約束

 ……もし死んだふりすることになったら、あいつのことはどうしてたのか、って?

 別に何も変わらないよ、そりゃあ俺が死んだって知ったらあいつでも流石に……流石に何かは思ってくれるだろうけど……

 けど死んだ後も図書館には普通に通うつもりだったし、あいつには事情を話すつもりだったから。

 ……あいつ、そういうのにも無関心だから絶対気にしないし、わざわざ誰かに話そうとかも思わないよ。

 俺と同じであいつには友達なんていなかったし、無駄話とかしない奴だったからあいつ経由でバレる心配はない。

 ……なんて考えていたけど、結局全部無駄になった。

 ……それをお前達が聞く?

 まあやろうとしても無理だったと思う、ものすごく遠い外国に逃げ切ればワンチャンあったかなあって程度。

 俺一人だったらギリギリ、本当にギリギリ逃げ切れたかもしれないけど……可能性はほぼなかった。

 ……そうだね、それも含めて話そうか。

 あれは、俺が十六になったばかりのとても暑い日だった。

 その日、俺は国の上層部に呼ばれて、また厄介事を押し付けられるのかクソ面倒だなって思いながらのこのことその場に赴いた。

 そこでこう命令されたんだ、勇者ではなく厄災として振る舞え、と。

 本物の勇者になる予定のお前ら以外の親族全員とその他有象無象を殺して、その後は犯罪組織の一員となって世界中を荒らしまくれ、って。

 それで七年後、お前らが十七歳になる年にお前らのうちどちらかか、もしくは両方に殺されて厄災らしく無様に散れ、って。

 ……勇者も勇者候補も厄災も結局はただのお飾りで、その半分が国の上層部が娯楽のために作り出したものだと知ったのはその時だ。

 本当の厄災も、本当の勇者も確かに存在したらしいけど……それは半分だけ。

 残りの半分は国のお偉い様達が勇者による英雄譚を見るために作り出されたものだった。

 俺に……というか俺ら兄弟妹に求められたのは勇者による血生臭い復讐譚だった、ってわけ。

 ……なんでその話を素直に受けたのか、だって?

 逃げられないのが目に見えてたからだよ、俺は確かにそこそこ優秀だったけど、国一つを丸ごと相手取るのは無理だった。

 それに断ったとしても別の誰かが同じことをするだけだったんだ。

 俺がこの話を断ってたら、別に用意された厄災役が俺とお前ら含めた親族全員と、それからその他の有象無象を殺していただけなんだ。

 俺が第一候補ではあったらしいけど候補は他にもいたらしい。

 お偉い様達が見たかったのは親族同士の復讐譚、ついでに国にとっての不穏分子をまとめて始末できれば万々歳、って感じだったらしいから……条件に合うやつは他にもいたらしい。

 なんで俺が厄災になるのを選んだのかっていうのが多分お前達が一番知りたいことだろう?

 ぶっちゃけると、実は俺にもよくわかってない。

 だってあんなの死んだ方がまだマシだった。

 それでも……なんでだろう……お前らには死んで欲しくなかったんだ。

 大嫌いだったのにさあ……それでも嫌いな人間共の中でお前らはまだましだったから。

 ……だから俺は厄災になった。

 わかっちゃいると思うけど俺のこの選択にお前らが何かを背負う必要はないよ、お前ら以外を殺すと決めたのは俺だから。

 ……人を大勢殺して、最終的にお前らに殺されるところまで、俺は嫌々ながらも一応納得した。

 それでも、ひとつだけ心残りがあった。

 

 その心残りをなんとかするために、俺は厄災として大量虐殺をする予定の日にもいつも通り図書館に行った。

 それで閉館時間になった時にあいつにこう言ったんだ『この後何か予定はあるか?』って。

 なんでって聞かれたから、少し話したいことがあるから付き合ってくれないか、って笑いながら言った。

 そしたらあいつ、よりによってあんな時にないに等しい危機感が働いたのか、怖いものを見るような顔で首をブンブン横に振りながら、誤魔化すように『遅くなると親に心配されるから話があるならまた日を改めて』って言いながら逃げようとしやがった。

