初めての鬼退治②
突然だが、私の通っている学園には大きな桜の木がある。
修了式間際のこの時期に満開を迎えるその木は、お昼休みにちょっとしたお花見ができると生徒たちにも人気だった。
で、その桜の木なのだが、なんと正門のすぐ横にあるのだ。
裏門は基本閉め切られているので、学校に入るにはここを通るしかない。
でも。
「あれ、絶対にそうだよね」
どう見ても、桜の花の中に夢で見たあの白い腕が揺れていた。
誰も気づかずに通り過ぎているのが信じられないくらい、びっしりと。
正直あれじゃ、桜の花なんて見えない。
手首のお守りがピリピリしている。かなり危険だ。
どうしよう。学校に入るにはあそこを通るしかないのに。
いや、案外走れば大丈夫なのでは。行けるかな。行くしかない。よし、行こう。
「おいお前! 何してんだ!」
走ってげた箱まで行こうとした時、突然後ろから低い男の声が聞こえて肩を掴まれる。
振り向くと前髪で両目の隠れた男性が息を切らせていた。
周囲の目が痛いけど振り払って走り出すわけにもいかず。
そのまま止まっていると、男の人は大きく息を吐いて体を起こした。
「はー……。君、駄目だ。他の人はともかく、君は絶対に食われるからあれに近づいたら駄目」
「はぁ、そんなことより学校に遅れるんで放してください」
「いや、だから。あ、もしかして見えてるけど危険とかわからない感じか?」
そんなわけはない。
夢で見たことがなくても、鈴の付喪神さんの忠告がなくても、あれがやばくて大変なものだってことくらいわかる。
「学校行かないと、怒られるんで」
怒らせると面倒くさいので。
せっかく機嫌取ったのに、自分から下げるようなことしたくない。
「え。……マジか」
桜の木に背を向けるのはとても怖かったけど、一応男の人に体を向ける。
真正面から見上げたその人は、かなり大きかった。
クラスの男子たちの誰よりも大きいんじゃないだろうか。
それに、髪の色も色素を抜いているのか白っぽい。
耳にはいくつものトゲトゲピアスがつけられていた。
どう見ても、これは。
「うちに借金はないはずなのでカツアゲにあう義理はないです。お金欲しいなら銀行に行っておろしてきたらどうですか」
「オッケー。君、実は顔に出てないだけで結構混乱してるな」
あぁ、そういえばこの人、制服着てる。生徒なんだ。
頭髪とか身だしなみチェック、絶対に引っかかって反省文だな。
ご愁傷さまです。
「君、君。とにかくちょっと一緒に来てくれ。大丈夫、変なことしないから」
「不良が言っても説得力ないです。とにかく学校に」
そう言っている間にも強い力で引っ張られて、足は学校から遠のいていく。
登校してる人たちの目が突き刺さってくる。
あーあ。これ、遅刻だけですめばいいなぁ。
お母さんに連絡行かなかったら……いや、うちの担任こういうの親にチクるタイプだったな。
最悪だ。お父さん、今日帰ってこないといいけど。
そんなことを思いながら、未練がましく学校を見つめる。
すると、正門の横にある桜の木から生えている白い腕が、こっちに手招きしているのを見つけてしまった。
全身にぞわっと鳥肌が立つ。
その瞬間に遅刻だとか、お母さんのことだとか何もかも頭からすっぽ抜けて、顔を前に向ける。
なぜか異様にテンションが高くなっていたことに今さら気づいて、自分の腕を引いて前を歩く男の足をじっと見ることしかできなくなってしまった。
朝よりもずっと、おばあちゃんに会いたくなった。
夕方に見かけるアニメのような小さな事務所らしい場所に連れてこられた。
白髪頭の男性は力んだ様子で急須を握っている。湯呑に注がれる液体の色は澄んだ緑色だった。
「改めて、オレはタケ。君は?」
「見知らぬコスプレ男性に知らない場所へ連れ込まれた女子高生」
「……まぁ間違っちゃいないか。それで早速だが君、魔法少女になるつもりはないか?」
