番外編  ~お茶とお菓子の協奏曲~

 茉莉奈がお茶専門店「ブルーアワー」で働き始めて半年。お店で働くのが楽しくなってきた頃だ。

 いつものように、茉莉奈は白石三兄弟の宏人、拓人、悠人と共に接客をしていた。

「ありがとうございました」

 客が店を出ていくと、拓人が言った。

「随分慣れてきたみたいだな」

「はい」

「最近、順調だよね」

 悠人が茉莉奈に人懐っこい笑顔を向けた。

「常連さんも高瀬さんのこと、覚えてくれるようになったよね」

 穏やかな、ゆったりとした口調で宏人が話した。

「ちょっとした雑談も出来るようになって嬉しいです」

 それでも、この三兄弟を目当てに来るお客さんも多いんだけど。

 茉莉奈がレジを閉めると、お店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

「拓人! コーヒー豆くれないか」

 突然、若い男が入ってくるなりそう告げた。

「颯斗か。何だ、切らしたのか?」

「コーヒー豆が切れそうなんだ。ついでに抹茶と紅茶も欲しい」

「颯斗くんじゃん! 今日、喫茶店手伝っているの?」

 颯斗は頷いた。

「今日は悠人もいるんだな」

「うん。最近、新作スイーツが出たって聞いたよ」

「そう、出した! 今回は抹茶のタルトと紅茶クリームのミルクレープだ」

「へぇ、美味しそう! 今度、食べに行くよ」

 拓人が陳列棚からコーヒー豆、抹茶、紅茶を取って袋に詰めた。

「ほら」

 拓人はそれを颯斗にわたした。

「ありがとう、拓人」

 出て行こうとした颯斗が茉莉奈に目を留める。

「もしかしてアルバイトの子?」

「あ、はい」

「高瀬茉莉奈ちゃんだよ」

 宏人が茉莉奈を紹介すると、茉莉奈は軽く会釈した。

「そっか。君が……。拓人から聞いてるよ。オレは白石颯斗」

「白石?」

「颯斗は俺らの従兄弟だ」

「そう。拓人と同い年なんだ。実家が喫茶店やってるから、時間あるときに来てよ」

「はい、ぜひ」

「喫茶店で出してるスイーツは、ほとんど颯斗くんが考案したんだよ」

「えっ、そうなんですか?」

「オレ、製菓学校に行っているからね。お菓子作りは得意なんだ」

「颯斗くんは甘党だもんね」

 お菓子か……。きっと美味しいんだろうな。

「それより颯斗、戻らなくていいのか?」

「あっ! やばい! じゃ、戻るわ。ありがとなー」

 颯斗は足早に店を出ていった。

「慌ただしい奴だな」

「でも、彼が作るスイーツは評判良いんだよ。人気なのは抹茶のレアチーズケーキと紅茶のスフレだったかな。僕もレアチーズケーキ食べたことあるけど、美味しかったよ」

「抹茶と紅茶を使ったスイーツがメインなんですね」

「颯斗はコーヒーが苦手だからな。もったいない奴だ。いつもカフェオレだし」

 大学院生の拓人さんはコーヒーマイスターでコーヒーが好きだもんね。

「喫茶店で使う抹茶と紅茶は、うちで提供しているんだ」

 そう言う宏人さんは日本茶インストラクターで、日本茶教室も開いている。

「スイーツで使う紅茶はアールグレイみたいだけどね」

 悠人くんは高校生でありながら、紅茶アドバイザーの資格を持っている。

「でも、それだけじゃない。ほうじ茶やジャスミンティーのものもある」

 茉莉奈は拓人らの話から、颯斗のスイーツが気になった。


 茉莉奈は休日、拓人から聞いた「喫茶 しらいし」を訪れた。店構えは昔ながらの喫茶店といった風情で、店内はクラシカルな雰囲気だ。昼過ぎの時間でも、客はそこそこの人数がいる。店員は年配の男性と女性が一人ずついた。颯斗の両親だろう。

 窓際の席を通され、茉莉奈はテーブルに置かれたメニューを開く。

 メニュー表には、宏人さんが言っていた人気スイーツや新メニューの他に、抹茶のティラミスやほうじ茶のクレームブリュレ、ジャスミンティーの蒸しパン、抹茶や紅茶のロールケーキなどがあった。

 すごい、スイーツが豊富にあるな……。

 ハーブティーのソムリエを目指す茉莉奈は、たくさんあるスイーツの中からハーブティーのパウンドケーキに興味を惹かれた。

 ブランデーケーキとほうじ茶を頼むと、しばらくしてから運ばれてきた。

「このケーキは何のハーブティーなんですか?」

「ミントティーですよ」

 茉莉奈はミントティーのケーキの味が想像できなかった。

 そんな茉莉奈に、ケーキを運んできた颯斗の母親は微笑んだ。

「皆さん、ミントティーと聞くと驚かれるんです。ぜひ、召し上がってみて下さい。美味しいですから」

 これも颯斗が考えたスイーツなんだろう。

 颯斗の母親が離れると、茉莉奈はケーキを口に運んだ。ふわふわの生地でミントティーの風味が口の中に広がった。

 美味しい……! 颯斗さん、これを考えたなんてすごいな。


 翌日、あと三十分で閉店というときに、颯斗がやってきた。

「営業中にごめん。あれ、今日は拓人と茉莉奈ちゃんだけ?」

「あぁ。兄貴は今日、用事があって出掛けてる。悠人はまだ学校」

「そうなんだ。宏人さんがいないのは珍しいな」

「で、どうしたんだ?」

「あ、そうそう! これ、この間のお礼」

 拓人が颯斗からタッパーを受け取り、それを開けた。

「和菓子か」

 茉莉奈は拓人の隣からタッパーの中を覗いた。大福のようなものが入っている。

「わざわざすまないな」

「いいって。作るの好きだし。あ、茉莉奈ちゃんの分もあるから、遠慮せずに食べて」

「えっ、すみません。ありがとうございます。和菓子も作られるんですね」

「うん。和菓子はやっぱり抹茶に合うしね」

「これ、大福ですか?」

「そんなところだよ。若草餅っていう和菓子なんだ。抹茶クリームが入ってる」

 抹茶クリームかぁ……! これも美味しそうだなぁ。

「そういえば、海斗は元気か?」

「うん。食欲も旺盛だよ」

 海斗?

