変わらない執着
それから何日か後に、あいつが無事治療を受けていることと特になんの後遺症も残らず完治しそうだということまで調べて、ひとまず安心した。
特になんの後遺症も残らなかったのは幸いだった。
それから数週間であいつは復帰して、それまで通りに俺を殺すためのものを作ろうと日々努力を続けていたらしい。
なら、いつかまた相見えることはあるだろう……と思っていたらいつの間にかお前らに殺される予定の時期が近付いていた。
それで、そろそろ俺の方から接触してみようかと思ってあいつの動向を調べたんだ。
そうしたらあいつ……世界中を見渡すことができる超高性能レンズとやらの実験でポカして昏睡状態になってやがった。
多分俺を探そうとしてたんだろうなってのはなんとなく察したけど……大事な時だっていうのに、なんだってそんな大ポカやらかしたんだあいつは。
その時期までにあいつが目覚める可能性は薄かったし、実際あいつは間に合わなかった。
それで仕方がないから渋々あの日にお前に殺されに行くことにしたんだ。
……その時は逃げようとは思わなかったよ、ああとうとうこの日が来てしまったか、とは思ったけど。
けど割り切ったつもりではあったんだ、どうせあいつに俺が殺せるわけないしとも思ってたし。
だから本当はあの時、普通にお前に殺されて死ぬつもりだったんだ。
はじめからそういう筋書きだったしね。
筋書きを破ったらお前らを殺すと言われていたし、だから……本当に死ぬつもりだったんだ。
それなのに、トドメを刺される寸前にあの女の顔がよぎった。
殺してやると言った時の顔が、昏夏の兵器を躊躇いなく放ってきた時の得意顔が。
血を吐いてでも、自分が死ぬとわかっていても俺を殺そうとしてくれたあいつの顔が、どうしても離れてくれなかった。
死ぬ前の走馬灯ってやつだったのかもね、今思うと。
それで俺はこう思ったわけ。
今はまだ、死にたくない。
死ぬのなら、あの女に殺されたい。
……そう思った時にはもう身体が勝手に動いていた。
だから逃げた、死に物狂いで。
あの時の俺の逃げっぷりは無様だっただろう? 以前の俺ならそんな醜態、絶対に許せなかったんだろうけど……今は別にどうでもいいと思ってる。
幸いうまいこと逃げ切れたから、その後は一旦身を隠した。
あいつのところに行ってもどうせまだ寝てるだろうから、あいつが起きるまではうまいこと逃げ回っていよう、と思ってたし、実際ただそれだけのつもりだったんだけど……
俺が逃げたことでお前らがあの有象無象に殺されるのもなんか癪だったし、それに色々とキナ臭いことがあちこちで起こってたから……逃げるついでに色々と。
それにあちこちで起こってるキナ臭いこととか有象無象共にあいつとの約束を台無しにされるのはごめんだなって思ったから、あいつに会いに行くまでにある程度のことは片付けておこう、って。
だからあの時お前らに手を貸したのもその片付けの一貫、あいつに殺される前に世界が滅んだら困るだろう?
お前らは色々と勘繰ったり逆に『やっぱりお兄ちゃんはあたしたちのことを……』って感涙してたけど……あれに関しては本当にお前らのために動いたわけじゃない。
俺はただ、あのどうしようもない約束をどうしても叶えたかっただけなんだ。
……そのためなら、なんでもやろうと思う程度には必死だったよ。
くだらない矜恃も外聞も何もかもがどうでもよかったんだ。
それでまあ……ご存知の通りなんとか世界の滅亡を防げたわけだけど、最後の最後で気が抜けちゃって。
気がついたら全く知らない場所……人里なんて遠く離れた場所に吹っ飛ばされていた、しかも右手もなくなっていたし満身創痍でいつ死んでもおかしくないような状態だった。
ふざけんなって思ったよ、よりにもよって最後の一番大事な時に気を抜いたあの瞬間の自分が許せなかった。
けど誰に怒りを向けてももう仕方ない状況だったから、生きてあいつのところに行くために結構頑張ったよ。
泥水を飲んで、虫を喰んで、とても惨めな思いをしながら、それでもなんとか生きてここまで戻ってきた。
それで、俺がいなくなった後にどうなったのか調べてみたら色々と状況が変わってて思わず笑っちゃったよ。
まあ、全部どうでもいいんだけど。
俺が逃げたのをきっかけにいろんな歯車が狂って、俺を厄災に仕立て上げた連中が最終的に破滅したのも、わりとどうでもいい。
いや、ちょっとくらいはざまあみろって思っちゃいるけどさあ……なんかほんと……びっくりするくらいどうでもいい。
部外者は勝手に死んでろって感じ。
でも、俺を邪魔する奴らとお前らを殺そうとしてた奴らが軒並みいなくなっていたのは素直に良かったなあと思ったよ。
と、言うわけでひとまず色々と片付けたし片付いてたから満を持してあいつに殺されに行こう、ってところでお前らに捕まった。
結構長々と話しちゃったけど、なんか質問ある?
……それを言われると痛いなあ……あいつ、本当に薄情だからね。
あいつはきっと、もうとっくに俺のことなんて忘れてるんだろう。
俺が生きてるだなんて思ってないんだろうし。
だから今はもう好き勝手に自分がやりたいことをやっているんだろうね、誰かを殺すための兵器作りなんかじゃなくて、本当にやりたいことを好きなように伸び伸びと。
だから……実は少しだけ不安だったりする。
今更だと思われるだろうし、ひょっとした人を殺さずに済んだことに安堵しているのかもしれない。
……それでも約束は果たさせる。
元々はあいつが言い出したことなんだ、本気だったとしても戯言だったとしてもあの約束がここまで俺を生かしたんだ、今更破られるのは御免だ。
すごい執着だって? 言われなくても知ってるよ。
……ああ、もうすっかり日が暮れちゃった。
まあ、いいか。
と言うわけで話せることはこれで全部だけど、納得してくれた?
してないのだとしても押し通るよ。
殺しはしないよ、それじゃあ何のために俺がここまで頑張ってきたのかって感じだし?
でもまあ……五体満足でいられるとは思わないで欲しいな?
殺しはしないけど邪魔をするならそのくらいのことはできるよ。
……今まで散々人の思い通りの役割を演じてやったんだ。
優秀な息子、強くて優しい兄、天才勇者候補に誰もが恐れる最悪の厄災。
やりたくもないことを人に乞われるままに嫌々、ね。
まあ、拒まず演じきってしまった俺の自業自得でもあるんだけど。
それでもやっぱり、息苦しかったしつまらなかったよ。
だから、最期くらいは自分が望むように。
さあ、そこをどいてくれ。
痛い思いは、したくないだろう?
死ぬなら彼女に殺されたい 朝霧 @asagiri
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