「冗談は髪だけにしてください」
ただでさえなかった信頼がマイナスになった。
タケさんは慌てた様子で手をワタワタと動かしている。
その肩には小さな毛玉が乗っていて、やれやれと体を左右に揺らしていた。
付喪神ではなく、そこらにいる小さなナニカのようだった。
「えぇ? 人間の女の子って魔法少女に憧れるものじゃないのか」
【お前さんまた兄貴に騙されたんじゃよ。まったく。今どきそんな誘い文句で釣れるのは、よっぽどの阿呆か人生お先真っ暗な子だけじゃて】
「……あ、本気だったんですね。てっきり冗談かと」
肩に乗っている毛玉のナニカを払い落としながらわざとらしく咳払いをしたタケさんは、真剣な顔つきになって私を見た。
おふざけ、お気楽な調子はなくなっている。ちょっとだけ、おばあちゃんに似ていた。
「君は、このままだとひどい目に合う」
「あの桜の木に食われて、ですか?」
「あぁ、そうだ。他にも色々いるが、ひとまずの問題は……いや、人間の女の子ってこういうこと言われるとびっくりするもんじゃないのか」
「人間の女の子にどれだけ夢見てるんですか」
どう見たって、たとえ夢で見ていなくたって、あれがやばくて危険で大変なものであることくらいわかる。
近づいたらきっと、腕に捕まえられて飲み込まれてしまう。
それこそ、夢のように。
そんなこと、言われるまでもなくわかっていた。
歯の間に何か挟まったような顔をして、でも話がそれていることに気づいてすぐに真剣な顔に戻った。
切り替えの早い人だ。
ジャラジャラつけている尖ったピアスがきらりと光った。
「あの桜の木は昔から霊験あらたかというか、知る人は知ってるいわくつきだったんだが、つい最近鬼になってな。
まだただの人間を襲うことはできないが、君みたいな子を食うことはできる。
君が持ってるお守りが今は守ってくれているようだが、その効果もじきに切れる。
そうなったら身を守るすべを持たない君は奴らのいい餌だ」
「はぁ。……身を守る力をあげるから、魔法少女になって鬼退治をしてよ。とかいう気ですか」
「え、そんな悪徳商法みたいなお願いの方法あるのか?
そもそも、鬼退治は玄人でも命を賭けるようなものだ。力のない素人にほいほい依頼したりしない。
第一、危険だから身を守る力をやるのに、その危険に水から突っ込ませるって矛盾してないか? カモネギってやつだろ、それ」
「……いや、私にそんなガチめの解説されても困るんですが」
チラリと時計を見る。もう二時間目が始まる時間だ。
これじゃあ、今からここを出ても学校につくのは三時間目くらいだろうな。
お母さんに話が行ってないといいけど。
結局、この人は何が言いたいんだろうか。
危ないから学校に行くな、なんて話になったら本当に困るんだけど。
まぁ、でも。
キラキラした目で饒舌に深夜アニメの感想をまくしたてていたコウちゃんの顔を思い浮かべる。
魔法少女の定番と言えばやっぱり使い魔との契約、らしいから。
「魔法少女になれ、が冗談じゃないならオレと契約して鬼退治のお手伝いをしてくれ、とかですか? 手綱を預けるからうまく使ってくれよ、的な」
「お、すごいな。その通りだ」
前髪でほとんど顔が隠れてるのに、なぜかパッと明るくなったのがわかる。
現実は深夜アニメより奇なり、だったよコウちゃん。
「実際には鬼退治に付き合ってもらう必要はない。オレの封印の手綱を握ってくれればそれでいい。
やり方は教えるし、君に悪いことが起こることがないのは保証する。なんなら、君の家にある鈴神様に聞いてみろ」
「……それで、学校にちゃんと行けるなら」
「決まりだ。それじゃあさっそく、
手首につけたお守りを握り締めて、私はこっくりと頷いた。
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