目が覚めたら異世界勇者だった

@torip

第一話 目が覚めたら異世界だった

 「んん――良く寝た」


 目を覚ましたら、森の中だった。

 そんな経験をした人間が果たして何人いるだろうか。

 少なくとも俺は一人知っている


 それは俺自身だ。


 「……どこだここ」



:::***:::



 所々に見覚えの無い丸まった草や、カラフルな葉をつけた背の低い木々を横たわったまま見て、俺はここが、少なくとも昨日まで暮していた日本ではないことは何となくわかった。

 ん、と上体を起こすとビキビキと全身の筋肉が軋む。

 毎日寝るときに着ていたさっぱりした質感のパジャマはどこにもなく、代わりにごわごわとした、記憶にある限り中世代くらいの田舎の、というよりファンタジー系RPGの村人のテンプレート衣装のような服を着ていた。


 「…………」


 ぐっ、ぱ、と何度か手を握ったり開いたり、首をひねるとゴキッと音が鳴り、身体をひねると心なしか体が少し固い。

 今更ながら、自身が記憶にあるよりがっしりとしたいい体つきになっていることに気付いた。


 今いる場所は日本ではなく、俺自身の体も武闘派っぽく変化している。

 異世界転生、いやさ召喚、というよりも何か違う気がする。

 

 「どういうのだ? ただの召喚じゃないよな」


 一般的なオタク拗らせ男児だった俺の知っている異世界召喚は、内に秘める力がとんでもないとか、そもそも別人だったりとか、スキルとか特殊ステータスとか、そういう付与効果があるものだが、特別そういうものは感じられない。脳裏に言葉が響いてくるわけでもないし、ぼんやりと知らない呪文が羅列されてるわけでもない。

 どうにも、ただ体が強い青年としか思えない。


 「やっべぇ、わかんねえ」


 げんなりとしながらがりがりと後頭部を掻いて考える。

 ちなみに体ががっしりしているだけではなく、立ち上がってみたところ背丈も10センチくらい高くなってる感じだ。もともとが170センチくらいだったから今は180センチちょっとくらいかだろうか。手で触れてみた感じ髪型とか顔つきに特別変化があるとは思えないところを見るに、ただでっかくなっただけという感じか。


 「とりあえず、街でも探して……お?」


 ため息混じりに振り返ると剣が生えていた。いや、刺さっていた?

 ぺかーっと神々しく陽光を浴びて光ってはキラキラと変な視覚効果を振りまいている。こころなしかこっちを見ている気がした。

 いや、”見ている気がした”ではなく”見ていた”だった。

 白くて装飾過多なグレートソード、といった感じか。その鍔の中心辺りにころりと赤くて丸い宝玉が埋まっている。そこから興味を誘うような強烈な視線を感じた。


 「なんだこいつ」

 ――私を手に取ってください!――


 ピィーン、と頭の中に女の声が響く。びっくりして後ろに跳び退った。

 跳び退れる身の軽さにも疑問を覚えたが、念話的な何かで話しかけてきたらしい事にびっくりした。

 透き通るような女の声だ。状況からして間違いなく剣(暫定)からの声だろう。

 当の剣(暫定)はショックを受けて、落ち込むよりも前に大慌てで、おそらく人なら挙動不審になって冷や汗をかいて説得をするように声(?)を荒げた。

 

 ――どうして逃げるのです! 手に取ってください!――

 「何をどう解釈したら『見知らぬ喋る不気味な剣を入手した!』を即断即決する思考になるんだよ!アホか!」

 ――んぐぅ!? 確かに……――


 正論である。

 キョドキョドと器用に剣の体を捻ったり捩ったりうんうんと悩んだり、しばらくそんな様子でパッとしないので、俺はこの剣をスルーしてしまおうと思った。

 だって、こんな見るからに伝説の剣、どうしてろくなことにならないと思えるだろう。絶対に面倒ごとに巻き込まれる。無視安定だ。

 

 「じゃあ、俺は行くからな。次に備えて怪しまれずに拾ってもらえる話し方でも考えてろ」

 ――うええ!? ちょっと! どうしてそうなるのです!?――

 「どうしてもこうしても、お前たぶん伝説の剣的なあれだろ? 抜いたら宿命背負わされるんだろ?」


 ふらりと歩き出す俺を引き留めたのもつかの間、理由を話した途端にぱあっ、と剣の光が増す。どういう仕組みだ。

 どことなく嬉しそうな、我が意を得たりと意志を見せた剣を、俺は冷め死んだ目で見た。ろくなことになる気がしない。


 ――そう、そうです! 私なるはかの”伝説の剣”! 選ばれし神々の加護を持つ者のみが手に取り悪を滅ぼすことを許される世界最古の”伝説の剣”なのです!――

 「ほれみろ」

 

