一つの出会い①

 人の集まるところには、絶対に浮いてしまう誰かがいる。


 グループに入りそびれたとか、遠巻きにされているとか、人を寄せ付けない感じがするとか。


 他にもいろいろ理由はあるけど、とりあえずこういう学校のクラスとかにはそういう誰かが一人くらいはいる。


 おれのクラスにもいるその誰かは、その中で言うと近づくなって感じがするのと、見た目から遠巻きにされてる類のやつだった。


 明らかに自分たちよりも年上の制服を着た男が机に突っ伏しているところに、わざわざ突撃するもの好きはおれ以外いないっぽかった。


「おれ桃園大哉ももぞのだいや。よろしく!」

「……なんで」


 薄い色の前髪で隠れた目は見えないけど、めんどいなって声が言っている。


 前髪の印象の通り、ダルそうなそいつは机に突っ伏したままグリンとこっちを見た。


 顔はこっち向いてるから、多分おれを見ていると思いたい。


「楽しそうだから!」


「お前、正気か? オレのどこを見たらそんな発想になるんだ」


 めんどくさいって思ってるのを全然隠さねぇなこいつ。


 大丈夫か。そんなんじゃ友達出来ないぞ。


「大人のくせに高校生やってる奴なんて、絶対面白いじゃんか!

 あと、あんた以外に話しかけられそうなやつがいなかった。あ、隣だから話しかけやすい!」


「……大人? あー、妙な視線はそれか。やっぱ制服着るくらいじゃごまかせないか」


「むしろ制服着ればごまかせると思ってたのかよ。おかしなやつ。なぁ、そういうわけだからこれからよろしくな! 大嶽おおたけ!」


 目は見えないのに、なんでかじっと見られていることが分かった。


 こっちに聞こえるくらいの音量で鼻から息を出しながら起き上がった大嶽は、まだダルそうにしながらもちゃんとこっちを見下ろした。


「タケでいい。名字も名前もあんまり好きじゃないんだ」


「おう! じゃ、タケ。これからよろしくな!」


 何も言わずにまた机に突っ伏したタケは、ひらひらと手を軽く振った。


 愛想のないやつ。


 でもま、こういうやつは初めにこれだけ話してくれればいい方だし、ゆっくりやってくか。


 あ、今日の放課後どっか遊びに誘おう。


「桃園」


「え?! あ、おう!」


「昼休みになったら起こしてくれ」


 すがすがしいくらい当然のように言い放ったタケを何とかホームルームまでに叩き起こすのが、初めての友達らしい出来事だった。



 昼休み、飯に誘ったら無視されたからあとをついていくことにした。


 階段を下りていくから食堂にでも行くのかと思ったら、たまたまそこにいた女子の先輩に突然声をかけていた。


 知り合いか? めっちゃ先輩びっくりしてんじゃん。


 なんか一方的に会話を終わらせて、今度は階段を上がっていく。


 それについていくと、一回だけ振り向いてくれた。


 うんざりしてる感じがしたけど、なんも言わねぇから怖い。


 弁当片手に階段を上がって、机や椅子が大量に並べられてる踊り場を乗り越えて屋上に出た。


 さっきボキャって音がしたんだけど、おれは何も知らない。


 明らかに説教と反省文コースが待っていたとしても、今は初めての屋上飯の方が大事だ。


「入学早々授業ぜんぶ寝こけた上に女子の先輩に声かけて屋上上がるとか、伝説になれるな。なぁ、タケ。あの先輩、知り合いか?」


「オレがここに来ることになった理由。先輩がこの学校にいるから、オレもここにいる」


「あの先輩何したんだよ。ていうか、タケと仲いいと思われてるだろあれ。かわいそ」


 初対面って感じじゃなかったけど、仲良しって感じでもなかった。


 でも、そんなの他の奴らには関係ないし、絶対に人間関係には亀裂が入ったろうな。


 だって、タケ明らかに大人だし。そんで高校生してるし。


 すでにいろいろ噂もたってるみたいだし。


 かわいそうにな。


「お前はなんでオレについて来た」


「楽しそうだったから。実際、屋上なんてこんな機会でもなきゃ入らなかったろうし、楽しませてもらってるぜ。……なんでそんな顔するんだよ!」


「人間の考えることはさっぱり理解できない」


「確かに、あんた人間離れしてるもんな。大丈夫だって。わからなくても一緒に過ごせばそういうもんだってわかるようになるから!

