episode19.身代わりの毒姫は本物の主役になりました


 ロレンティーネ伯爵の屋敷が焼け落ちた。

 ショッキングなニュースは見る間に広まり、社交界で知らぬものはいない。家財や重要書類はすべて燃え尽きてしまったが、伯爵夫妻と娘セレニア、侍女を含めた使用人全員が助かったという。

 

 屋敷に放火した男はグレンの手によって捕縛、王都へ連行された。死人が出なかったのは不幸中の幸いだが、放火罪で終身刑が決まったという。本当は伯爵家の侮辱罪で死刑判決も出たそうだが、恨みの原因がセレニアによるものということもあり、情状酌量の余地があった。


 また、男と同じく裁判所に出廷したセレニアは、その場で自ら「アマシアという少女に毒を盛る計画」を立てていたことを告白した。わざわざグレンに罪を見逃してもらった立場であったが、アマシアへの当たり方や、アマシア以外の人間に今までしてきた事を考え、そういう行動に至ったという。


 裁判長はしばらく考え込んでいたが、やがてセレニアへの修道院行きを言い下した。死人が出ていない事、自分自身も被害者であることが刑の執行には繋がらなかったのだろう。ファルベッドが言っていた通りになったが、修道院で修行する期間は具体的に設けられなかった。

 その身に宿る罪が消えるまで。

 きっとそういう意味が込められているのだろう。


 伯爵夫妻は親戚の家に寄せてもらう事が決まっていたが、セレニアの事が大好きすぎるあまり、一緒に修道院に行くという。セレニアは何も言わなかったが、聞くところによると嬉しそうな表情をしていたという。


 そして、アマシアはというと──


「アマシア、久しぶり」

「はい。グレン様はお変わりないようで」


 事件の後処理に追われていたため、アマシアがグレンと出会うことが出来たのは屋敷が燃えてから一か月後のことだった。

 たった一か月なのに、もう何年も会ってないような気さえする。

 

 アマシアは、自分が孤児であることを少しだけ後ろめたく感じていた。セレニアとしてグレンに会ったときは、伯爵家の令嬢として相応しい身なりをしていたから、その時は大丈夫だったのかもしれない。でも今のアマシアは、貴族とは程遠い質素な身なり。


 こんな格好だと、グレンの視界に入ることすらおこがましい。

 そう感じるくらいに、アマシアは緊張していた。


「あ、あの…………今日は大事な話があるって」

「うん。君を、迎えに来た」

「迎え、ですか?」


 何を思ったのか、グレンはその場にひざまずいた。

 綺麗な服が汚れしまう。

 そんな平凡な感想であたふたするアマシアの手を、グレンはそっと手に取り、口づけをする。


「俺と婚約してほしい」

「婚約……?」

「ああ。結婚を見据えた婚約だ」

「け、っこん……?」


 あまりにも突然すぎることで、実は冗談ではないかと思っているくらいだ。

 するとグレンは、どこから取り出したのか、大粒の宝石がついた指輪を手に取り、アマシアの左手薬指に嵌める。


「これは婚約指輪。君が、俺のものである証だよ」


 歯に浮くようなセリフを囁かれて、アマシアの顔が真っ赤に染まる。

 グレンはそのあと、アマシアがセレニアから貰い受け、自分が持ってるのはおかしいと言ってグレンに渡したはずの、あの首飾りネックレスをアマシアの首にかけた。


 ずしりと、重みを感じる。


「身代わりじゃない。本物の主役として、俺は君とずっと死ぬまで一緒にいたいんだ」


 アマシアの目から、涙がぽろぽろと流れる。

 

「ずっと、ずっと……わたしは孤児で、ただの身代わりで、グレン様とは身分が違い過ぎてあなたの隣にいるのは無理だって、ずっと思い込んでました。ううん、グレン様の視界に入ることさえ、こんなわたしじゃ無理だって……」

「うん、だから外堀も埋めてきたよ。君が俺とずっと一緒にいられるように」


 まずはアマシアを、アルヴァフォン家の傍系の家に養女として召し上げる。

 そうすれば、孤児とはいえアマシアはれっきとした貴族の娘だ。


「でも……シスターやみんなが……」

「大丈夫、もう話をつけてある。孤児院への継続的な支援を条件に、俺が君の隣に立てる許可がもらえた。イザミナ様は……いいや、君の大好きなシスターは、少しだけ泣いていたよ。娘の嫁入りが寂しいんだろうね」


 シスターは口が悪いが、子どもの巣立ちにめっぽう弱い。いつも「おまえさんたちは早く孤児院を出ていきな。アタシはガキ数人相手をするだけで手一杯なんだ、親離れできないデカい子どもはいらないよ」とか言いつつ、子どもが成人して孤児院を離れる日には、誰もいないところで泣きながらお酒をあおっているような人だ。きっとアマシアがいなくなれば、「またちっちゃいガキの面倒を押し付けられなくて大変だ」なんて言うのだろう。

 シスターらしい反応で、涙が出そうだ。

 

「でも俺は、強制はしたくない。だから君の口から教えてほしいんだ。アマシアは、俺と一緒にいたいかい?」


 アマシアは顔をあげ、グレンを首に腕をかけて抱きしめた。


「はい。わたしも、ずっとグレン様のお傍にいたいです」

「ありがとう。アマシア」


 そう言って、グレンはそっとアマシアの唇に自分の唇を重ねた。


「愛してる」

「わたしも、愛してます」


 



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身代わりの毒姫はいっぱしの悪女になりたい ~顔がそっくりという理由で死ねと仰られても毒は効きませんので。悪女の道を邁進していたら本人そっちのけの溺愛ルートに入ってました~ 北城らんまる @Houzyo_Runmaru

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