第9話
夕日にまざる
俺はゲームに負けたばかりか、『トラコ』の大ファンであることもバレてしまった。
しかも、その声を演じている担当声優たちに。
実を言うと俺は、『いいスポーツ同好会』に誘われたときに、こんな妄想をしていた。
「善人くんは、わたしがアイドルだからって特別扱いしないんだね」
「アイドル? 北風にとっちゃそんな肩書き、なんの意味もない。
目の前にいるのが誰であれ、ただ横を吹き抜けるだけさ」
「素敵、抱いて!」
なのに化けの皮が、すっかり剥がされてしまった……!
興味ないどころか、ガッツガツに興味津々だってのが、バレてしまった……!
これで天の川はもう、俺に興味を失うことだろう。
この俺を『普通の女の子として扱ってくれる唯一の男』から、『掃いて捨てるほどいるファン』に格下げすることだろう。
俺はもう人目もはばからず、部室の床で悶絶していた。
転げ回った拍子に、ゴツンとなにかにぶつかる。
そこには、床に膝をついて座る天の川がいた。
すっかり軽蔑しているだろうと思ったが、彼女はなぜか慈しむような表情で俺を見ている。
「……ありがとう、善人くん」
「え」
「善人くんのカバンからブロマイドを見つけたとき……わたし、すっごく嬉しかったんだ。
『トラコ』はわたしにとって、いちばんの思い出のアニメだったから。
それをまだ好きでいてくれる人がいるってわかって、泣きそうになっちゃった……」
何かを思いだしたのか、天の川の瞳はわずかに潤んでいるようだった。
窓から差し込む夕日を受け、トパーズのように輝いている。
すん、と鼻を鳴らす天の川の肩に、ぽんと手が置かれる。
膝射のようなポーズで隣にしゃがみこんだ越前だった。
「ミッキーは、『トラコ』のレミーを真剣に演じていた。
それこそ命を捧げるくらい、一生懸命に。
キャシーが魔法界に帰るシーンの収録があった時は、前日からずっと泣いていた」
キャシーは『トラコ』に登場するもうひとりの魔法少女。
寡黙だが天使のようにやさしく、レミーの親友的キャラクターだ。
ちなみに担当声優は、無愛想なうえに悪魔のようにやさしくない越前だ。
「えへ」と泣き笑いのような表情を浮かべる天の川。
「えっちーはね、その収録の前日は、わたしといっしょのベッドで寝てくれたんだよ。
わたしの頭をずっと撫でてくれて、わたしが眠るまで、ずっとお話してくれた。
おかげでわたしは、ちゃんとキャシーちゃんにさよならができたんだ」
「そうだったのか……」と起き上がってあぐらをかく俺。
俺が『トラコ』に惹かれたのは、主人公のレミーのひたむきさからだった。
思えば俺は、なんに対しても本気にならず、目に映るものすべてをバカにしていた。
斜に構えているのがカッコいいと思っていたんだが、そんな時に目に飛びこんできた彼女は鮮烈だった。
なんにでも一生懸命で、ライバルや弱い者たちもバカにしたりせず、誰とも友達になろうとする彼女はまぶしすぎた。
だからこそ俺は、彼女のことを……。
ふと気付くと、部室のなかは俺と天の川だけになっていた。
いつの間にか、越前の姿は消えている。
忍者みたいなヤツだな……なんて思っていると、天の川が俺に向かって、ツムジを見せるように頭を下げていた。
なにかを期待するような上目で、じっと俺を見つめながら。
「……よしよし、して……」
それで俺は思いだした。
レミーの大好きなことが『頭を撫でてもらう』ことだと。
しかしこんな時でも俺は素直になれなかった。
「俺はまだ、4敗しかしてないが」
「けち。ヨシヨシなんて名前なのに、よしよしはしてくれないんだね。
せっかく今だけはライバルだってことを忘れてたのに」
ぷくっと頬を膨らませるその愛らしい顔に、俺は吹き出しそうになってしまう。
「俺はそんな名前じゃないし、ましてやライバルでもないんだがな。でもまあ、いっか」
俺はそっと手を伸ばし、天の川の頭の上に置く。
彼女の髪は見た目どおりにサラサラで、絹みたいだった。
窓の外からは、運動部のかけ声が聞こえてくる。
オレンジの夕日に切り取られた俺たちは、しばらくの間そうしていた。
それから天の川は俺のことを『ヨシヨシくん』と呼ぶようになった。
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このお話は、これにて完結です!
面白い! 続きが読みたい! と思った方は、感想などを頂けるとやる気が出ます!
好評なようであれば、続きを書かせていただきます!
それでは、このお話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました!
スクールカーストの北風と呼ばれた俺が、太陽の彼女と『いいスポーツ』をする話 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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