本性(ほんせい)

天﨑 羅宇(あまさき らう)

本性

私たちは、常によく見られたい。そう思う人はかなり多いらしく、現代には自分の姿を自在に変えられる「パッケージャー」があった。


使い方は至ってシンプル。なりたい姿を思い浮かべてパッケージャーの中に入る。そうすると、真っ白な光に包みこまれ、自分の望む姿へ変わる。


パッケージャーは欠かすことができない。昔の人がスマホを手放すことが容易にできなかったように。


朝、トーストとサラダ、牛乳を急いで流し込み、パッケージャーに入る。そうして今日の気分で容姿を変え、出勤する。今日はクールな先輩風。顔立ちをキリッとさせ、体つきも華奢でありながら凛とした風にしてみた。


「今日は頼れる上司風ですか、タァナ」

そうやって声をかけるのは、1人に決まってる。私の同僚にして数少ない友人のエゥスである。こいつの容姿はいつみても不審者なのだ。黒いフルフェイスヘルメットを被り、スーツを着た彼。いつもだけど、なんなんだこいつ。


エゥスは私のために席をキープしてくれている。体が弱いわけでもないが、ときどきパッケージャーの使いすぎでヘトヘトな日もあるからだ。


「タァナ」

唐突に呼びかけられて、体がビクッとした。心を素手でつかまれたようで、心臓に悪い。私は名前を呼ばれなれていないわけではない。もう彼とは10年来の腐れ縁だ。


いつにも増して彼の声が真剣なことに、私は驚いていた。

「今日、今から仕事を休んで僕と来て欲しい」


エゥスのことだ。用意が周到で、私には、彼が上司に「タァナ、今日どうやら体調が優れなくて……」と電話をしているさまが容易に想像できる。


誘われるがまま、エゥスの家へ上がり込んだ。腐れ縁、とは言ったが、彼の部屋に上がるのは初めてだった。


しん、と静まりかえる部屋には、淡々と家具が配置され、モデルルームのような、生活感というものの介在のない気持ち悪さを感じた。


「え……」

その部屋はエゥスらしいのだが、なにかきもち悪かった。なんだか寂しげな視線を感じたが、気のせいだったようだ。


「コーヒーでも飲むかい?」

エゥスはいつもと変わらないトーンで、コーヒーメーカーに向かった。フルフェイスだから、感情は読みにくいけど、違和感がある。


じわじわと、心は黒いものに飲まれて珈琲の味なんて分からなくなってしまいそうだ。


珈琲をテーブルに置いて、一呼吸。エゥスはおもむろに、ヘルメットを外した。


私は、思わず息をのんだ。

「……醜いだろ、僕の顔」

そこにいたのは、顔半分が焼きただれた男だった。美少年のようであるにもかかわらず、その半面は、化物のようであった。


「話したことなかったね。僕は過去に両親に殺されかけたんだ」

エゥスは私をじっと見たが、なんだかみてはいけないものを見た心地で、視線が泳いでしまう。


たしか昔、ニュース記事で読んだ気もする。


―焼失した一軒家にて1人の少年が発見。現在重症により、病院にて治療中。


両親はどうしたのだろうか。

「ま、あいつらはあっち側でヘラヘラしてんじゃないかな」


私はエゥスの言葉で顛末を察したのだった。


彼らは何かしらの理由で死んだのだろう。深くは気にしないが、エゥスには寂しさみたいなものはなく、なんだか清々とした声音だった。


「なんでこんな話をしたか、だね」

「まぁ、私としては重たすぎて、何を言っていいか……」

「ま、同情とか慰めはもう足りてるしね」


私には彼の求めるものは何となくわかったような気がする。

「……何を言いたいの?」

とあえて聞いてみた。エゥスの本音は、長い関わりを持つ私にもときどき分からない、ということにしておきたい。


「……単に、その瑕疵を知った人がどう思うのかな、って」

エゥスの表情で悟り、私はじっと、エゥスを見つめた。

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