 新しく入ったグループのルールとかも、そうやって納得していくもんだしな」


 声には出さないけど、めっちゃめんどくさそうな顔をしてるな。


 ほぼ口元しか見えてないのにこんなに表情ってわかるもんなんだなぁ。


 適当にコンクリートに座り込んで弁当を広げる。


 ところどころに雲が浮かぶ空は、今まで見た中で一番きれいな色をしていた。







 黙々と手を動かして文字とか記号を書きながら、その後のことを思い返す。


 屋上で飯を食った後、ぼーっと空を見上げてたら先生たちが駆け込んできて、そのままめちゃくちゃ怒られた。


 痛くもかゆくもなかったけど、ひたすらめんどくさかった。


 話を全部聞き流してぼーっとしてたら余計に怒られた。


 タケなんて素知らぬ顔で寝てたもんな。


 起こされても知らんぷりして、動かない。あそこまで行ったらもう尊敬しかない。


 先生たちも困り果ててどうしたらいいんだって顔してたもんな。


「なぁ、爺さん」


 作業がひと段落下から、おれの前でお茶を飲んでる爺さんに声をかける。


「なんじゃ、桃太郎」


「おれは桃太郎じゃない! ……同じクラスのやつにさ、鬼がいたんだよ。それもけっこうヤバめの封印されたやつ。

 人間と変わらないくらいまで力を封じられてたし、危ない感じはしなかったから声かけるだけで終わらせたけど」


「臭いはしたか」


 爺さんの目がギラギラ光ってる。怖い怖い。


 てかそんなに気になるんなら自分で見に行けばいいじゃんかよ。


 頭の中で文句を並べながらタケの様子を思い出してみる。


 お香の匂いと別の鬼の臭いがついてたけど、タケ本人からは嫌な臭いはしなかった。


 それから言ってた言葉、ふるまい、クラスの奴らやおれ、あの先輩への接し方。


 そういうのを考えていくと。


「臭いはしなかった。鬼は結構食ってるっぽいけど、人間は食べてないと思う。多分鬼に成って結構経ってるし、元は人間だったタイプ。

 もしかしたらどっかのお家に飼われてるんじゃないかな。あ、あと。御厨みくりやあずさって女子の先輩が目的って言ってた。護衛でもしてんのかな、あれ」


「そいつの名は」


大嶽慎二おおたけしんじ。本人はタケって呼んでほしいってさ」


 爺さんは湯呑を置くと、腕を組んでおでこにしわを寄せる。目はギラギラ光ったままだ。


 おれが何かしたわけでもないのに、足が勝手にバタついて落ち着かない。


 じぃっと黙り込んで何か考えてた爺さんは、いきなり音もなく立ち上がるとさっそく命令をよこしてきた。


「桃太郎、その大嶽とやらをしばらく監視していろ。儂は少しばかり調べ物をしてくる」


 おれ、タケとは友達になりたかったんだけどな。


 てか、おれ桃太郎じゃなくて大哉だし。


 そんなこと、爺さんには言っても何にもなんないから黙ってるけど。頷いちゃったけど。


「大嶽が座敷牢から出てきておるなど、儂は聞いとらんぞあの寄絃よつらの老いぼれどもめが。それに、御厨。御厨か。まさか───」


 爺さんはもうおれのことなんかとっくに忘れて、何か考え込んでる。


 聞いてても何言ってるかさっぱりだし、腹も減ったから夕飯食いに行くか。


「今日のご飯はなんじゃろな、と」


 書き終わった大量のお札を箱に入れて、すずりとか筆とかを片づけて。


 硬くなって変な具合になった肩を動かしながら、おれは夕日が見える部屋から出ていった。


 爺さんは湯呑をほったらかしてどっかに消えてた。

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