枇杷の鬼 中編②

 お母さんとお父さん、ケンカせずにご飯食べれてるかなぁ。


 冷めて味のしないグラタンを食べながら、今頃おしゃれなレストランでフルコースを食べてるお母さんたちのことを考える。


 帰ってくるなりお父さんが出してきた、仲直りの証として取ってきた人気レストランの予約。しかも今夜。それを聞いた瞬間のお母さんの顔は、とっても嬉しそうだった。


 いつもは急に即日の予定を入れないで! て怒るのに、それがなかったからよっぽど嬉しかったんだと思う。


 おしゃれしなくちゃ、と五時ぐらいから着替えに化粧に髪型セットにと大忙し。予約は八時からなのに、そんなに急がなくてもいいと思うんだけどな。


 お父さんは苦笑してご飯を食べるためにそこまで張り切らなくてもいいじゃないか、と言いたげだった。絶対に声に出さなかったけど、多分そういうことを考えてる顔だった。


「あずさちゃんも、ちゃんとしたレストランに行くときはおしゃれをちゃんとしなきゃだめよ。

 ただでさえ見栄えがあんまりよくないんだから、少しでもマシになるように飾る方法を考えておきなさい。男の人はそういう所、案外見てるもんなんだから」


「うん、わかったよ。お母さん、楽しんできてね」


 家を出る前に人生の先輩としての助言をしてくれたお母さんは、そのまま高いヒールの靴を履いて、お父さんの腕に絡みつきながら楽しいひと時を過ごしに行った。


 リビングに戻ると、テーブルの上にまた新しいナプキンがあって、なんだかおしゃれな見た目のグラタンが置かれていた。私の夕飯はこれなんだろう。


『あずさちゃんも、早くディナーに連れて行ってくれる素敵な男性を見つけなさいね』


 ハートがちりばめられたカードに書かれたお母さんからのメッセージを読んで、グラタンに目を移す。確か前にお母さんが読んでた雑誌に、こんな感じのグラタンの写真があった気がする。


 見た目はきれいで、ホワイトソースから手作りしたんだとキッチンの流しをみてわかった。


「もうこのままでいっか」


 きっと温かい方がおいしい。だけど、なんだかこのグラタンをここから動かすのは駄目なことのような気がして、私はそのまま椅子に座った。


 冷めてるからか、おいしいのかよくわからなかった。

 お母さんとお父さん、ケンカせずにご飯食べれてるかなぁ。


 ご飯を食べ終わって、流しに山積みだった洗い物も全部片づけて。宿題をしようか、いや、テレビでも見よう。


 そう思ってリモコンでテレビの電源を入れてソファに座ろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうかとモニターを操作する。


「はい」

「先輩、ちょっといい? 話したいことがあるんだけど」


 画面を見ると、前髪で目が隠れた男性の顔がうつっている。通話ボタンを押すと、申し訳なさそうなタケさんの声が聞こえた。


 時計を見る。まだお母さんたちが出てから三十分もたってない。ちょっとだけなら、家に上げてもばれないかな。


「わかりました。ちょっと待っててください」


 タケさんから私に会いに来た。それはつまり、話したいことって危険な鬼が出たってことかな。

 ドアを開けると、制服姿のタケさんが立っていた。大きな体を曲げて頭に手を当てている。


「こんばんは、先輩。夜遅くにごめんな。ちょっと急ぎの用事があったもんだから」


「こんばんは。今、お母さんたちいないんで、中に入ってください。お茶は出せませんけど、外で話すよりはいいと思うので」


 タケさんはちょっとだけ動きを止めて、すぐにため息をついた。お母さんのため息とは違う感じがして、なんだか不思議な感じがした。ちょっとだけ、コウちゃんを思い出した。


「どうぞ」

「……あぁ。こういう時は、おじゃまします、だったか」


 とりあえずソファよりはリビングの方がいいかなと思って、向かい合って椅子に座る。家の中にこんなにでかい人がいるのは初めてで、なんだか知らない家に来たような気分になった。


「早速でわるいんだが、鬼が出た。オレが退治するかはまだ決まっていないが、ひとまず先輩のところに行ってこいと言われてな。いろいろと話をして、話を聞いてくるようにと言われたんだ」


「そうですか」


「先輩。ここは普通、巻き込むな、とかそんな話知りませんとか言うんじゃないのか。退治屋でもない人間はそういう風に反応すると思ってたんだが」


 口をまっ直ぐに引き結んだタケさんは、私が何も言わずに素直にうなずいていることが気になるらしい。


 怖くないわけじゃない。ただ、怖いからと言って逃げたり八つ当たりしたりする気になれないだけだと、私は思ってる。


 それに、前に言われていたからそう言えばそうだった、で終わってしまっているのかもしれなかった。


「怖くないわけじゃないです。ただ、タケさんが自分から私に会いに来るときは危険な鬼が出たときだって言ってたので。それに、前みたいに鬼退治にも付き合ってくれと言われるのかと思ってましたから」


 前、桜の木の姿をした鬼というらしいものを退治したときも、退治することが前提にあった。だから、危険な鬼が出たと知らせるついでに、一緒に鬼退治もするんだと思っていたんだけど。

