白夜の狩人

黒煙草

【狼】と【冬将軍】

ザリザリと雪の上を歩く


日の出があるにも関わらず解けない雪は、防寒用の分厚い軍靴の足跡を残していく


「寒ぅ……」


分厚いコートを纏い

フードを被り

顔全体を覆うスカーフで寒さを凌ぎながら、1時間前にあった出来事を思い出す




────────



「お前には心底がっかりだ!!なぜその豚を渡さん!!」


「父さん……こ、これは僕の友達だ!殺して食べるなんて……!」


「今年の冬は大寒波なんだ!今からでも保存食を作って蓄えなければ村全体が死ぬ!!お前もわかっていたはずだ!!」


「でも……!」


「でももへったくれもあるか!ならその豚を連れてどこかへ行け!!お前のようなやつは息子でも!村の人間でもない!!」


「ぞんな……ど、どうざん……」


「泣くな馬鹿野郎!出ていけ!!豚ごと死ね!!」



────────


父さんなら理解してくれると思っていた


「……友達、死んじゃったな」


僕の2倍もあるリュックの中には、解体された友達が詰まっていた


これなら僕一人でも洞窟を探して、拠点にすれば今年の冬は過ごせる


「今年の、冬は……」


勢いで村を出てしまったから、先のことなんて考えていない


「う、ぅぇえ……どう”さ”ん”ん〜……!」


目から涙が溢れ、流れ落ちるも直ぐに凍る極寒の世界


目の前に広がる白銀の地平線に、目が眩む


「あ”ぁ”〜っ!!いやだぁ〜っ!!死にたくないよぉぉ〜っ!!」


歩き疲れた訳でもないのに、膝から落ちた僕は日の光を浴びながらマスクを涙で濡らす


今から戻っても遅くはない


反省しました

友達も死にました

これで冬はこせます

ごめんなさい


そう言い繕えば父さんも、送迎してくれた村のみんなも許してくれるだろう




先の見えない近い死が、僕を蝕み、村へ戻ろうと足を向けた


「えぐっ、ぅう……帰”る”……」





が、目の前には裸に布1枚の女が踊っていた






「…………え”?」




雪山の定番では雪男イエティが存在するが、白色の髪の毛が腰まである程度で、毛むくじゃらでは無いし、筋骨隆々でもない


雪女と呼ばれる存在もいるが、やつは近くの小屋へ誘い、人の暖を奪って殺すのだ


辺りに小屋はなく、それに裸に布1枚だ。雪女なら浴衣の1枚は羽織るだろう



遠回りしたいにも関わらず、僕は吸い寄せられるように裸の女へと近づく


「あの……」


声をかけた


「……?」


踊りを止め、無言でこちらを見てくる女


「さ、寒く……は無いよね、な、なんの踊り?」


「……」


女は顎に手を添え、考える


「……!」


次にニコリと笑い、両手を差し伸べる


「ぼ、僕も一緒に踊れって……?」


「……?」


ダメかな?と首を傾げる女に、僕は


「そ、そんな事ないよ!」


と、受け入れた







━━━━━━━━


「あのバカ息子……どこをほっつき歩いてんだが」


俺は息子が移動式テントの家を出たことに苛立っていた


「ほっほ、追い出しても心配か?」


「じーさん……」


村長のじーさんはそんなことを言って笑う


「知らねぇ、あんなバカ息子……」


「そうかそうか……まぁここからはワシの独り言なんじゃがな」


村長の独り言が、テント内で響く


「お前さんの息子は、狩りが上手かったのう」


「……」


独り言だ、こんなの無視していい


「ワシの知る記憶では、過去最大のトナカイを仕留めておったな」


「……」


「そのトナカイを捌いてパーティした時は、それはもう、素敵な白夜じゃった」


「……」


「誰かさんも、仕留めたトナカイを見て────」


「自慢の息子だ!ってな……」


「……ほっほ、あんな喜びようはお主のオムツ替えた時から見たこともなかったわい」


「ほっとけ……」


「テントの設営、回収、運びまで村の筋肉自慢たちも舌を巻いておった」


「村一番の俺が仕込んだんだ、当然さ」


「じゃが、それ以上に情に厚かったのが難点じゃ」


