第2話
ご飯を食べ終え、お風呂にゆっくりと浸かったわたしは、リビングに備えられたソファーにぐったりと体を預ける。
全身から湧き出る疲労。
足は限界を訴え、肩はバキバキに固まり、腕を持ち上げるのにも一苦労。
ソファーに座っただけでも自分の体の重さを実感し、ずるずると背もたれに沿って落ちていく。
「ほら
「ぅん~……。めんどうなのじゃぁー……」
同じく隣ではシノブさまがソファーに腰かけていた。
目の前の小さなテーブルにスマートフォンを立てかけ、耳にはイヤホン。
世界的な動画配信サイトを楽しんでいたシノブさまは、気の抜けた返事をするわたしに細く息を漏らす。
「
「何言ってんの」
スマートフォンをそのままに席を立ったシノブさまは、部屋を巡って一通りの道具を手にして戻ってきた。
そのままわたしの後ろへ回り込むと、白く長い髪を持ち上げて、ソファー背もたれへと掛けた。
「まあ良いけど。いつもの事だし」
「いつもいつも、ありがとうなのじゃ。シノブさま」
乾いたタオルで髪の水分を取りつつ、シノブさまはわたしの髪をすき
毛先から始まり、徐々に上へ。
優しく撫でるように
「――…………ほわぁぁぁぁぁぁ」
使う
全体に
一連の工程は本格的なものではなく、一般でも行える簡易的なもの。
しかしシノブさまの手が加わった事により、ケアの質は格段に向上していた。
その過程は医療にも通じ、彼が良しとする道具や手法は自然、良質のそれへと
「……ふわぁ」
風に流され
胃の中は満たされ、湯に浸かった事で体はサッパリし、ソファーはわたしの体を余すことなく受け止めてくれている。
シノブさまが
その事実もまた眠気を強調する
「今日も一日……お疲れさまなのじゃ……」
零した言葉は誰に向かって言ったものなのか。
無心で意識を手放したわたしが知るすべもなく、ストンとわたしの中の電源が落とされた。
***
髪が痛まないよう軽くまとめたお団子にして、さあ出来たよと声を掛けようとしたところで、小さな息づかいが聞こえてきた。
「まったく。お疲れなのは
天使のような寝顔の吸血鬼の彼女。
出来る事なら自分の力でベッドに行って欲しいけれど、微笑ましい寝顔に免じてため息だけで済ませる。
起こさないよう
女性の体重を考えるものではないけれど、
抱きかかえたまま彼女の私室へ向かい、そっとベッドへと運び込むと、感触から体がベッドに来たのだと認識したのか、モゾモゾと
「ふう。……今日も月は綺麗だな」
両腕を上げて背筋を伸ばす私の視線は、ふと窓の外へと吸い寄せられる。
薄く雲がかかっていた筈の肌寒い夜空。
だけど今は、月明りを部屋に届けられるほど晴れ切っていた。
「仕方ないけど、
多忙に重なる多忙。
元々体力の少ない
本人も仕事に行きたくないと嘆きながら出社し、帰ってきたら今日みたく力尽きて趣味の一つも満足にできない。
だから家にいる時間だけは、
「――こっちの食事は、別に冗談じゃ無かったんだけどな」
首筋をさすり本心を乗せた呟きは、きっと
私としてはそういう事をするのは嫌いではないし、彼女が喜ぶのなら
何より吸血鬼と同居するという事は、血を与えるのは自然な流れ。
血を吸われた過去の経験を思い出すだけで、鼓動が高まり、ついつい頬が緩んでしまう。
お互いの身体が密着し、妖しく光る彼女の瞳。
熱い視線を私の首に向け、垂れる雫と共に牙を立てる
「まあいつでも言いなよ。今はお休み、
だけどそれは、あくまでも過去の記憶。
いま目の前にいる彼女は、可愛らしい寝息を立てている。
そんな彼女の頭をそっと撫でて、私は月明りに照らされた部屋から離れるのだった。
少年仙人と社畜吸血鬼の日々円満 薪原カナユキ @makihara
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