 なんか滅茶苦茶腹が立った、それで何も言わずにあいつの腕を掴んで無理矢理連行した。

 あいつは抵抗してたけど『うるさい。黙ってついてこい』って言ったら大人しくなった。

 それで人通りのない路地裏にあいつを連れ込んだ、人避けと防音、その他にも他人に観測されないように結界も張った。

 それで顔を少し青ざめさせたあいつが『こんなところまで連れてきて一体なんの話だ?』って聞いてきたので、こう答えた。

『夜明けまでにはこの国を出て行くから、別れの挨拶を』って。

 そうしたら、『ただ挨拶をするためだけにここに連れてきたのか?』って。

 ……あいつ、この時だけは妙に勘が良かったんだよな。

 普段はあんなに鈍いのに。

 一瞬偽物か何かだと疑った、だって普段のあいつなら『へえ、そうなのか。それで? 餞別を寄越せということか?』とかなんとか言ってくるだろうに。

 ……いや、あれは多分あいつが、っていうよりも俺の方がおかしかったのか。

 隠していたつもりだったけど、あいつにすら勘づかれるくらい、わかりやすく追い込まれていたのかもね。

 それで俺が『なんで俺がこの国を出て行くのかは聞いてくれないの?』って聞いたらあいつ、力一杯首を縦に振りやがった。

 酷くない? そりゃあほとんど会話なんてしてなかったけど六年も付き合いのある奴が国を出てくって言ってるのに、その理由を聞きたくないって。

 ……俺、そこまでやばそうな雰囲気出てたのかな……あんなのにすら勘付かれるとか……

 演技力には自信があったのに。

 お前らだって俺が嫌々あいつらを殺してるとは思わなかっただろう? 国の連中のオーダー通り、ちゃんと快楽殺人者を演じ切ったし。

 ちゃんといつも通りにしてたつもりだったのに、あいつは怖いものを見るような顔で俺を見上げていた。

 それで『馬鹿のくせにこういう時だけは勘が働くんだな』って言ったら、あいつは何にも答えてくれなかった。

 凍りついたような顔で俺を見上げて、動かなかった。

 思わず舌打ちをした。

 びくりと小さく震えたあいつに優越感と嫌悪感を感じながら『聞きたくなくても話してやる。だから大人しく聞け』って言ったら逃げようとしたので、あいつの首に手をかけながら『大人しくしろよ痛い目に会いたいのか?』って。

 細い首は少し力を込めるだけで簡単に折れそうだった。

 何も言わず、抵抗する様子も見せなくなったあいつに、俺はやっと本題を切り出した。

 それで全部話した、何もかも。

 それで、殺してやろうと思った。

 俺がいなくなった後であの女がのうのうといつも通りに生き続けるのであろうことがどうしても許せなかった。

 とっくに滅んだ過去の世界にしか興味のないあの女は、俺がどうなろうが何も変わらない。

 それがなんでか……どうしても許せなかったんだ。

 許せないというよりも気持ち悪くて、それだけが心残りだった。

 だから全部話して殺してやろうと思った、出来るだけ無残に、誰もが目を覆うような醜悪な殺し方で。

 全部話し終わった後、あいつがどんなことを口にするのかだけは気になったから、俺は何も言わずにあいつの返答を待った。

 あいつは静かに『私はお前に殺される予定の百五十人のうちの一人か』って聞いてきた。

 俺はただ首を横に振った。

 それからあいつは少し考え込んで、こう言った。

 なら、私がお前を殺してやる、って。

 真面目な顔で、あの女はそう言った。

 死にたくなるほどやりたくないのに、お前がどうしてもそれをやらなければならないと決意してしまっているのなら、誰かがそれを止めればいい。

 死ぬことでしか止まれないというのなら、私が殺せばいい。

 そんな馬鹿みたいな、できっこないことをあの女は大真面目に言い放った。

 ……馬鹿みたいだろう? 本当に馬鹿。

 普通はさあ、『そんなことやめろ』とか『どうにかする方法はないのか』とか『なんとか逃してやる』とかそういうこと言うでしょ?