 ”伝説の剣”の辺りをやたら強調して、ペッカペッカ目に優しくない光をぶん撒く剣に精一杯嫌な顔をしてやる。

 そして吐き捨てるように言った。


 「俺はそういうのは嫌なんだよ」

 ――…………は?――

 

 剣はきょとん、と柄を捻った。(首をひねるような意味合いだろうか)

 意味を理解できないといった様子の剣にはぁーーと大きめの溜息を吐いて言葉を続ける。


 「そういう、”伝説の英雄”的な存在になったら、ろくな目に合わないだろ。怪我をするし、やりたくない使命押し付けられるし、挙句四方八方から期待やら羨望やら嫉妬やら何やら、どうせ自分のやるべきことをこまごまやってるだけでもそういうことになっていくもんだろ。俺が知っている英雄ってのはそういうもんで、俺はそれが嫌だ。だからお前を取りたくない」

 ――もしや貴方、めちゃくちゃ賢い?――

 「たまたま知識があるだけだ」

 ――すみません、貴方の事を見くびっていました。では、この伝説の剣としてのわたくしの売り込みは止めます――


 俺の話を聞いた剣の雰囲気が少しおかしくなった気がする。これまでのきゃいきゃいうるさい感じではない急展開のような、真剣みが違うのだろうか。

 含みのある言い方をしているのが気になった。


 「”剣としてのわたくし”というのは?」

 ――食いつきましたね、もう逃がしませんよ――


 やらかしたか、と直感的に後悔した。あれほど警戒していたのに。

 観念して話だけでも聞いてやることにした。


 ――わたくし、今は剣ですが数百年前まではただの村娘でした。こうやってかしこまって話してみるのもなかなか違和感があります。じつは故郷の村のとある習慣で人柱にされまして、なんやかんやあって呪術やら黒魔術やらでこの剣の炉心にされました。力の源、心臓、と言えば何となくわかりますでしょうか。そんな訳あり物件なもので素性隠しとかないと忌避されるんですよね。だから伝説の剣とか嘘つきました。すみません。わたくしはおっそろしい魔剣です。呪いは欠片も移りませんが、素性を知った人間の心に闇をもたらすことができます――

 「おっかねぇし胸糞悪い話を聞いた気がする」

 ――そういってくれると嬉しいです。というより素直に信じて聞いてくれることだけでも嬉しいです――


 はは、とその笑い声から感じられる快活さが薄らいでいる。あながち嘘でもないのかな、と思いつつそんな見ず知らずの娘の遥か昔に起きた悲劇に今更振り返る気は無い。めんどくさいという思いが正直一番強かった。

 ふーん、と特に気に留めないように話を聞く。どうやら続きがあるようだ。


 ――で、わたくしてきにはそろそろ開放してもらいたいなって――

 「軽ぁっっっる」

 ――いやまぁ、ね? 私だってもうずっと剣なんですよ? だから人に戻りたいんです。多分とっても素直な願いだと思いますよ? ―― 

 「一理ある。なんかノリ軽いけど」

 

 ははは、と笑ってくねくねと剣を振って上機嫌を表している。

 ものすごく重たいものを抱え続けすぎて逆に振り切って壊れるような人がいる。

 こいつは剣だがその類なのかもしれない。一般的な日本人だった俺はそういうところに同情心を覚えるものだ。こう、高潔な意志とか同情心振りまいて可哀そうでしょうとかそういうことを示唆させるのは気味悪くて仕方ないが、”人に戻りたい”なんて人間臭い直球な意志を示されると、ただの気味悪い魔剣だと見れなくなる。


