一つの出会い②
夕飯はから揚げだった。
そう言えば、御厨ってどっかで聞いたような気がするな。どこでだっけ。
「なぁ、母さん。御厨って何か知ってる?」
「……神様のお食事を用意する場所、もしくは神様のお食事を置いておく場所だよ」
ちょっとだけ、母さんはどう答えたものか迷ったみたいだった。
多分、今言っていた意味以外にも何かある。
おれがまだ教えてもらえてないなにか。
まぁどうでもいいし知りたくもないけど。つうか教えてほしくもない。
それにしても。へぇー。
あのタケに声かけられてた先輩の苗字、そういう意味なのか。
婆さんの家が神社だったりすんのかな。
休日は巫女のかっこしてお守り売ってたり? なんかいいな、それ。
明日タケに聞いてみるか。知らないと思うけど。
……タケ、なぁ。
何したらあんなガッチガチの封印されるんだろうな。
人を食ったわけじゃなさそうなのに。
おれが分かっただけで目隠しに、ピアスっぽくしてある封印の釘がたくさん。
多分他にもなんかあるだろ。
よくあれで起き上がって息できてるよな。
おれがあいつの立場だったら、絶対に無理。
から揚げを箸で持ち上げる。
「あいつ、ちゃんと飯食えてんのかな。鬼って人間の飯食えたっけ。明日なんかおごってやろ」
「桃太郎。ご飯中にぶつぶつ独り言言わないで」
「おれは桃太郎じゃない!」
一緒に飯を食べてた母さんは、おれの文句を無視して箸を動かしてる。
飯から一気に味がしなくなって、おれは全部口の中につめ込んでみそ汁で流し込む作業を始めた。
爺さんも、母さんもみんなして。おれは鬼退治の英雄じゃなくて、大哉だっての。
いろいろ言いたくなった文句と一緒に飲み込んだみそ汁は、ただ熱いだけのお湯だった。
手首のお守りを握り締めながら、私は初めてこの学校の屋上に上がった。
なぜかドアノブがなくなっているドアを押すと、嫌な音を立ててゆっくりと開く。
初めて見る屋上は、思っていたよりも大したことはなかった。
雨ざらしで汚れて劣化しているコンクリートの上に、タケさんが立っていた。
髪の色も、トゲトゲピアスもあの時のままだ。なんだか肩から少しだけ力が抜けた。
「先輩、こっちこっち」
「タケさん、お久しぶりです」
とりあえず、そう言ってみる。お昼休みに挨拶されたけど、私からは何も言っていなかったから。
タケさんは駆け寄ってきて私の手を取ると、ぶんぶんと振り回した。
目元は相変わらず見えないけど、口元はニコニコしている。
「あれから変なものにあったりしていないか」
「おかげさまで、安眠できてますし怖い思いもしていませんよ。
タケさんの言っていた通り、桜の木もあの後すぐにどこかへ持って行かれてしまいましたし」
「そうか。それはよかった」
じっと高いところにある顔を見上げていると、タケさんは口をまっ平にして私の手をはなして一歩離れた。
大の大人が女子高生の手を取ってはしゃいでいたことに照れたんだろうか。
その見た目のままで制服を着ている時点で、そんな恥じらいは今さらな気もするけど、言わない方がいいんだろうな。
ポケットに入れた手紙をスカートの上から軽く触りながら、ひとまずここに来たら聞こうと思っていたことを聞いてみた。
「あの桜の木って、あの後どうなったんですか? 燃やされちゃったり?」
「いいや。鬼に成ったあの桜を燃やしても意味がない。それじゃ殺せないのはもうわかってることだ。
今頃はあの鬼を殺す術をみんなして血眼になって探してるだろうな。だからまだ、あの鬼はそのまま人のいない場所に植えられて監視されてる」
「タケさんみたいに封印されたりしないんですね」
てっきり封印されて壺に入れられてるんだと思ってたのに。
コウちゃんが陰陽師の出てくる漫画とかだと鉄板だよね! て言ってたのに。
「封印は最後の手段だ。それまでの間に、何とか殺せないか知恵を絞る。そうやって、人間はオレたちを殺す術を見つけ出そうと必死だ」
