第8話

ゲーム04 プロフィール当てゲーム


「今日はねぇ、『プロフィール当てゲーム』だよ! わーっ、ぱちぱちぱちぱち~!」


 満面の笑顔で両手を叩く天の川。

 隣にはむっつりとした表情で手を合わせる越前がいる。


「越前って、昨日のゲーム限定のゲストじゃなかったのかよ」


「うん、そのつもりだったんだけど、せっかくだから『いいスポーツ同好会』に入ってもらったの!

 普段は文芸部だけど、たまにこうやってこっちの部にも来てくれるんだって! わーっ、ぱちぱちぱちぱち~!」


 天の川は嬉しそうだったが、俺はまったく喜べなかった。

 昨日、越前にやられたしっぺの跡はミミズ腫れになっていて、まだズキズキと痛んでいるからだ。


 しかし俺の気持ちなどおかまいなしに、越前は仕切りはじめる。


「それでは『プロフィール当てゲーム』のルールを説明する。

 お互いに5個プロフィールを書いて、交互にクイズとして出題するというもの。

 たとえば『身長は?』というクイズの場合、出題者の身長を言い当てられたら、回答者側に1ポイントが入る。

 逆に外れたら、出題者側に1ポイントが入る。

 お互いに5問ずつの出題で、合計10問が終わった時点で、獲得ポイントの多いほうが勝ちとなる」


 「答えるのは1回だけか?」と俺。


「1回だけ。ただし1問につき1回、回答者は出題者にヒントを求めることができる」


「それで、負けたらどうなる?」


「参加者がひとりでも希望する場合、罰ゲームを行なう」


 すると示し合わせてもいないのに、俺と天の川の声は「「いらない」」と揃ってしまった。

 越前の顔は、いつも鉄でできているみたいに変わらないが、この時ばかりは少し残念そうに見えた。


「では今回のゲームは罰ゲームは無しで。それではお互い、出題するものをこの紙に書いて」


 越前はこのゲームのために、わざわざ専用の出題用紙まで作っていた。

 問いと答えが格子状に区切られていて、わかりやすいようになっている。


 しかも彼女はそれどころか『いいスポーツ同好会』のロゴ入りの仕切りまで用意していた。

 それを机の中央に立てて、俺と天の川がお互いにカンニングできないようにしている。


 天の川はさっそく出題用紙に取りかかっているのか、仕切りの向こうからは、「う~ん」と悩んでいるような声がした。

 しかし俺は彼女とは真逆で、ちっとも悩まない。


 この手のクイズ系のゲームで、自由に問いが作れる場合、相手が想像もつかないような設問を考えればいいだけだ。

 俺はあっという間に5問を作り終え、審判に提出する。


 しかし越前は一瞥しただけで、「だめ」と非情な女上司のように突き返してきた。


「なんでだよ!?」


「『俺の好きなゴルゴ13のエピソードのタイトルは?』とあるけど、ゴルゴ13は増刊も合わせて700話以上あるから範囲が広すぎる。

 それ以前に、ミッキーはゴルゴ13を読んだことがない」


 ミッキーというのは、天の川のアイドル時の愛称だ。


「範囲が広いとダメなのかよ!? それに、読んでないのは天の川の都合だろ!?」


「善人くんは、みんなでカラオケに行ったときに、誰も知らないような歌を唄って悦に入るタイプね。

 でも、それは間違った楽しみ方。

 あなたはそれで楽しいかもしれないけど、みんなはちっとも楽しくないから。

 カラオケはみんなで盛り上がれるような、ポピュラーな歌を唄うものなのよ。

 それと同じで、あなたはいまはゲームで遊んでいる。しかも、カップルゲームを。

 相手がまったくわからない問題よりも、相手が理解できて、楽しく考えられる問題を考えるべきじゃない?」


 サメの目をした女に、人として空気を読むことを諭されてしまった。

 しかし図星だったし、ぐうの音も出ない正論でもある。


「ぐっ……!」


 俺は新しい用紙をひったくると、猛然とペンを走らせた。


「そこまでいうなら、やってやるよ……! 考えて楽しいクイズってやつを……!」


 少しのロスタイムはあったものの、俺と天の川は問題を作り終える。

 そしていよいよ俺からの出題で、『プロフィール当てゲーム』が始まった。


「第1問。俺の小学校の頃のアダ名はなんだ?」


「えっ、アダ名? うーん、なんだろう? それって善人くんの名前に関係ある?」


「関係ある。俺の名前をもじったものだ」


 越前がふと「ブタ野郎」とつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。


「誰がブタ野郎だっ!? アダ名っていうかただの悪口じゃねーか! だいいち、ぜんぜん名前をもじってねぇし! それ以前に、審判が回答すんなよ!」


 俺の苦情も、越前は涼風のように受け流す。

 天の川は天の川で、この寸劇がシンキングタイムとでも思っているかのようだった。


「うーん、なんだろうなぁ~? ……あっ、わかった! 『ヨシヨシ』だ!」


「惜しい、ハズレだ。正解は『ゼンゼン』だ。小学生の俺は、なにをやらしても全然ダメだったからな」


「えーっ、ヨシヨシのほうがかわいいのに!」


 その問題は、俺が忘れ去りたい嫌な過去のひとつ。

 秘部を晒したような気分になるが、今回はエンターテインメント性を重視した。

 現に、天の川もすごく楽しそうに問題に取り組んでくれたから結果オーライだ。


「じゃあ次はわたしだね! だい、いちもーんっ! わたしの好きな食べものはなーんだ? ヒントはねぇ……」


 俺は天の川の出題を遮るようにして「あずき」と答えた。

 彼女は豆鉄砲をくらったハトみたいに目をぱちくりさせる。


「えっ、なんでわかったの!?」


「簡単なことさ。

 一昨日やった『ラブアイテムゲーム』で天の川のカバンの中身を見たときに、ミニあんぱんとプチようかんが入っていたからな。

 そこから推理したまでだ」


 すると天の川は、見開いたままの瞳を天の川のように輝かせ、「うわぁ……!」と感嘆のため息を漏らす。


「す……すごい! すごいすごいすごい! すごーいっ!

 あずきじゃわからないと思って、正解は『お菓子』にしたんだけど、わたし、お菓子のなかでもあずきがいちばん好きなの!

