第7話
ゲーム03 ビブリオマンシーゲーム
「今日のゲームはねぇ、えっちーから教えてもらった『ビブリオマンシーゲーム』だよ!
えっちー、ルールの説明よろしくっ!」
天の川の隣にいたメガネっ娘は、まるで本を読み上げるかのように話しはじめた。
「ビブリオマンシーゲームは、本をランダムに開いて指さし、そこに書いてあったことをするゲーム。
書いてあったことは絶対で、できなかった時点で負けとなる。
書いてあったことが、相手が必要な行為の場合は、対戦相手に対して行なう。
その際、対戦相手には拒否権はない。拒否した時点で対戦相手側が負けとなる」
「……もし窓から飛び降りるシーンを引き当てたら、この部室の窓から飛び降りるってわけか」
俺は皮肉のつもりで言ったのだが、越前は「そう」とあっさり頷く。
「できなかった場合は、今回の審判である自分が、罰ゲームとしてしっぺをする」
「3階から飛び降りるくらいだったら、しっぺのほうがマシだな。
まあいいや、ルールはわかった。さっそくやってみようじゃないか。
で、その本ってのは?」
「これを使う」と、文庫本を机に置く越前。
それは迷彩柄のカバーがかかっており、本のタイトルはわからなかった。
草むらの中に落としたら探すのに苦労しそうなカバーだな。
それで気付いたのだが、越前の持ち物は、カバンもスマホケースも迷彩柄だった。
さすが、サバゲーオタク……!
ちょっと話はそれたが、俺と天の川はジャンケンをして先攻後攻を決める。
先攻となった俺は、目を閉じたたまま文庫本を開くと、ページの真ん中あたりに適当に指を置く。
そのページは挿絵つきで、若い男が別の若い男の腰を抱いているシーンだった。
『お前、このあとも俺んちで残業の続きな。本当のパワハラってやつを教えてやるよ』
『ああっ、先輩のせいで、僕のコンプライアンスはもうはちきれそうです……!』
ド直球のBL小説やないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
「本のチョイスがおかしすぎるだろ!? 正気か!?」
俺はたまらず抗議したが、しかし越前は性癖を晒したことすら何とも思っていないかのようだった。
「いちど引いてしまった以上、本のチェンジは認められない」
まるで刑吏のような厳しさで「早く」と急かしてくる越前。
隣で本を覗き込んでいた天の川も、「は……はやく……!」と促している。
俺は当然のように迷ったが、ゲームの指示ならば仕方がないと覚悟を決めた。
緊張気味に背中を向けている天の川の腰に、「ままよ!」と手を回す。
天の川の腰に手を回し、後ろからギュッと抱き寄せる。
俺に引き寄せられた彼女は、「あっ」と身体を強ばらせていた。
アゴの下に天の川の頭があって、アゴの先でサラサラの髪を感じる。
花のような髪の香りが立ち上ってきて、クラクラしそうになった。
そして俺は、彼女の小柄さだけでなく、華奢さも改めて思い知る。
腰なんて、力を入れたら折れてしまいそうなほどに細い。
ちっちゃくて、やわらかくて、いい匂いで……同じ生き物なのか、これは!?
俺がカルチャーショックを受けているうちに、審判のOKが出る。
次は天の川が攻撃する番だったので、俺は忘れないうちに審判から本を取り替えてもらった。
俺はともかく、アイドルにBL小説の真似事をさせるわけにはいかないからな。
ってなんで俺、急に真面目になっちゃってるんだろう。
天の川はきつく目を閉じて、「んーっ」とかわいく唸ってから、「ここだ!」と本を開いて指さす。
本を構えるようにして、そのシーンを読んだ彼女の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
どんなのを引き当てたのか気になり過ぎたので、俺は文庫本をひったくる。
そのページはまたしても挿絵つきで、さっきの若い男が別の中年男の胸を揉みしだいているシーンだった。
『部長さんよぉ、いくらこの俺が欲しいからって、ティー・オー・ビーとは感心しねぇなぁ』
『ああっ、ワシが悪かった! かわりにワシのティー・クー・ビーを買い占めておくれ!』
同じシリーズやないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
俺は戦慄と確信を覚え、ワナワナと越前を見ていた。
間違いない、コイツは確信犯だ……!
コイツはゲームにかこつけて、俺と天の川にBL小説ごっこをやらせようとしている……!
でも、なんのために……!?
デスゲームの主催者なみに、目的がわからなすぎる……!