 でも『殺す』ときた、あんまりにも素っ頓狂な結論だったから俺はしばらく呆気にとられて何も言えなかった。

 俺が何にも言えずにいると、あいつはちょっとぶすくれた顔で『本気だ、こんなこと冗談で言うものか』って。

 馬鹿だよねえ……本気で言ってる風にしか見えなかったから唖然としてたのに。

 それで俺はこう言ったんだ、お前に俺が殺せるわけがないだろう、って。

 そしたらあいつ、『そうだろうな、今は無理だ』って、まるでいつかは殺せるみたいな口振りで。

 そう指摘したら『できることなら今すぐ殺してやる、それができなくともお前が”厄災“として殺される前に私が殺す』って。

『お上の思い通りの“厄災”として死ぬよりは多少マシだろう』って。

 口では『どこが?』って答えていたけど……確かにその通りではあった。

 国の奴らの思い通りに死ぬよりも……その予想を裏切る死に方をした方がまだマシだ。

 それに、最後に見る顔はお前らよりもあいつの顔の方がいい。

 それでも、そんなのただの夢物語だ。

 こんなのに俺が殺せるわけがない。

 それなのにあの真性の馬鹿は俺の顔をまっすぐ見ながら『絶対に殺す、約束だ』って。

 それがあんまりにもおかしくて、おかしくて仕方なくて、俺は思わず大声で笑ってしまった。

 あんな風に笑ったのはあの時とあの天才には絶対に勝てないと悟った時だけだ。

 それで笑ってたらあいつが我武者羅に殴りかかってきたので取り押さえて気絶させた。

 別にさせなくても良かったけど……下手に暴れられるとうっかり骨とか折りそうで怖かったんだよね。

 ………………ほんっとうに馬鹿だよなあ、武器になるものを何にも持ってなかったからって、あんなちっちゃくてへなちょこの握り拳で俺をどうにかできるとでも?

 でも、真面目に本気で、冗談抜きに俺を殺そうとしているという意志は感じた。

 それで完全に伸びてるあいつの顔を見てどうしようかと思ったけど……殺す気はすっかり失せてしまった。

 やれるもんならやってみろ、って思ったんだ。

 ……それに、俺がいなくなってもこいつが俺のことを覚えているのなら、まあいいか、って。

 それで、あいつの家の真前に放り投げておいた。

 それからすぐに俺は厄災として最初の仕事を始めた。


 厄災としての仕事を終えた俺は予定通り国外に逃亡して、その後はお前らも知っての通り。

 結構こき使われていたからあまり余裕はなかったけど、あいつのことと……一応お前らに関する情報はちょくちょく集めてた。

 それで、あいつが学校を飛び級で卒業して研究者になったことを知った。

 ……元々そういう話が来てたことは知ってたんだ、あいつは昏夏関連だけは本当に飛び抜けて優秀だったから、そういう手の研究所から勧誘を受けてたのは。

 確か……十二歳くらいの頃からそういう誘いを受けていたらしい、本人は結構乗り気だったんだけど、親からせめて高校まではちゃんと出てくれって言われたからっていう理由で断ってたけど。

 ……この話を聞いた時、親っていう生き物は本当にろくでもない生き物なんだなって思った。

 だってあいつ、昏夏関連と菓子作り以外は本当にダメだったし、あいつが学校で得られるものなんてほとんどなかっただろうに。

 それなのに『当たり前』だとか『世間体』を気にしてあいつの親はあいつを普通の枠に無理矢理押し込めてたんだ。

 あいつは図太かったから『まあ別にそれでもいいか』って感じだったけど……

 ……もしも俺が厄災になっていなかったら、親の押し付けを跳ね除けて親の理想から外れたあいつに心の底から拍手喝采を送っていただろう。

 けど状況が状況だった。

 その話を知った時に俺が真っ先に思ったのは、お前俺を殺すっていう約束はどうした、だった。

 正直に言って、失望した。

 だってこの俺を、勇者候補の中でも天才と呼ばれた俺を殺すというのなら、それもあんななんの力も持たない弱っちい小娘がそれを目指すというのなら、それこそ死に物狂いで修行なりなんなりをして力をつけるべきだろう?

