので、そもそも断られるとかいう不安がなかった。

 ようやく落ち着くべきところに落ち着いたという安堵があっただけ。


「彼女としてはすっごい複雑なんやけど」


 じーと微妙な目線。


「ごめん。ただ、ほっとした気持ちが強くて」

「言うても、ウチも似たようなもんやけどな」


 お互い目を見合わせて苦笑したのだった。

 雅美は雅美で、すっかり落ち着いているようだった。

 二人揃って、マイペースに水族館を回った。


 その後、やっぱりのんびりと喫茶店でお茶をすることに。


「僕ら、恋人になったばかりなのに、ふつーやよな」

「ウチも。好きなのは確かなんやけど……」


 アイスティーを飲みながら、二人して頭をひねるのだった。

 一体どういうことだろう。

 先日、意識したのは確かなはず。

 恋人になればもっとドキドキするんだと思っていた。

 しかし、そんな感情が湧いてこなくて困惑する。


 でも、そもそも、こっちの方が本来の僕たちという気がする。

 部屋で一緒に過ごしても、ご飯を口に押し込まれても平常運行。

 そして、両方とも本来なら異性の友達同士がする行為ではない。


「あのさ。僕ら、とっくに恋人っぽいことしてたんやない?」


 水族館を出てから喫茶店まで手を繋いでみたけど、気分は高揚しなかった。

 しかし、考えてみれば遊びに行った時によく手は繋いでいたのだ。

 慣れ親しんでいた行為に心が反応しないのも自然かもしれない。


「言われてみれば。ウチも、あ~んみたいな事やっとったし」


 謎解きをしている気分だ。

 告白して恋人同士になった。

 本来は、もっとぎこちなくなったり、あるいは幸せいっぱいとかなるはず。

 しかし、心をよぎるのは「ようやくいつもの調子に戻れる」というものだった。


「ひょっとしてなんやけど。僕がドギマギしてたのが一時的な感情やったんかも」

「否定でけへんけど。やったら、ウチらは何なんやろ?」

「すっごい妙な仮説なんやけど。思いついた」


 まさか、そんな馬鹿なとは思うけど。

 

「僕ら、とっくに恋人のつもりだったんじゃ……」

「そうかも、しれへん、な……」


 本来、恋人にしか許さない行為を僕らはいっぱいやってきている。

 手を繋いだり、あるいは抱きしめ合ったり。

 キスはさすがにまだだけど。


「ウチら、なんかすっごいアホやなあ」

「僕も。ちょっと落ち込みそう」


 恋人というのは宣言してなるもの。

 そう思っていた。

 でも、恋人にしか許さない行為をお互い許している。

 それは実質恋人なのかもしれない。


 夕方の帰り道。


「なあ。明日から僕ら、どうしよか?」


 恋人になった初日。

 本来なら、きっとそこに流れるのは甘酸っぱい空気。

 なんとなくそう思っていた。

 ただ、今はと言えば「明日の予定どうする?」くらいのノリ。


「言うても、裕貴のとこ行くの普通になってしまっとるし」

「だよねえ」


 僕も、今更妙に意識するのも落ち着かない。


「でも、恋人初日でこれやったら、負けた気がせえへん?」

「少しわかる」


 本来、楽しめると思っていたものがもう通り過ぎて居た。

 本音を言うともっとイチャイチャしてみたい。


「たとえば。こういうのはどうや?」


 背中からギュッと抱きしめられる。

 胸が当たって……でも、普通だった。


「ごめん。されるのは好きやけど、慣れちゃったぽい」

「よりにもよって、恋人にこうされてその感想はないと思うで?」

「それを言われると。でも、雅美がいつもしてくるからやって」

「そういうの、責任転嫁言うんやで?」

「いやいやいや。もうちょっと新鮮味のある事やったら」


 と考えていて、ひとつ思いついたことがあった。

 しかし、あまりにもあんまりじゃないだろうか。

 いつも通りじゃない行為である「キス」をしようなんて。


「それやったら。キスとかどうや?」


 思考回路がおんなじだった。


「う、うん。やってみよう」

「そやね。ウチらやって、ちゃんと嬉し恥ずかし出来るはずやし!」


 二人して何か別のことに必死になっている。

 きっと、それは「感情が燃え上がらないのが何か負けた気がする」

 という意地。


 よし。振り向いて、ぎゅっと抱きしめる。

 閉じられた目と形のよい唇。

 ちゅっと唇を合わせると、じんわりと多幸感が湧いてくる。


「さすがに、ウチもキスは効いたっぽいわ」

「僕も同じく」

「ウチらは枯れてなかった!」

「うん。良かった、良かった!」


 しかし、こんな事を考えている時点で。


「ウチらやっぱりどうしようもないわあ」


 少し落ち込んだ様子の雅美だけど、僕も同じく。

 始まったばかりの僕らの恋人関係は前途多難だ。


 でも、なんであの日に限ってドキっとしたんだろう。

 その謎だけがわからない。

 ああ、そういえば、あの日は徹夜した翌日で。


「どうしたんや?なんか妙な顔して」

「いや。雅美の事意識した日なんやけど」

「うん?」

「徹夜やったの思い出した」

「オチが見えたんやけど」

「徹夜のテンションって奴だったんかも」

「しょうもな!」


 もし、そうだったとしたら、さらにどうしようもないな。

 でも、それはそれで悪い気はしないし。

 関係が安定しているということでいいのかもしれない。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

距離感が何かバグっている二人のお話でした。

果たして付き合いはじめでこんな感じの二人の前途はいかに?

みたいなお話になってしまいましたが。


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