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 郡元を自宅に送り届けた翌日の火曜日の朝。

 いつも通り教室に顔を出した俺は、一匹の餌に群がるピラニアの如しクラスメイトたちに周囲を囲まれた。その内容は言わずもがなである。


「なぁ湯之元、お前どうやってあの郡元さんと付き合えたんだよ?」

「それよかお前らどこまで進んだんだ? もうやっちゃったとか? やっちゃってしまったのか⁉︎」

「ちょっとそこのエロ猿、あんたみたいな年中発情猿と郡元さんを一緒にしないでくれる? 汚れるから」

「そうよそうよ。あの郡元さんが簡単に体を許すわけがないじゃない。まぁあたしの予想で言えば手を繋いだくらいじゃないの?」

「そうかなぁ。私は郡元さんと湯之元が付き合っていること自体疑わしいと思うけど」

「でも、俺昨日、二人が仲良く歩いて帰ってたって噂聞いたぜ?」


 誰かが放ったその言葉を機に、クラスメイトたちの訝しげな視線がいっせいにこちらに向いた。

 くそっ、やっぱり誰かに見られたか……。

 内心自分の間の悪さと口惜しさに歯噛みしていると、クラス内でムードメーカー的な存在の男子が手をマイクのように見立て俺に問うてくる。


「んで、本当のところどうなん? ん?」


 なんですかその期待に膨らんだみなさんの眼差しは。

 俺はクラスメイトたちから差し向けられる異常な好奇心を宿した瞳に二、三歩後退り。けれど、すぐにその後退は止まってしまう。振り返ればいつの間にか背後に立っていた図体のデカい男子が立っていた。

 気づけばクラス内には俺の知らないうちに俺を取り囲む陣形が形成されていたのだ。……なんですかこの無駄に硬い団結力は。


 どうにか逃れる手段を探そうと周囲に視線を走らせていると、ふと前方の教室の扉から限りなく金髪に近い髪の男子生徒が入ってきたことに気づいた。

 俺の視線にそいつも、宮之浦世界もものの一瞬で気がつき、視線が交差する。けど、何事か思案したあとで諦めろと言わんばかりに苦笑を漏す。


 おいおいマジですか……。


 最後の頼みの綱である男の協力を失った俺に、もはや退路はなくなってしまったようだ。

 依然、クラスメイトたちの熱視線は俺を捉えて離してくれない。一応に彼女との関係を知りたがっている。そして、そんな俺を見るクラスメイトたちは皆、俺が答えて当然と言わんばかりの表情をしていた。

 皆が気になっているから。皆が期待しているから。皆が知りたがってるから。だから、答えて当然。答えて当たり前。答えるのが義務……そう言わんばかりに。

 そんな視線に晒されながらふと思う。


 ……皆って誰だ?


 これまで俺にとっての日常は平坦でつまらないものだった。

 特定の友達のいない、まるで空気のような日々のなかを生きてきた。

 それは紛れなく俺にとって苦痛だった。

 誰にも干渉されない。興味や関心を抱かれない。それはつまり存在していないと同義。ただそこにいるだけの存在。まさに空気。透明人間。


 ——けれど、どうだ。


 それもこれも一昨日、郡元美麗と付き合った途端、すべてが一変した。まるで、これまでまったく見向きもされなかったはずの俺の日常に色を付けるように、透明人間が透明ではなくなってしまったように。みんなが俺に注目している。


 得てしてそれは俺が望んでいたものだった。

 平凡な俺が望んでやまない世界だった。

 皆が俺を見ている。

 皆が俺の話を聞きたがっている。

 皆が俺という存在を、気にしている。

 今、目の前に広がる世界は、紛れもなく、この俺が望んでやまなかったもの。


 なのに。

 それなのに。

 どうして……どうして俺は、こんなにも満たされない。


 筆舌し難い感情が腹の底から湧き上がってくる。

 気づけば俺は、クラスメイトたちを押し除け、腹の底から湧き上がってくる気持ち悪さを感じながら、口を抑えて教室を飛び出していた。

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