 それなのに、あいつがなったのはよりにもよってただの研究者。

 そんなものになったところで、俺を殺せるわけがない。

 俺は本当に失望してしまったので、この時にはあいつはすっかり俺を殺すだなんて約束を忘れて好き勝手に生きているんだと思ってた。

 そう思ったらすっかり消え失せていたはずのあいつへの殺意が湧いてきた。

 ……俺は仕事で多くの人を殺したけど、思えば心の底から殺してやりたいと思ったのはあいつだけかもしれない。

 それで、本当はすぐにでもあいつを殺してやろうと思ったんだけど……結構忙しかったり色々あったりして……結局無理だった。

 それでも、ある日機会が巡ってきた。

 今から四年前のあの時。

 何故か……ってか多分国の連中の意向でお前らも居合わせた例の研究発表会。

 俺はあの発表会に出る予定の他国のお偉いさんを暗殺して、ついでにそいつの研究内容を奪取するという命を受けた。

 その研究発表会に研究者になったあいつが出席すると知った時、俺は思わず小躍りするほど舞い上がった。

 やっとあのクソ女を殺す機会が巡ってきた、約束を違えた分、歴史に残るほど無残な方法でぶち殺してやろうって。

 ……その日が来るまで、俺はうきうきとあの女をどうやって殺してやろうかと考えていた。

 同じ組織の同僚に不気味がられるのを通り越して心配される程度には浮かれていた。

 今思い出してもあの時の自分のテンションはすごい気持ち悪いから、あんまり思い出したくない。

 そうしてはしゃいでいるうちにその日がやってきた。

 ……それで当日になって、俺は自分がとんでもない勘違いをしていたことを思い知らされたんだ。


 あの研究発表会にお前達があいつ……というかあいつが所属する研究チームの護衛役として選ばれたのは知ってた。

 けどまあ……比較的どうでも良かった、俺の仕事は別の国のお偉いさんの暗殺だったし、一番の目的はあいつを殺すことだったから。

 といってもあの場で殺そうとは思ってなかったんだ、うっかり殺さないように拉致して誰にも邪魔されないところで丁寧に時間をかけて殺すって決めてたから。

 さっきも言ったけどあいつ、本当に弱くてさあ……土壇場でどうやって殺さず無事に拉致するかって考えるとちょっと……いや、かなり難しかった。

 だって少し乱暴に扱うだけで死ぬんだから。

 けどまあどうにかはなりそうだった、お前らみたいな護衛がいるからちょっと面倒だなとは思ってたけど……当時のお前らはそこそこ強くなってたから、ある度手荒に扱っても死にはしないと思ってたし。

 お前ら以外に邪魔する奴がいたらそいつらは別に殺してもいいわけだし。

 それで知っての通り仕事を終えた俺はようやくあいつ……と、ついでにお前らとその他有象無象と対峙したわけだ。

 実に四年ぶりの再会だった、さあて約束を反故にした馬鹿は俺を見てどんな風に慌てふためくんだろうって楽しみにしてたのに……まるで見知らぬ人を見るような顔で見られてムカついた。

 さっさと拐いたいのにお前らは無謀に突っ込んできやがるし……それで苛立ちが最高潮に達しそうになった時だった。

 お前らをまとめて吹っ飛ばしたその直後、今まで一回も感じた事がないような死の気配を感じた。

 それで反射的にその場から離れたら、それまで俺が立っていた空間がぐしゃりと押し潰されるようにぶっ壊れた。

 それに巻き込まれていたら、流石に俺でも無事では済まなかっただろうということはわかったけれど、それ以外は一体なんだったのかわからなかった。

 それは今まで一度も見たことがない現象だった、なんらかの魔術によるなんらかの攻撃だとは思ったけれど、あんな空間をまとめて押し潰すような術は見たことも聞いたこともなかった。

 それで、その攻撃を自分に向けたであろう何者かがいる方向を見たら、あの女がこっちになんかよくわからない金属の塊みたいのを向けてたんだ。

 ちょうどあの女の掌に収まるくらいの小さな金属の塊だった、サイズの割に重そうなそれからどうも先程の攻撃が放たれたらしい。

 その金属の塊は昏夏の兵器だった。

 遺跡から発掘されたものじゃなくて、昏夏の文献をもとに現代に再現された喪われた技術の塊。

 らーずぐりーず、って呼んでたっけな。

 あいつはそれを『お前みたいなどうしようもない外道を殺すために私が作ったんだ』って、憎たらしいほど得意げな顔で。

 ……外道云々は多分本当に見知らぬ他人を演じるために言った事だと思ってる、馬鹿な女ではあったけど、俺と既知の間柄であることが知れ渡ったら面倒なことになることはわかってたんだろう。