 すごい、すごすぎるよ! 善人くんって、まるで名探偵みたい!」


 天の川は俺の名推理に感激しきりだった。

 彼女は感受性が豊かなのか、感情表現がストレートでオーバーなところがある。

 でもそれが全然わざとらしくないのが、彼女がみんなから好かれる理由なんだろうな。


 いずれにしても、俺はこのゲームで天の川に負ける気がしなかった。

 2問目以降も、天の川の出題する問題をヒントなしで答え、4問連続で正解。

 逆に天の川は、俺の問題を4問連続で外していた。


 最終問題を残し、ポイントは8対0となる。

 俺の勝利はもう揺るぎないが、審判の越前がとんでもないことを言いだした。


「最終問題は5ポイントとする」


 このトンデモ追加ルールに、天の川は「わぁい、やったー!」と無邪気に喜んでいる。

 俺は「なんだよそりゃ!? バラエティ番組かよ!」と越前にツッコミを入れたが、あっさり頷き返された。


「カップルゲームはバラエティ番組と同じで、最後まで楽しめることを重視する。

 よって最終問題に逆転のチャンスがあるほうが楽しいと判断した」


 ぜんぜん楽しくなさそうな顔で言ってのける越前。


「最初からわかっちゃいたが、ひでぇ審判だな……。

 だが、そのルールでいいだろう。今の俺は、ノリにノッてるんだ」


「参加者全員の承諾が得られたので、最終問題は5ポイントとする。

 では善人くん、最後の問題をミッキーに出題して」


 俺の最終問題は、「俺の家ではネコを飼っている。そのネコの品種は?」だった。

 天の川は今までハズレ続きだったのに、この問題だけは「えっと……ロシアンブルー?」と正解しやがった。


 なんたる偶然……! と思ったが、俺はこの時、完全に油断していた。

 本当なら気付くことができたはずのことを、すっかり見落としていたんだ。


 なぜこの俺が油断しきっていたのかというと、俺はこのゲームにおける、天の川限定の必勝法を持っていたから。


 それは、このアカデミックな俺が唯一視聴に耐えうるアニメであった、『料理魔法少女トライアングル・コーナー』に端を発する。

 この『トラコ』は、『エンジェルボイス』のメンバーが初めて声優をつとめたアニメだ。


 主人公である平野レミー役が、いま俺の目の前にいる天の川である。

 ある声優雑誌のインタビューで、彼女はこう答えていた。


「わたしは声を演じるのは初めてだったんです。

 役作りのために、劇中でレミーちゃんが作るお料理は、ぜんぶ自分でも作ってみました。

 それと、監督さんにもお願いしたんです。

 わたしのプロフィールと、レミーちゃんのプロフィールを同じにしてください、って」


 俺は世の中の女はすべてビッチだと思っているが、レミーは違う。

 レミーこそ、俺が彼女にしてやってもいいと思った唯一の女だ。


 俺は『トラコ』のアニメを何度も視聴、ファンブックなどを買いあさり、ゆくゆくは妻となる女のことを隅々まで知り尽くした。

 その時の愛の結晶が思わぬ形で、このゲームにおける必勝法となってもたらされたわけだ。


 最初の問題である「わたしの好きな食べものはなーんだ?」も、レミーのプロフィールをそらんじただけに過ぎない。

 しかし何の理由もなく一発的中だと怪しまれるので、もっともらしい推理をこじつけたんだ。


