第52話 葡萄の葉巻
「葡萄畑です!」
「そうじゃの」
きらきらした目で合っていますよね? という顔を向けてくるアリナ。
アリナの言う通り、町の周囲のなだらかな丘陵に葡萄畑が広がる。
手入れがしやすいよう、低く整えられ、葡萄の木々が広範囲に規則的に並んでいる様は独特じゃ。好きに枝葉を伸ばしてやればいいものをと思わんでもないが、荒廃した景色よりはるかにいい。
ワインは古木から収穫した葡萄から作られたものがいいとされる。樹が若いうちは樹勢が強く、エネルギーの多くを枝葉の生長に使って実に回らないからとか、根が浅く、土中の栄養を吸い上げられないからなどと言う。
その理由が正しいのかわからんが、古木は大事に育てられ、その実は丁寧に扱われるので、味に違いが出るのならばそれが理由だと思っている。実際、若木の果実で作ったワインにも美味いものは多い。
まあ、魔物が跋扈する時代を生き抜いた古木というのは稀なので、特別視したくなる気持ちはわかる。
アリナとイオには早いので話題には出さなかったが、葡萄の葉巻きと共にワインもこの町の名物じゃ。
この町は村がそのまま大きくなったような、のんびりしたところ。一応、街道から続く町の入り口に門番のような者がおり、通行税がとられるが、身分を確かめられることもない。
「道から外れた場所から入り放題ではないかしら……?」
イオが小さく首を傾げる。
「周囲に葡萄畑しかありませんし、出入りは町に住む者全体が監視しているのですよ。監視という言葉は少し強いかもしれませんが、おそらく適当なところから入った者には、誰かから声がかかるはずです」
マリウスが言う。
「そうなのですね? 学んだ以外にも実際の町には色々な形式があって戸惑います」
少し困ったようにイオが言う。
町に入り、最初に聞くことは魔馬の預かりが可能な場所。大きな町は大抵貸し馬屋か宿屋で預かってくれ、村であれば少し金を渡して馬屋か納屋で預かってもらう。
今回は、宿屋じゃ。部屋をとり、魔馬を預け、またすぐ外に出る。1階で食事ができるスタンダードな宿屋なのじゃが、なるべくたくさんの種類の葡萄の葉巻きを、というアリナのリクエストで広場で見かけた露店へ。
「町にいる時くらい腰を落ち着けて食いたいが、名物は食っとかなきゃな」
これはタインの言である。
おそらく一人なら宿屋の一階で酒を飲みながら食事を済ますところなんじゃろう。
露店では小さな店ごとに様々な種類が売られている。もちろん、他のものも売っておるが、他のもののついでに葡萄の葉巻きを扱う店も多く、おそらく全部は食いきれない。
「思っていたより大きいのです……」
アリナが現物を見て、自分の胃袋と食べられる数の相談をしているようじゃ。
「ここの葡萄は葉は大きく、
聖獣や精霊はそのようなな伝説をあちこちに残しておる。
どう考えてもぴゃーとは違うのじゃ、ぴゃーとは。
「アリナ、購った後にナイフで半分に」
「お願いします」
一つを分け合い、色々食べる相談をする二人。
二人とも食が細い。いや、アリナの方は年相応じゃが、イオより小さいしの。おそらく王宮暮らしでは、食物を分け合うことなどなかったのじゃろう、分けて食べること自体が嬉しく、楽しいようじゃ。
「とりあえず一番ノーマルなものからいきましょうか」
マリウスが言い、早速頼んでいる。
ノーマルは米と羊の肉を香辛料で味付けし、蒸したもの。口に入れると葡萄の葉はほのかに酸っぱく、さっぱりしている。
「昔より随分肉が増えたの」
「玉ねぎも」
「ぴゃー」
もぐもぐと咀嚼し飲み込んだ後、お互い顔をみないままマリウスと感想を呟く。そしてさっさと食べ終えたぴゃーが、次をねだって鳴く。
「干し貝柱を入れたやつが美味かった記憶があるが、どの店が扱っているんだったか」
「ぴゃー」
露店から露店へ視線を動かすタインにぴゃーが興味を示した。着いて行けと言わんばかりに、肩から身を乗り出して主張して鳴く。
「タインの背中に移ればいいじゃろうに」
「ぴゃー」
後ろ足でかしかしと儂の背中を掻くぴゃー。
「シンジュ様、歳をとると意地が悪くなる者もおりますね」
わざとらしく胡散臭い笑顔を向けてくるマリウス。
「おじい様、私もタイン様が美味しいとおっしゃる種類が食べてみたいです」
アリナが笑顔で言う。
「しょうがないの……」
可愛い孫の頼みは断れぬ。
ゆで卵やひき肉のそぼろ、バターと干し葡萄など、色々食べ続け、結局目当ての干し貝柱は包んでもらって宿屋に持ち帰った。
あれから大きな魔物とも遭わず、今のところ平和な旅を過ごしておる。いや、道中少し出たか。弱すぎてあまり印象に残っておらんが。
「アリナとイオの武器を探すため、少々人が足を踏み入れん地も回った方が良さそうじゃの」
「次のコア持ちとの戦いに一緒にゆくなら、少々魔物の残る地に足を入れたほうが良いでしょうね」
マリウスと言い合う。
耳に入ったらしいタインが固まったが、修行じゃ!
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