六限目終了後、S H Rを経て、放課後はやってきた。

 教室の前の扉からは担任が出ていき、そのあとを追って続々と他の生徒たちも帰宅していく。

 放課後は郡元と帰る約束を昼休み終了間際に交わしていた俺も、その流れにのらんと教材を鞄の中へと押し込み席を立つ。

 そんな俺のもとへ、ギラギランと瞳を光らせた複数のクラスメイトたちが一斉に集まってきたのは、まさにそんなタイミングだった。


「なぁ湯之元、今日このあと用事とかあるかっ!?」

「ゲーセンとかどうよゲーセン! あっカラオケとかでももちかまわねぇぜ!」

「ファミレスがいいんじゃね? 最近駅前にできたっていう安くてうまいとこ」

「いや真鍋ん家じゃね? ゲームで良くね?」

「「「「おぉいいねぇ!!」」」」


 鬼のように計画を立て始めた名前もうる覚えな奴らは、クラス内でも少々やんちゃな類で知られる奴らだ。そいつらは、俺の意向もろくすっぽ耳を傾けず、これからの予定を勝手に話し合い、あれよこれよと勢いそのままちゃっかり遊ぶ場所まで確定させていく。

 当然、俺は遊ぶ約束もしていなければ絶対に行くなんて一言も言っていない。いや、その前に遊び場に選定された光栄なる真鍋ん家の真鍋くんすらこの中にいない。つまり、すべてこいつらの意思。独善専攻ってわけだ。なんだそれ。


「ちょっとあんたら、勝手に人の獲物をとらないでよね。私たちのほうから声を掛けようと思ってたんだから」


 一向に状況が掴めず唖然としていると、今度は反対方向からこれまたうる覚えな女子数名がずんずんとこちらへ近寄ってきた。ちょ、えぇ〜〜〜。

 こちらはこちらで、クラス内でも幅を利かせている厄介な連中である。その中でも代表して、前方に立つ女子二人組みが鋭い目つきを男に負けず劣らずギラつかせている。てか獲物ってなに。もっとオブラートに包んであげてっ。


「そうよ、そいつには今日、私たちのほうから聞かなきゃいけない話が山ほどあるんだから。モテないあんたらは男同士よろしくやってなさいよ」


 気づけば、俺を中心とした男子VS女子による壮絶なるメンチの切り合いが教室のど真ん中で勃発していた。

 教室は異様な空気に包まれ、一人、また一人と逃げるようにクラスメイトたちが教室を立ち去っていく。そのなかには、どこかで見覚えのある丸っこい背中もあって……って、あれ真鍋くんじゃねぇか! さてはあいつ、巻き添えくらう前に俺を置いて逃げ出しやがったなっ!


 とっとこ真鍋くんが逃走を図った扉を恨みがましく睨め付けている間にも、俺を巡る男女の抗争はその激しさを増していく。

 今はそれぞれのグループ内を仕切るリーダー的存在の男女二人がいがみ合うようにして激論に花を咲かせていた。


「あんっ!? そういうお前らだってろくに彼氏もいねーくせにしゃしゃり出てんじゃねーぞ! こっちはな、お前らと違って一大事なんだよ。絶対に負けられない戦いがここにあるんだぞっ!」

「はんっ? カッコ良さとチャラさをはきちがえているような馬鹿に言われてたくないわねっ! 重要度で言えばこっちのほうが断然上だから。本気と書いてマジってやつなんだからっ!」

「なにぃ? じゃあその本気と書いてマジって要件を聞かせてもらおうか」

「上等じゃない、でも、あんたたちの絶対に負けられない戦いのほうが先だから」

「……」

「……」

「「——じゃあ同時だ(ね)!」」


 睨み合った二人は啀み合っているとは思えないほど示し合せたようにそう言うと、一息間を開け、阿吽の呼吸を以ってその言葉を口にする。


「「あの郡元さんと、平凡なこいつがどうやって付き合えたのか聞くためだ(よ)!」」


 それっきり、クラスには荒い二人の息遣いだけがやけに大きく響いた。そして、言いたいことを言い終えた今、両者の戦いは校内に流れる甲高いチャイムを以って終了を告げた。


 最悪だったのは、そのタイミングだった。クローズ的な展開になりつつある現状を、逃げ出すには幸いと一人教室からの脱出を試みていた俺からすれば、やはり最悪のタイミングだったとしか言えない。

 不意にとある奴がこう言い出したのだ。


「ならさ、皆で駅前のファミレス行って、そこで話し聞けば解決じゃね?」


 途端、その発言を天啓とばかり心得た教室内には超特大級の落雷が轟いた。そいつの顔を誰もが「天才かこいつ!?」みたいな顔で見て、それからその視線は誰かを探すように四方八方に散ったのだから。そして、その視線の一つが俺と交わるのにそう時間はかからなかった。

 果たして、そのうちの一人がこちらに指を差し向け、声高らかに叫ぶ。


「おいっあそこ! あいつ、逃げようとしてんぞっ!」

「やばっ!!」


 それが俺の逃亡を告げるスタートの合図になる。

 俺は教室から抜け出し、一目散に廊下を駆け抜けた。


「絶対に逃すなっ!」

「追いかけるわよ!」


 後方から遅れること四秒ほど、背後からはドタバタとやたらめったら騒がしい足音たちが廊下を何重にも響かせる。逃走者は俺一人に対し、ハンターは合計八人という前代未聞の鬼畜ルール。

 宣言しよう。

 今ここに、圧倒的戦力差のもと『郡元美麗の彼氏になった経緯』を賭したリアル逃走中の幕は切って落とされたのだった。


  ×            ×            × 


 ——結論から言おう。

 週末明けの月曜日の放課後、急遽切って落とされた俺の逃走劇は、一見不利だと思われた逃走側の——つまり俺の勝利で終幕を飾ることになった。

 というのも、開始五分も経過しないうちに捕まりそうになった俺の前に思わぬ人物からの助力があったからに他ならない。


「ふぅ……、ここまで来れば、さすがのあいつらも追っては来れないだろうさ」


 そいつは今、風立ちぬ屋上で腰に手を当てながら軽く乱れた息を整えている。限りなく金髪に近い茶髪がさらさらとした風に靡びては静かに揺れる。

 膝に手をつき乱れた呼吸をなんとか整えつつ、俺はそのどこか悠然した後ろ姿に訝しげに見つめた。

 そうして、息を整えること三十秒ほど経ったのちに、俺はやっとこさ話せるような状態になった。


「……んで、これはいったい、どういうつもりだ……」


 俺の切れ切れになった問い掛けに、そいつは、宮之浦世界はやけに爽やかな表情で振り返り、こう言い放った。


「もちろん、俺からも君に、聞きたいことがあったからさ」


 

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