 だからこそ、俺はこの勝負において天の川に負けることはない。

 たとえ1問正解されたとしても、ポイントはまだ8対5。


 この次の天の川の出題で正解すれば、俺の勝ちが決定する。

 そしてその時こそ、俺のレミーへの愛が本物だと証明されるのだ。


「次が最終問題。この問題で『プロフィール当てゲーム』の勝敗が決定する。

 でもミッキー、最後の問題を善人くんに出題して」


「うんっ! いくよっ、善人くん!」


 びしっ! と俺を指さす天の川。

 その指先は、緊張しているのか微かに震えている。


「わ……わたしの体重はいくつでしょーかっ?」


 俺は心のなかでほくそ笑んだ。

 最後の最後だというのに、なんという初歩的な問題だろうか。


 プロフィールにおける、身長に並ぶほどにポピュラーなものを出してくるんだなんて……。


 ……天の川美紀、破れたりっ!


 俺はカッと目を見開き、今までの芝居をすべてかなぐり捨てるように叫んだ。


「……40キログラム!」


 次の瞬間、天の川はガッツポーズをしながら椅子から立ち上がっていた。


「はっずれーっ!」


「善人くんが外したことにより、ミッキーに5ポイント。8対10でミッキーの勝利」


「きゃーっ! やったやったやった! やったーっ!

 こんなにも見事に、善人くんがひっかかってくれるだなんて!

 すごいすごい、えっちー!」


 天の川は大喜びで越前とハイタッチをしている。

 俺はわけがわからず、「ど……どういうことだ?」と唖然と尋ね返す。


 すると、クリルと振り向いたふたりのアイドル。

 ひとりはいたずらっぽく笑い、もうひとりは無表情のままだった。


「えへへ! 実を言うとわたし、一昨日やった『ラブアイテムゲーム』で、善人くんのカバンの中から、『トラコ』のブロマイドを見つけてたんだ! あれって、超レアなやつだよね!?」


 俺はいつもカバンの中に、レミーのブロマイドを入れている。

 イベント限定で販売された、『ギャラクティック・スパイシー・フォーム』のレミーだ。


「わたし、そのことをメンバーのみんなに言ったんだ!

 そしたらえっちーが、善人くんは相当なファンだろうって言って、カップルゲームで勝つ方法を教えてくれたの!

 きっと善人くんは、レミーちゃんのプロフィールを熟知してるだろうから、それを逆手に取ろうって!」


「そ、それって、まさか……!?」と冷や汗を感じる俺に、「ごめんね」と申し訳なさそうにする天の川。


「わたしとレミーちゃんのプロフィールは同じなんだけど、体重だけは違うんだ。

 さすがに、恥ずかしくって……」


 それで俺はすべてを理解する。

 俺の最終問題だった、飼いネコの品種を当てたのは、きっとカバンの中にネコの抜け毛が入っていたんだろう。


 それに気付いてさえいれば、俺がレミーを愛していることが天の川にバレていることも、察知できて……。

 体重なんていうわかりやすいプロフィールを最後に出してくる不自然さに、気付けていたかもしれないのに……!


「まっ……負けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 善井善人 0勝 4敗

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