ふと気付くと、俺のすぐそばには天の川がいた。
照れ照れしながら、チラチラと上目で俺を見ている。
「え……えっと……よ、善人くんのむ……胸、さわってもいい?」
そういえばまだゲームの最中だった。
俺は平静を装い「ああ……」と答えたが、声が裏返ってしまう。
天の川はごくりと喉を鳴らすと、俺のワイシャツごしの胸にそっと触れた。
「揉んで」と越前の冷徹なる指示が飛ぶ。マジでコイツは何がしたいんだ。
天の川は「う……うん」と素直に返事をすると、俺の胸に当てた手を動かしはじめる。
な……なんかくすぐったくて、すごくへんな気分だ。
彼女の顔はうつむき加減なので表情はわからなかったが、窓から差し込む光よりも赤かった。
窓ごしに、沈んでいく夕日が目に入る。
燃えるような空は幻想的で、俺はこれが現実ではないのだと思ってしまった。
だって、この学校どころか全国の男が憧れるアイドルに、胸を揉まれるなんてありえないだろう?
相手は、握手するにも金がいる相手なんだぜ?
しかも、同じグループのアイドルがその行為を促進してるだなんて、わけがわからなすぎる。
……いったいどんな世界線に迷い込んだら、このイベントは発生するの?
しかしそう思うと、少し気が楽になったような気がする。
どうせ夢なら楽しまないと損だよなと思い、本を取り替えずにゲームを進めた。
そしてついに、天の川がヤバいものを引き当ててしまう。
それは、若い男が転んだ拍子に、部長のズボンをずり下ろしてしまうというシーンだった。
挿絵を見た瞬間、天の川の顔が爆発したみたいにボンッと赤熱する。
「むむむ、無理だよっ! 男の子のズボンをおろすだんて! 無理無理無理、絶対無理っ!」
赤くなってアワアワする天の川だったが、審判の越前は顔色ひとつ変えない。
雪のように白い指を2本立て、「できないならしっぺ」と宣告した。
天の川は泣きそうな顔で俺に助けを求めてくる。
「た……大変! えっちーにしっぺされちゃうよぉ!」
俺はズボンを下ろされずにすみそうだったので、内心ホッとしていた。
「しっぺくらい別にいいじゃないか、女のしっぺなんて、別に……」
「え、えっちーのしっぺってすごい威力なんだよ! ファンイベントで、ファンの手首を折ったこともあるんだから!」
「大げさだなぁ、いくらなんでもしっぺで骨折させるだなんて、ありえるわけが……」
ふと見ると、越前は木刀のようなものを取りだし、しっぺの二本指をあてがっていた。
その木刀に向かって指を振り下ろすと、まるで空手家の蹴りを受けたバットのように、バキイッ! と真っ二つにへし折れてしまう。
「「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
俺と天の川は恐怖のあまり、思わず抱きあってしまった。
カラン、と足元に木刀を落とした越前は、ゆらり、と俺たちに迫ってくる。
しっぺの二本指を、刃物のように構えながら。
その佇まいは、食パン感覚で人を殺す殺人鬼のように恐ろしい。
しかしターゲットは俺じゃなくて天の川だから、彼女を差しだしさえすれば助かるはずだ。
俺は視線を落とし、腕のなかにいる天の川を見る。
彼女はまるで雷を怖がる子供のように、俺の胸に顔を埋め、小さくなって震えていた。
その瞬間、俺は自分でも信じられない行動に出る。
ゲームに勝つためなら他人を平気で犠牲にする俺が、天の川を背中でかばい、殺人鬼と対峙していた。
「に……逃げろ、天の川! コイツは、俺が食い止める!」
「そ、そんな、善人くん!? 負けたのはわたしなんだよ!?」
「いいから俺に任せろ! おい越前! そんなにしっぺしたけりゃ、この俺にしろ!」
俺はワイシャツのボタンをはずし、肩までバッとめくりあげる。
そして正拳突きをするように、左の拳を越前に突きつけた。
「そう」とだけ言って、俺の腕をガッと掴む越前。
それはメスゴリラを彷彿とさせるほどの、ものすごい力だった。
俺は覚悟を決め、手首にあてがわれた二本指を見据える。
俺は注射のときでも目を閉じたりせず、しっかりと針の行く末を確かめるタイプなんだ。
やがて、越前の二本指はゆっくりと振り上げられる。
まるで。重苦しいギロチンのように。
「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺の後ろにいた天の川が、悲痛な叫びとともに駆けてきていた。
しかし彼女は足がもつれてしまい、前のめりに倒れかけた直前、とっさに俺の腰のあたりに手を伸ばす。
ずりんっ!
嫌な音がして、俺の下腹部のあたりから下が、やけにスースーした。
まさかと思いつつ、おそるおそる下のほうを見てみると……。
そこにはなんとスラックスを脱がされ、トランクス一枚になった、俺の生脚が……!
「ズボンずりおろしのシーンは達成された。よってこの勝負、敗北宣言をした善人くんの負けとする」
「えっ、ちょ、まっ……!?」
その異議を断ち切るように、越前のしっぺは振り下ろされた。
アイドルにズボンをずりおろされた状態で、別のアイドルからしっぺされるなんて……。
……いったいどんな世界線に迷い込んだら、このイベントは発生するの?
善井善人 0勝 3敗
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