 けどそれは本当にどうでもいい。

 重要なのはあいつがあの昏夏の兵器を俺を殺すために作ったという一点だけだ。

 そこまで言われてやっと俺は自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。

 そりゃあそうだ、あの女がどれだけ努力して鍛えたところで正攻法で俺を殺せるわけがない。

 それならあいつ本人が強くなるよりも、俺を殺せるものを用意したほうが手っ取り早いし確実だった。

 千年前に滅んだ昏夏の時代に存在した、世界すら焼き払うとされた数々の武器。

 あの女は、俺を殺すためだけにそれを一つ現代に再現した。

 それを作るために、あいつは研究者の道を選んだ。

 せめて十八歳までは普通の子供であれと願った親の希望を押し除けて、その偉業を成し遂げた。

 あのほんのわずかな邂逅だけで、俺はそれを理解した。

 理解した直後に感じたのは、歓喜だった。

 いっそ感動と言ってもいい。

 あの女は、ずっとずっと俺を殺そうと努力を続けていたんだ。

 あんな馬鹿みたいな約束をずっと覚えたまま、きっと一日も忘れずに。

 昏夏以外のことは基本的に面倒がるあいつが、ほとんど他人に等しい俺との約束を忘れずにいてくれた。

 ……疑うどころか約束を反故にされたと怒り狂っていた自分が情けなくなった。

 けど、それ以上にやっぱり嬉しかった。

 あいつに向けていた殺意が綺麗さっぱり消える程度には。


 けど悲しい事に俺はあいつに殺されてやれなかった。

 あんなあからさまに直撃したら死ぬような攻撃を間抜けに受けられるほど俺の身体は鈍くなかった。

 だからその……つまり反射的に全部避けちゃって。

 避けちゃだめだとは思っていたんだけど……あれはね、駄目だった。

 俺がただの凡人だったら、きっとあれで殺してもらえたんだろうな。

 けど俺は中途半端に優秀だったし、ああいった肉体的に危険なものは確実に避けきるように身体に叩き込まれてたからね。

 だからあいつが続けて打った二発目も普通に避けちゃった、避けるつもりなかったから自分でもびっくりした。

 あいつからも疲れるから避けるなよって言われたっけ。

 ……二発目を打った時点であいつの身体がとっくに限界を迎えていたのは見ただけでわかった。

 昏夏の兵器の威力は十分すぎるほどに強かったけど、その分使用者に与える負担がとてつもなく重いものだった。

 そんなものをあいつはあんな弱くて脆い身体で、俺を殺すためだけに使い続けた。

 無理矢理三発目を打って血を吐いたあいつの顔を見て頭が真っ白になった。

 どう見ても死にかけていた、これ以上はもう無理だった、それでもあいつは四発目を打とうとしていた。

 それで俺が殺せないことなんて、わかってただろうに。

 それで死ぬのなんて、あいつだってわかっていただろうに。

 それでもあいつは打とうとした。

 気持ちは分からなくもない、あいつにとってあれは最初で最後のチャンスだった。

 だからなんとしてでもあいつは俺を殺さなければならなかった、取り逃すわけにはいかなかった。

 だからあいつは俺を殺せるかもしれないほんの少しの可能性にかけた。

 それで死んでも構うものかと思っているのが、目を見ただけでわかった。

 それを見て、真っ先に感じたのは怒りだった。

 お前は俺を殺すんだろうと、ならその前に死んでどうする、って。

 最初は殺すつもりで来たくせにね、事情が変わったとはいえ随分と自分勝手な話だな自分でも思う。

 でも、あいつに約束を果たすつもりがあるのなら……俺より先に死なれるわけにはいかなかった。

 だからあいつが四発目を打つ前にそれを取り上げて、気絶させた。

 そのままそれを持ち帰ってしまおうかとも思ったけど……なんかあれあいつが勝手に持ち出した第一禁忌指定物だったらしいし、それが盗まれたなんてことになったらあいつの首が物理的に飛ばされそうだったからその辺に放り捨てておいた。

 取り上げた時に触れた手は氷みたいに冷たかったし、虫の息ではあったけどまだ十分助かる見込みはあった。

 それを確認して安心した。

 あいつの仕事仲間の反応から察するに、あいつがそこそこ大事にされているのもなんとなくわかったから、多分ちゃんとした治療もされるだろうとも思った。

 だから俺はあの場から離れた。

 去り際にお前らに幾つか暴言を吐いたけど、それ以外は何もせずに。

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