 ――で、どうですか? 使います? 見捨てます? 今なら特別サービスで人に戻ったときに契られてやりますよ?――

 「ソレはどうなん? 人(?)として」


 何だこの剣、わけがわらない。

 呆れた方がいいのか引いた方がいいのか、切羽詰まっているわけでもなければ抱えているものはやたら重たい癖にこう、全体的にノリが軽い。


 この世界に来てから呆れるか悩むかしているだけな気がする。


 「べつに契らんくてもいいから、取り敢えず抜いてやるよ。お前みたいなのはなんつーか見捨てられない性分らしい。人に戻ったら好きなようにしたらいい」

 ――貴方、もしかして超級の善人?――

 「甘いだけかもな」

 ――それでも抜いてくれるだけありがたいです。では、よろしくおねがいしますね――


 ピキィーンと背筋(剣筋?)を正すと堂々と光を放ち始めた。

 俺がこんな物騒な剣を引き抜く理由は無い。戦いたいわけでもないし、特別剣を持って戦う理由もないし。ただ、あからさまに俺が引き抜くために刺さってたようなこの剣、宿命とかそういうのに従うつもりもないけれど、きっとこの剣を引き抜くことは、俺がこの世界に召喚された意味を知る理由に繋がるのかもしれない。


 柄に手をかける。少し力を籠めると簡単に地面から外れた。

 ずらりと引き抜く前に、ふと思い立つ。


 「そういえばお前、名前は?」

 ――私は――いえ、引き抜いてみてください。諸々その時話します――

 「……? 分かった」


 あらためてズラァ……と逆手に持った剣を持ち上げ、誰に言われるまでもなく天に向かって掲げた。剣の腹に太陽の光を反射して神々しく煌めくこの剣は、はたしていうほど魔剣だろうか。聖剣、伝説の剣、自称ソレ系統を名乗っているが何ら遜色なさそうな神々しさを持っている。


 ――ありがとう、、貴方の来訪を待っていました。あとごめんなさい、ちょっと嘘、というか誤解のある言い方をしました――

 「あ、勇者? いやっていうか待てお前、なんか透けてないか!?」

 ――ちゃんと話しますね! でもその前に――


 はしゃいで、弾むような声を出した剣は、ポン、とはじけて消えた。


 「け、剣!?」

 「ですよ、勇者さま!」

 「は、上!」


 手元から突如として消えた剣の代わりに、上から聞きなじみになりつつあった声と俺を覆うように人影が見えた。

 がば、と落ちてきたソレを抱きかかえる。しなやかで柔らかい、細身の少女の体つきとでもいうのか。触れたことは無いが分かる気がする。

 仄かに香る陽光の暖かい香りが覆う。

 覆いかぶさられるままにドサリ、と背中から倒れた。

 

 「どうも、勇者さま! 解放してくれてありがとうございます!」


 体に伸し掛かったままの少女は見惚れるほど美しい銀髪をたなびかせて俺の体に馬乗りになる。気の強そうな赤い目を羨望に煌めかせてニキっと微笑んだ。


 「お前、剣か。……なんだよ戻れんじゃねえか」

 「いえ、一人では戻れませんよ。持ち主に認められて初めて人として活動できるのです。ここ数十年だーれにも見つからなかったので孤独死しそうでした。死ねないけど」

 「おまえ軽い癖に重いんだよ……」

 「どういう意味ですか!?」


 愕然と違う意味でショックを受ける剣、もとい少女の反応は、短い付き合いでもわかるくらい紛れもなくあの剣だった。

 異世界に来て、喋る剣に会って、引っこ抜いたら美少女が出てきた。なんだこれ、訳が分からな過ぎて笑いが込み上げてくる。

 

 「な、何かありましたか、勇者様」

 「色々ありすぎてキャパ超えてるよ。取り敢えず降りろ」

 「あっはい」


 

:::***:::



 「とりあえず好きにしていいと言われたし、貴方のこと好きになってもいいですか?」

 「わけわからん、どうしてそうなる」


 とりあえず言いたいことが山ほどある俺は、さる少女を正座させて状況説明から説教まがいのことをしていた。はずなのだが、告白された。訳が分からなくて一蹴したが。


 「つまり、お前は人に引き抜かれ持ち物にされることで初めて人としての姿を取り戻すことができると」

 「はい!」

 「そんで、お前は勇者以外には引き抜けないと」

 「そのとおりで……いったぁい!」


 元気いっぱいに手を挙げて返事をするバカに拳骨を容赦なく食らわせる。

 呆れを通り越してもうどう対処したら分からなくなってきた。


 「このクソ剣め、嵌めやがって」

 「そ、そうじゃないです!嵌めてないです!」

 「くわしく」


 剣は話しながらあれこれと回り道をしながら説明を始めた。人と話すのは久しぶりなのか、テンションが抑えきれてないようでキャッキャとあれこれはしゃぎながら話を始めた。


 「勇者っていうのは色々あって戦う宿命にあります。私はそんな勇者さまを支えるための剣として、この少女を依り代に鍛えられました。人格もこの少女をもとに形成しているので、この名前すら分からない少女そのものと言っても過言ではありません。名前以外の記憶があるのでほぼ本人ですね。そうじゃなくて、この依り代の少女には特異な能力がありました。それは簡単に言えば『運命力の強化』ですね。ここで関係のある運命力を例えるなら『勇者は伝説の剣を引き抜き魔王を倒す』という運命です」

