第53話 大結界

「そろそろクリムゾン・ソル地方を抜けるの」


 思い切り走らせた後、魔馬を並べて草原を行く。魔馬は時々走らせんと、ストレスをためてしまう。街道からは外れているが、遠く見える山々の形からして、そろそろルガノ地方に入るはずじゃ。


「これからルガノ、カイジと進むのですね?」

アリナが聞いてくる。


 シュレルは大陸の半分を支配する大国であるが、幾度かの魔王出現を経て、周辺の国々が疲弊し、それらを併合することで大きくなった国だ。


 無理に併合したわけではなく、困難な時代に勇者の血筋を民が頼った結果、次々にシュレルの庇護の翼の下に集まったようだ。


 もう消えた国の名は、土地の名として残っている。クリムゾン・ソルもアリナの上げたルガノ、カイジも昔は独立した国だったと聞く。


「ソレグスに寄ろうかと思っておる」

「勇者に見捨てられた土地か」

タインの声に少しの緊張が混じる。


 魔王討伐の旅はゆきつもどりつもあったものの、ほぼ大陸を時計回りに一周している。徒歩で、ドラゴンに乗り、転移の門を開け――先を急ぎ、気になりつつも足を踏み入れることがなかった土地もある。


 そういった土地は魔物の縄張りとなり、人が近づけない土地となる。その多くが人々の暮らしに関わる土地ではなく、特に足を踏み入れずとも問題のない土地なのだが。


 いや、歴代勇者が寄らずにいるうち、自然とそうなってしまったのかもしれん。


「勇者の後では『印の武器』と出会える確率が減りますからね。イオとアリナ様の修行を兼ね、のんびり行きましょう」

おっとりと笑って言うマリウス。


「いや、そんなとこでどうのんびりしろと……」

タインが口の中で呟く。


「お祖父様の『水焔』のような剣に認められるよう、頑張ります!」

きらきらした目で決意に燃えるアリナ。


「機会をいただけること、感謝いたしますわ」

魔馬に騎乗していなければ、淑女の礼をとっていたであろうイオ。


 どこまでも続く草原。


「ツアム川が見える。方向はあっておるようじゃの」

間違っておらん自信があって進んではいるが、見渡す限りの草原では流石に少々不安もある。


「川に沿って降れば、河口近くにホルムの町があります。とんでもないところに出ずにほっとしました」

あからさまに息を吐いてみせるマリウス。


「儂……俺が方向を間違えたことなぞないだろうが!」

「貴方は方向しか合っていないんですよ。崖やら魔物の棲家やら、何度とんでもない場所に出たと思ってるんですか」

沈痛な面持ちを作ってわざとらしく首を振るマリウス。


「そこを越えれば最短じゃろが!」

「道を覚えなさい、道を」

「通ったことのない道なぞ、覚えられるか!」


 星や太陽、山々の形、植生を見て方角を定めるのは得意じゃ。が、人から聞いた道順を正しく行ける割合は5割……いや4割ほど。「一つ先の角を曲がる」程度ならともかく、だいたいこんがらがる。


「……なんでそんな旦那が先頭にいるんだ?」

もっともな疑問を口にするタイン。


 気がついたら先頭にいるだけじゃ。ぎゃあぎゃあマリウスとやり合っているうちに川が近づく。


「川……何故白いのですか?」

アリナが目を丸くして、川を眺める。


「氷河が岩盤を削って、それが溶け込んでおる」

「女神の山脈の、でしょうか?」

「そうじゃ」


 大陸の中央に、女神と魔王の力がぶつかり合い作られた山脈がある。その山脈は円を描くように続き、その中には魔王城がある。山脈に沿って、大結界と呼ばれる女神と魔王の二重結界がある。


 魔王の気配が強い時は、魔王の大結界により出入りすることは困難、女神の力が強い時は、女神の大結界により出入りすることが困難。なんとも面倒な場所じゃが、それゆえ魔王が復活しても簡単にそこから動くことができない。


 人の身で大結界を越えるためには、シャトの持つ勇者の剣を白く輝かせる必要があった。輝かせる方法は、幾多の魔物を倒すこと。特に魔王の力を分けられたコア持ちの魔物。


 草原から今も大結界さんみゃくは見えている。白く連なる山々は、魔王の時代は黒く染まり陰鬱としたありさまで、この川も黒い流れを見せていた。


 白茶けた枯れた草に黒く蠢く虫たち――今は緑が広がり、風の通った場所が白く光を反射する草原。


「おお、赤ピヤじゃ。摘んでいくかの」

「珍しいですね、幸運に感謝を」

「おう。高く売れる」


 草原の青草に混じる赤い穂を見て盛り上がる大人3人。


「赤ピヤ?」

「何に使う物なのでしょう?」

アリナとイオは知らない様子。


「かぶれにも効くが、なんとか言う病の予防薬じゃ。それはともかくとして、揚げて粉砂糖を振ると美味い」

美味しく食べて病の予防にもなって一石二鳥。


「ぴゃー」


 美味いの一言にぴゃーが鳴く。お前、さっきまで寝てたろ! なんで食い物のことに関してこんなに耳ざといんだ!

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魔王討伐から半世紀、今度は名もなき旅をします。 じゃがバター @takikotarou

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