 

 違ったのかな。


「……先輩、最初に言っておくけど、基本的に退治屋じゃない人間に鬼退治を頼むことはない。魔法少女の話でも言ったが、先輩のような人間を危険だとわかっている鬼の近くにわざわざ放り込んでも大したうまみはない。

 だから、先輩は鬼退治の協力要請者ではなく、護衛対象ということになってる。オレが先輩に危険な鬼が出たことを知らせるのも、危険があることを知ってもらって少しでも身を守りやすくするためだ。危険な鬼に突っ込ませるためじゃない」


「そうですか。よくわかりませんけど、私は退治する側じゃなくて守られる側なんですね。そして、タケさんは危険な鬼のことを教えるためにわざわざ来てくれた。すみません、ありがとうございます」


 申し訳ない。本当にただ、それだけだった。


 なぜか私は守られる立場だという。誰がそんなに大切に思っているんだろう。守るべき人は、もっと別にいると思う。


 ただそれが、本当に申し訳なかった。


「話を戻すぞ。今日の夕刻、鬼が出たらしい。人間に被害も出ている。先輩の友達の平木香ひらぎこうって人間の女の子も被害にあいかけた」


「え」


 申し訳なさだとか、そんなものは吹き飛んだ。一瞬、頭が真っ白になって言葉に詰まった。

 コウちゃんが、鬼に襲われた?


「安心してくれ。平木香は退治屋の家で保護されている。一応、聞いた範囲では怪我をしたということもなかった。先輩の友達は無事だ」


「……そう、ですか」


「あぁ。今回出た鬼は、退治屋の間で枇杷の鬼と呼ばれる鬼だ。枇杷の種を外に捨てたり植えたりしたものがあう鬼。

 枇杷の種を捨てるな、という話は聞いたことがあるか? その話のうちの何割かは、この鬼にあってしまった人間の縁者が戒めとして残した先人たちの助言だ。


 この鬼は基本、枇杷の種を捨てた本人だけが巻き込まれるが、ごくまれに第三者によって大事にされる時がある。

 平木香が被害にあいかけた時点で、これには第三者が事を荒立ててることがわかってるから、後はそいつを探して取り押さえるのと、鬼の本体を見つけ出して退治して終わりだ」


 流れるタケさんの声を聞きながら、必死に心を落ち着けさせようとする。コウちゃんが無事だと言われても、騒ぐ胸は止まらない。


 学校でコウちゃんは、びわの種の話を聞いたことがあるって言ってた。昨日夢で見たのも、びわの種の話。そして、お父さんから聞いたのも、おばあちゃんから聞いたのもびわの種の話。


 そのすべてが、なんだか全部関係のない話だとは思えなくて、気が付けば口が勝手に動いていた。


「昨日、びわの種を捨てた友達がびわの種にうつったと思い込んだ少年になる夢を見たんです」

「……詳しく聞かせてくれ」


 私は、タケさんに昨日見た夢の内容をすべて話した。お父さんに聞いたびわの種の話。それがふくらんで悪夢になったのだと今でも思ってる。


 それでも、なぜか頭の中で勝手につながってしまったコウちゃんと夢とびわの種を無視することはできなかった。


 何か大事なものを忘れてしまっているときの落ち着かない胸騒ぎがして、私は全部タケさんに話していた。


 支離滅裂で、まとまりのない話をタケさんは最後まで聞いてくれた。なんでか、涙が出そうだった。


 こんなにもこの家の中で、自分の思うままにまとまりのない言葉を話したのが初めてだったから恥ずかしかったのかもしれない。


「先輩、その夢で見た墓の場所ってわかるか」


 真剣な顔で私を見るタケさんは、この夢の話を真に受けているようだった。


「すみません、わかりません。……あの、でも、夢ですし」


「そりゃ、ただの人間が見た夢だったらオレも取り合ったりはしない。だが、夢見の血筋が見る夢なら、情報が少ない今のような事態には貴重な情報源となる」


「はぁ、そういうものなんですか」

「そういうものだ」


 断言されてしまってはもう何も言えない。ポケットからお札みたいなものを取り出したタケさんは、それを耳にあてて誰かと話しているようだった。退治屋という人たちが使う連絡手段なのかな。


 なんだか聞こえてくる会話が冷たくて、私は水道水を入れたコップに視線を落とした。つけっぱなしのテレビの音声が、今になって気になってしょうがない。


 冷蔵庫の中も棚の中も、触ってはいけないものが多すぎて手が出せない。でもせめて飲み物を何か出そうと思って、タケさんから直々に水道水でいいと言われてしまった。


 お札を耳から外したタケさんは、ものすごい怖い顔でそれを睨みつけた後、柔らかく取り繕った顔で私を見る。やっぱり、かなり気を使われているんだとわかった。


「先輩、前言を撤回して悪いが付き合ってくれ。第三者の捜索と捕縛は他のやつらがするだろうからな、オレたちは先に大本の鬼を探し出して退治する」


「どうやって鬼を探すんですか?」


 タケさんは少しだけ迷ってから、ゆっくりとその探し方について教えてくれた。

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