「颯斗さん、兄弟がいるんですか?」

 茉莉奈が尋ねると、颯斗はニヤッと笑った。

「いや、あいつはオレの友達だ。まぁ、子供の頃からずっと一緒だから、兄弟って言ってもいいけどね」

 それじゃ、と颯斗は店を出ていった。すると、拓人が茉莉奈に言った。

「言っとくけど、海斗は犬だぞ」

「えっ!」

「あいつの家は柴犬を飼っているんだ。その名前が海斗」

 そうだったんだ。

「颯斗の一番の友達は海斗だろうからな」

「子供の頃から一緒って言ってましたもんね」

「まぁ、それもあるが……」

 拓人は視線を下げ、一瞬話すのをためらうかのように逡巡した。

「拓人さん?」

「あんたは子供の頃の友達と未だに付き合いはあるか?」

「私は……大学の友達なら」

 茉莉奈は高校以前の友達とは、もう連絡も取っていなかった。仲が悪くなったわけじゃなく、卒業したら自然と付き合いがなくなったのだ。

「大抵の人はそうだろうな。颯斗もそうだ。あいつは高校時代、不登校になって転校している」

「えっ」

「その間も、一緒にいたのは海斗と俺達くらいだったからな」

 颯斗さんは明るくて気さくで、わざわざお菓子まで作ってきてくれる優しい人だと思ったけれど、不登校だったなんて何だか意外だな……。

「あいつは何も悪いことはしていない。その当時、同級生の友達が先生に挑発されて殴ったとかで退学になったんだそうだ。で、そいつと友達だからって颯斗は目をつけられた。他に庇ってくれる友達はいなかったんだ」

「そんな……理不尽すぎます」

「あぁ。あの学校へはもう行きたくないって颯斗は言った。でも、高校を卒業したいって気持ちはあったから、あいつは通学コースのある通信制の高校に転校した。その後は何事もなく、卒業できたみたいだ」

「それじゃ、海斗と拓人さん達が颯斗さんの支えになったんですね」

「さぁな。それは本人にしかわからない」

 そう言って、拓人は肩をすくめた。

「でも、人との関係を続けるのって難しいですね。いつの間にか、以前よりも希薄になっていて」

 そう考えると、拓人達と颯斗の関係は羨ましいものだと思う。

「大人の方が作る機会が少ないかもしれないが、自分自身が動けば新しい人と会い、友が出来る可能性はある。作るのも続けるのも、まず自分の意志だろ。現在の関係だけに目を向けている人も多いと思うけどな。無理をする必要はない。自分の気持ち次第だ」

 確かにそうだ。今の私も友達とは違うけど、仕事を通して拓人さんや宏人さん、悠人くんに出会えた。


「あれ、茉莉奈ちゃん?」

 茉莉奈が仕事を終えて川越駅に向かっていると、聞き覚えのある声が茉莉奈の名を呼んだ。振り返ると、颯斗がいた。

「仕事終わり?」

「はい。昨日は和菓子ありがとうございました」

 颯斗は嬉しそうにニッと笑った。

「和菓子も自信あるからね。今度また何か持っていくよ」

「すみません、私の分まで気を遣っていただいて」

「いいんだよ。オレがお菓子作るの好きなだけだから」

 颯斗の言葉で、茉莉奈は颯斗の実家の喫茶店を思い出した。

「この間、颯斗さんの家の喫茶店に行きました! ハーブティーのブランデーキ、美味しかったです」

「あ、来てくれたんだ! ありがとう。あのケーキも好評なんだ」

「今日は学校ですか?」

「そう。最近、海斗をかまってやれてないから、寂しがってるだろうな」

「ずっと一緒にいる柴犬ですよね」

「うん。あ、拓人から聞いたんだね? 海斗は犬だって」

 茉莉奈は頷いた。

「じゃあ、高校時代のオレの話も知ってる?」

「あっ……はい」

 茉莉奈は一瞬、答えていいものか迷ったが、正直に言った。

「昔の話だから気にしないでいいよ。茉莉奈ちゃんは高校三年間、同じ学校で過ごして卒業したんだよね?」

「そうです」

「オレもね、他の学生みたいに高校三年間、普通に過ごして卒業すると思ってたんだ。まさか、自分が不登校になって転校するなんて考えたこともなかったよ」

 そう言う颯斗は明るく、清々しい。本当に全く気にしていないようだった。

「それで拓人さん達や海斗がそばにいてくれたんですね」

 茉莉奈が訊くと、颯斗は恥ずかしそうに視線を外して頷いた。

「拓人達には感謝してるよ。……あ、これ、拓人達には内緒で」

 茉莉奈は思わず笑った。胸の辺りが暖かくなっていった。



 ー了ー

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ブルーアワー 望月 栞 @harry731

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