「俺はその場にいなかったが……でけぇトナカイ仕留める前も泣きじゃくってたんだろ?」


「嫌だ嫌だ、と……それはもう鬼すら泣き止まないくらいじゃて」


「しまいには育てた豚を殺したくないとか……バカにも程がある」


「そこがダメなところであり、良いところでもあったんじゃ」


「……」


「命の大切さを、お主の息子は理解しておった」


「まぁ、な」


「他の、村の子らは食べ、寝て、訓練し、過ごす。それが当たり前じゃ」


俺は村長の話を聞いて、涙を流す


「……なんで、だろうなぁ」


「……何がじゃ?」


「なんで……おっかぁ……死んだんだろうなぁ」


俺の奥さん───おっかぁは、俺と息子と3人での狩りの最中、大きな猪からの突進を避けられずぶち当たった


「愛し、愛された者が目の前で死ぬと……あぁも命を尊重するのだな、と思ったわい」


俺はキレて大きな猪を1発で脳天に発砲し、即死させたが……それが間違いだったと今でも思えた


息があったのだ


息子はまだ小さかったし、村までは30分かかる道のりを子供一人で母親を背負っていくなんて1時間でも無理だ


俺とおっかぁの乗っていた、光合成による充電式モーターバイクで村に戻れば、間に合っていた命


俺は怒りに任せて狩りを優先した



「おっかぁを、殺したのは……俺だ」


「それは違うのぅ」


「違わねぇよ、狩りを優先しなければ……生きていた」


それから息子とは会話らしい会話をしていない

指示を出し、それを受ける程度の会話はもはや、会話ですらなかった


「これは、黙っておいてくれと言われたことなんじゃがな」


「……誰にだよ」


「お主の言うバカ息子じゃ」


「……」


「看取ったのは息子さんだったのは覚えておるの?」


「あぁ……」


「お主の奥さんから息子さんへ、その時言伝を得たようじゃ」


「……なんだそりゃ、初耳だぞ」


「『おとっつぁんを、独りにさせないでね』だ、そうじゃ」


俺はその一言で、胸から何かが込み上げた


目には涙が溢れる


「お主は奥さんと結婚する前から、”孤高の狼”じゃったからのぅ……当時は、村1番の危険人物じゃった」


「……ぅ、ぅう!!」


「息子とふたりで、支え合っていけ。奥さんからの伝言、今わしの口から伝えさせてもらったぞ」





俺は雲行きの怪しい空の元、テントの入口から這い出ると、息子の足跡を探す


「クソッ!村のガキ共の足跡しかねぇ!送る時、見てりゃ良かった!」


「そう慌てなさんな、こちらにあったぞ」


村長もテントから出てきたようで、まるで知っていたかのように指をさした


「……村長、知ってたんだな」


「バカもん!お主がおらん時に、村全員で見送ったわい」


「あ、え?そうなの?」


「充電は済んでおる、行ってきなさい────【狼】」


「っ!……その名は、懐かしいな」





光合成による充電式モーターバイクの電源を入れて発進させようとした瞬間


辺り一面がからりと晴れた


「は、え?」


「な、なんじゃ……何が起きた!?」


そして、目前には2人の姿を見た


1人はバカ息子だ。泣きじゃくりながらこちらへ誰かと手を繋ぎ、大荷物を背負って走ってくる


もう1人は────


「じーさん!退がれ!!」


「雪の精じゃ……しかも並大抵の精霊では無いぞ!?」


裸に布1枚の女は、こちらを見て手を振り、ニコリと笑う





「お父さん、この人ねっ!凄いんだよ!!」


「お初お目にかかります」


初めて喋ったような女は地面の雪を吸い上げ、体に纏わせていく




「【冬将軍】と申します、【狼】さんはお久しぶりですね?」



俺が殺したはずの、【冬将軍】が


鎧を纏い、兜を被り





殺意を向ける

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白夜の狩人 黒煙草 @ONIMARU-kunituna

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