第117話 それぞれの春(最終話)

 さあ、新しい学年が始まった。大学からの帰路、周囲は薄暗くなっている。シェアハウスの前にたどり着くと、萌さんの部屋には電気がともり……彼女の立姿が見える……。一年前にタイムスリップしたたような気持ちになり、僕ははたと立ち止まった。


 窓に目を凝らす。彼女のシルエットに見とれて胸を躍らせたあの日の記憶がよみがえる。ああ、あの日、謎の女性の美しい姿に見とれ、身動きが取れなくなり、ぼおっとして立ち尽くしていたんだっけ。


 その日と同じように体の動きを止め、闇に自分の姿を同化させる。これで見えないだろう。さあ、萌さん……どうぞ気兼ねなく着替えをして! 僕のことなんか気にしないでいいからね、と念じる。


 すると、なんたることか、彼女は窓から顔を出してきょろきょろとあたりを見回しているではないか!


「あ~ら、そこにいるの~~。いくら薄暗くても、月も出てるし、わかるわよ~~」

「えっ、萌さんっ! 僕は、僕は、今帰ってきたところで……」


 しどろもどろになる僕に、彼女は余裕の態度で手を振る。


「あっ、気が付いたんですかっ!」

「たまたま……外を見たら挙動不審の人がいるから、誰かと思ったけど……」

「変な奴だと思わないでください!」

「思うわけないでしょ。陽気がよくなると、ついつい窓を開けてしまったりするから、気を付けるわ」

「……あっ、ああ。通る人なんてめったにいませんから、あまり気にしないほうがいいですよ。それに、暑い日は窓を開けて涼んだほうがいいし」

「あはっ、そうよね。風が気持ちがいいし」

「はい、はい、その通り!」


 よかった、以前ここで窓から見えるシルエットに見とれていたことには気づかれなかったようだ。僕は家に入り、鍵を閉めた。そのまま部屋へ直行し、荷物を投げ出しベッドの上に体を投げ出した。大の字になって天井を見る。一年間見慣れた部屋は、今では物言わずともおかえりなさい、と優しく語りかけてくるようだ。


 窓から入ってくる風が心地よく、じっと目を閉じると眠気が襲ってくる。


 するとドアをノックする音が聞こえた。


一度目は小さくかすかに。


 気のせいだったのかな。


 再び眠りそうになる。が、ドアをたたく音がした。二度目は先ほどより少し大きなった。やっぱり誰かが来たのか。ベッドの端に腰かけて反応を見る。


 すると、三度目のノックの音はさらに大きくなった。


 おいおい、今行くよ。


 またしても、ノックの音が。四度目のノックの音は、さらに大きくなり、これでもかというような音だった。


「はいっ、聞こえてますよ! どなたですか~~」


 ドアを開けると、そこには日南ちゃんの姿が。


「そっか、日南ちゃんだったんだ」


 寝ぼけ顔で出ると「ごめん」と謝られた。謝るんだったら、バンバンたたかなきゃいいのに。


「寝てたの?」


 寝ていなくてよかった。眠っていたら、起こされていたところだ。


「寝てない。あれっ、その髪型! どうしたの!」


 それにその服装! どういう風の吹きまわしだ!


「えへっ、ちょっとイメージチェンジしてみました。新学期だから……って、大学では同じメンバーだけど……どうかな……」

「まあ、いいんじゃないの。気分を変えてみるのも」

「みんな驚くかなあ……」


 普段着のジャージではなく、ミニスカートをはいている。髪型はウェーブがかかって茶髪に染めている。今までほとんど黒に近かったのに……大変身! まるで別人、一目見ただけでは気が付かないんじゃないのか……ってほどでもないが。


「おかしくは……ない?」

「春だし、露出度が高いけど、軽くなった感じがするし……いいと思うよ」

「私も、少しはレディーになろうかな……これから」

「へえ……」


 春の風に誘われて、日南ちゃんも気持ちがふわふわ浮き上がってるのだろう。彼女は少しずつ変わろうとしているのかもしれない。それもいいことだ。


 そして一番気になる香月さんは……春色のフワフワしてスカートとブラウスに身を包みキャンパスを闊歩している。


それはいいのだが……。


「うわあ~~~~っ、春の風って意外に強いのよねえ」


 強風にあおられ、スカートの裾が舞い上がり……腰のあたりまで浮き上がり……。


「もうっ、いやっ!」

「見てないから大丈夫」


 といったものの、しっかり見えてしまった太もも。すらりとして美しいな。


「見ないで!」

「ほら、荷物持ってるから抑えて歩いて」

「よろしく」


 僕はナイト気取りで、二人分の荷物を持ち彼女の後ろをついていく。


「あ~~ん、本当に見てないよね!」

「見てないよ……」


 これから夢のような二年目が始まる。これからどんなことが待ち受けているんだろう。波乱に満ちた一年になるかもしれないが、それもまたいい。シェアハウスの同居人たちと素敵な仲間たちに囲まれて、また一歩、歩き出す勇気が体中に満ちているのだから。


 (完) 


 最後までお読みいただきありがとうございました。

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