なんと言えばいいのかわからない。
タケさんはどう見ても人間にしか見えないのに、鬼なのだ。
それを知ってるから、何も言えない。殺し方が見つかればいいとも、見つからなければいいとも。
話題を変えよう。すぐに。
手に力を入れると紙の感触がして、そう言えばここに呼び出された用件をまだ聞いていなかったと思い出した。
「あの、それで私を呼び出した用件を聞かせてもらってもいいですか」
「あぁ、先輩にまだちゃんと説明してなかったからな。オレがここに来た理由とか、いろいろ。
そういうの、人間にはちゃんと言っとかないといけない決まりなんだ」
人生初げた箱ラブレターの意味はそういうわけだったんだ。
タケさんが相手の時点で期待なんてまったくしてなかったけど、これを見て目をキラキラさせてたコウちゃんになんて言い訳しよう。
相手がタケさんだってわかって、さらに興奮してたもんなぁ。
でも、タケさんがここに来た理由か。それなら答えは。
「鬼退治、ですか?」
「違う。いろいろ事情があって先輩を守るように言われた。だからここに来た」
「この前の桜の木みたいなものが、まだあるんですか? この学校呪われてるのかな」
「あー。まぁいろいろ、ほんとにいろいろあるんだが、ひとまず先輩の監視だそうだ。
オレの封印を解ける人間はそういないから、変なことしないように見張ってろって」
「それ、封印を解かれたことのあるタケさんを送り込んでる時点で意味なくないですか」
「オレもそう思う」
タケさんはガシガシと頭をかくと、体を横に向けて腰に手を当て、空を見上げた。
でも、目は私を見たままだ。見えなくても、何となくわかる。
手首のお守りを握り締める。何も反応していないから、きっと危険なことはないけど。
それでもこの前の、頭に角を生やしたタケさんのことを思いだすと体に勝手に力が入る。
身がすくむって、こういうことを言うんだろうな。
タケさんは私から目をはなしてうつむく。
やっぱり、前髪と目隠しの奥にある目の動きがよくわかった。
「オレも詳しいことは何も教えられてない。ただ、先輩のそばにいて監視しつつ、危険から守れと言われただけだ。
今のところ、オレの方で危険な鬼は見つけてない。先輩は何か見つけたか?」
「いつもいる子たちなら見ましたけど、それ以外は何も」
「そうか。……なら、オレはこれから先、危険な鬼が出た時以外は先輩に近づかない。
先輩も、そのつもりでいてくれ」
つまりタケさんが近づいてきたら危険な鬼がいることになるから、鬼退治のお手伝い、つまり封印を解いて暴れさせてほしいということなのかな。
それは別にいいし問題もないけど、私に監視してる、とか教えちゃってよかったのかな。
そういうのって知られずにする必要があると思うんだけど、タケさんはそうじゃないんだろうか。
「用件はそれだけ。じゃ、遅くならないうちに帰りなよ、君」
あの時と同じような、どこかつくったお兄さん口調でそう言ってタケさんは屋上から姿を消した。
やっぱりコウちゃんが時々話してくれるタケさんと、今私が話していたタケさんのイメージが合わない。
下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。部活動に所属していない生徒は、もう帰らないといけない。
「そうだよね、早く帰らないと」
お父さん、今日は帰ってくるかなぁ。晩御飯、何だろう。
あぁ、早く帰らないと。
屋上にいるのがばれたら、きっとお母さんにまで話が行って怒られる。
やっと機嫌が直ったのに、また怒らせるのはダメだよね。
そう思いつつ私は、夕日が町の向こうに沈み切るまでそこを動かなかった。
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