 「つまり?」


 あれやこれやと全身を使ったジェスチャーを交えながら説明を続ける。

 容姿も相まって仕草がやけにかわいらしい。続きを促す。

 

 「少女――面倒ですね、依り代とでも呼びますか。依り代は存在そのものが運命の強制力を高めます。その少女が勇者を倒す伝説の剣と融合して魔剣になったら?」

 「なるほど、つまり『勇者に拾わせて魔王を倒させる運命に強制的に誘う剣』になったと」

 「そういう認識で間違いないです」


 面倒なことに巻き込まれたと思いつつ、いうことを信じるなら俺は勇者である。

 異世界に召喚されて勇者になるとか王道だな。

 まあ、おそらくこいつは導き手みたいなもんなんだろうと割り切ってみた。


 「で、俺はどうしたらいい」

 「さぁ?」

 「さぁ!?」


 てっきりこれからの行動のヒントでもくれるのかと期待したが、バカだった。

 また溜息を吐いて、森の中で正座する少女の前にドカリと座り込む。

 改めてみると小柄な見た目だ。一般的な女性としての背格好ではあるのだが俺が前よりも大柄になったせいで余計に小柄に見える。


 「あの、わたくしになにか? もしかして惚れました?」

 「あほ言え。そういうんじゃない」

 「強情」


 これからあてどない旅を共にするということで、そのことについても一度聞いておいた方がいい気がしてきた。

 そしてようやく、どうやら俺は何ら違和感なくこの面倒くさい特性を持った剣(?)を横に旅する気でいたようだ。捨てるという選択肢は何故か考えられなかった。


 「お前、何でおれにそんなにアプローチしてくるんだ?」

 「ええっ!? いやあの、それはそのですね、ええと……」

 「煮え切らないな」

 「だって、あんなに私こんなに拒絶されなかったの初めてだったから……」

 「よくわからんな。人としてある程度の道徳ってもんだろ」

 「…………」


 それよりもどうするか、と切り出すと、剣は拗ねたようにそっぽを向いた。

 そのまま近くの村まで行ってみては、と投げやりに言い放った。

 どういう感情か理解はできないが、今のところやることもないしとその提案に乗ることにした。


 「ところでお前どうすんだ」

 「なにがですか?」

 「剣じゃないとたたかえなくね?」

 「ああ、いつでもなれますよ?」

 

 ポン、と煙を上げるとサクリと地面に見覚えのある純白の剣が刺さった。

 どういう仕組みになっているのかは分からないが、そういう魔術的な要素で変身しているんだなと思って何となく納得することにした。


 「やっぱり綺麗な剣だな。他の剣見たことないけど」

 「浮気は許しませんよ」

 「しねぇよ」


 相変わらずのペースで呆れて立ち上がると、不格好に刺さりっぱなしの剣をザクリと引き抜いて軽く振り抜いてみる。

 ブゥン、と片手で振り回してみると案外体に馴染むというか、剣など振ったころもないのにズシリとハマるような感覚があった。ある種の運命力の補正のようなものかとこれも飲み込む。

 この世界は元居た日本とはあまりにもかけ離れていることが多すぎるからと、ある程度の事はあきらめるくらいで良いのかもしれない。

 満足気にふんふんと意気揚々な剣を地面に刺して一息つく。

 

 「……とりあえず持ってくの面倒だから自分で歩いてくれね?」

 「えー」



:::***::: 



 「そういえばお前何て呼べばいい? ”剣”とか”お前”とか何か嫌だな」

 「好きなように呼んでくださって構わないですよ?」

 「じゃあ……剣、ソード……あ」

 「なんですか!」

 「ソド子」

 「んぐぁあ許せない!」

 「じゃあケンちゃん、ツルギちゃん、ソド子、どれがいい」

 「……消去法、あくまで消去法で、――ツルギちゃんで!」

 「じゃあよろしくな、ツルギ」

 「……ああもう! ネーミングセンス以外完璧!よろしくおねがいします!」


 



 

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