「あなたが求める私の特別に、価値なんて、ありはしないの」


 俺が長年求め続けてきたもの——。

 そんなものに、価値はないと、無情にも非情にも彼女はそう言い切った。特別を手にした彼女が一刀両断した。他でもない、常に特別だった存在の郡元美麗が、俺の目の前でそう言い切ったのだった。


「ここを訪れる前に聞いたの。今朝、あなたはクラスメイトに押し掛けられ、突然口元を押さえて教室から飛び出したそうね」


 彼女の口調は穏やかだった。俺を詰問するわけでもなく、カマをかけようとするわけでもなく、ただただ穏やかにその口を開く。


「耐えきれなかったんでしょう。私と付き合いだした途端、これまであなたに対して無関心だったはずのクラスメイトたちが、手のひらを返すみたいにわらわらと自分ものとへと集まってくる、そんな呆れた状況に」


 事実だった。全部、郡元の指摘した通りだった。俺は耐えることができなかったのだ。彼女と付き合いだした途端、今まで一貫して俺に無関心だった奴らが向けてくる猛烈な興味関心に。今、思い出しただけでも腹の底から胃液が湧き上がってくる程度には、耐えきれなかったのだ。

 だから俺は俯き、正鵠を射る彼女の言葉に口を噤むことしかできない。真実から打ちのめされることしかできない。


「つまり、あなたには最初から資格がなかったのよ。豚に真珠。猫に小判。平々凡々なあなたには、あなたの言う『特別』なんてものは、最初から過ぎたものだった。知ってるかしら。過ぎた力はその身を滅ぼすの。今のあなたのように。……まぁ、結局、私も君から得られる『平凡』もありはしなかったし」


 ——とんだピエロね、私たち。


 その言葉にはっとした俺は、初めて顔を上げて郡元を見た。

 郡元は自嘲気味に口元を緩ませたていた。俺に向ける視線も、ここではないどこか遠くを見つめているようで、今の俺には、俺に対して失望しているように映った。

 そして、ふと俺はこのとき、俺と郡元の間にあった、確かな何かが、こぼれ落ちるような、そんな錯覚を覚えたのだ。


「さよなら」


 そして彼女は、その言葉を最後に俺の前から立ち去った。俺は呼び止めることもできず、ただ、ただただ去っていく彼女の背中を見送ることしかできなかった。

 もう時期今年も終わる、そんな暮れに、寒風吹きすさぶ屋上に、俺は一人、取り残された。

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