第7話「資格」

「早くお姉ちゃんとあたしに謝ってよ!!!

 殺してぇ、ごめんなさいってぇ!!ねぇ!!!」


 顔を床に叩きつけたり、お腹とかを思いっきり殴ったり。

 どれも、私にしたことないくらいの本気で。

 アカリが本気で、誰かに報復をしてる。

 私も、食らってみたい。


「いくら精霊に認められて、空の魔力が流れていても、

 あんたは決して特別かみさまじゃない!

 この地上で生きるなら人類のルールに従ってよ!」

「ち、違う……リルは……人間、なんか、じゃ、ない……」


 アカリはどんどん声を荒らげていって。

 エンリルが何か言うたびに顔面を床に叩きつける。


「うっさいんだよひと殺しのクソ鸚哥!

 何百年も好き勝手して!何百年も世界まわりを弄んで!

 いい加減少しは大人になれないわけ!?」

「ゔ……ぃや……大人、可愛くない……」

「何お姉ちゃんみたいなこと言ってるの!」


 そこは……正直、否定できない。だって、そうじゃん。

 どれだけ綺麗に、美しく完璧に生まれても、

 時間や世界というストレスに曝され続ければ輝きを失い、荒む。

 特に生殖が可能になるくらいから、急激にその劣化は訪れる。


 こんな世界なんかに順応するために掛け替えのない輝きを

 惜しまず投げ捨てることを「成長」とか言って有難がる。

 全く理解に苦しむね。


 筋肉だの胸だの、愛らしくもない無駄な凹凸にばかり執着して。

 すぐ綻びるくせにコストのかかる仮初の美貌を纏って、若返ったつもりでいて。

 時間と共に失うことに本当は抗いたいのにそれを諦めて、

 そんな「諦観」を「達観」だと正当化して。


 だから、私は生まれてから一度も、

 「大人」という人間の形態そのものに憧れたことなどないし、

 アカリの美貌との釣り合いのために、あんなのになりたくもない。


 別に今すぐ消えろって言いたいわけじゃないし、

 ちょっと話すくらいは構わないけど。

 なんというか、ここから世界がもっともっと美しくなれる余地が

 大いにあるよねって感じ。


「リルは、可愛いリルが好き……!

 もちもちして、えっちな身体が好き……!」


 でも、アカリは違う。

 私達、純半ネフィリムは違う。

 愛らしく、強い。


 剛健で、愛くるしく、それらが揺るぐこともなく。

 瑕瑾さえ存在しない永久の輝きそのもの。

 まさに奇跡。この褪せきった世界を照らす光芒が如き祝福。

 その点ではお母さんアカネやエンリルの親は神様より神様らしい。


 アカリあなたの魅力が完璧で不滅だからこそ、

 私はこの世界で生きていようと思えた。

 お母さん以上に、私に生命いのちをくれた。


 そして今は貴女あなたから、私の敵討ちという、また別の愛を享受している。


「綺麗で、ゾクゾクする瞳が好き……!

 リルの愛、否定するの、だめっ……!」

「論点そこじゃない!」

「ぐぶっ……」


 また顔面にいいのが入った。


「あんたの信者をあれこれするのは百歩譲るとしても!

 赤の他人やお姉ちゃんを殺すのは悪いことなの!!」

「で、でも――」

「でもじゃない!早く謝って!

 ごめんなさいしろ!!!」


 アカリが叫ぶと、再びボロボロになったエンリルの抵抗と愚図りは止んだ。


 なんだ、観念したか?


「……」


 しばらく黙り込んで。

 次に顔をアカリに向けると。


「……ママ!」


 は?


 いや、は?


「え?」


 アカリも絶句してる。

 何言ってんだこの鸚哥。


「アカリをお母さんにしていいのは私だけなのに!」

「(お姉ちゃんも何言ってんの?)」


 あぁ、アカリの引いた顔が沁みる。


「……んで、パパ!」


 今度は、エンリルが私を指さしてそう叫んだ。

 殺した奴の娘になんかなれるわけないだろ。

 アカリの説教が素晴らしすぎて頭がトんじゃったか。


 傷や血に塗れた中でも多分輝いている表情のまま、

 エンリルは語り始める。


「……リル、思い出した。

 昔、ボロボロの家族、父と母と娘、来たことある。

 多分、カスアリウスとかピトとかアヴェスの真ん中から、逃げてきた。

 匿ってって言うから、いつも通りリルの事、聞いた。

 父と母は、好きって答えた」

「……一応聞くけど、娘は?」

「パパとママのほうがずっと好きっていうから、消した」

「「(思った通りだった……)」」


 にしても容赦ないな。


「でもね。リル、娘だけ狙ったんだけど。

 父と母が庇って、結局みんなバラバラ」

「まぁ、自分の娘を守るためなら躊躇はしないわな」

「リルは、そういう愛も欲しいって、思い出した。

 リルの両親、見たこと無い。

 お前ら、リルより強かったり、刻んでも大丈夫だから、

 リルのパパとママになれる」


 え、無理。絶対嫌。

 誰がお前みたいな人格破綻雛クソインコの親になるっていうんだ。


「強いだけなら適当に探して雇えばいいのに」

「だめ。そこらへんの戦士、すぐ壊れる。

 あと、それは愛じゃない。

 そいつらが見るのは、リルじゃなくて、金」


 なんだ、もうやってんのか。

 んで、ままごとか何かですぐ解体バラしちゃったと。


「あたし達も別にあんたの事なんか見てないし見たくもないんだけど」

「……え、今、こんなにいっぱい叱ってくれたじゃん。

 これ、どうみても、母親ママのやること」

「はぁ?????」


 お前はあくまで全くの他人のムカつく雛鳥クソガキであって、

 絶対にアカリの家族にはなれない。調子に乗るな。

 目に余りすぎる行動を他人からようやく咎められたってだけであって、

 お前が体験している事象は家族の教育じゃないの。


「んで、リルの攻撃かぜから初めて生き延びた強い戦士だから、パパ」

「うるせぇ(てか蘇生したのはアカリの功績だし)」


 パパなんかと呼ばれるたびに、本当に気に障る。

 今すぐにでもその口を黙らせたい。


 私とアカリがお前なんかの親になるわけがない。

 アカリだけが私の家族になれて、私だけがアカリの家族になれるんだ。

 お前のつまらない欲求のために私の根幹アイデンティティを、存在意義を歪めるな。

 これは、最大級の侮辱だ。


「アカリ、私も手伝っていい?」

「え、あ、うん……」


 アカリは、承諾してくれた。

 床に飛び散った血を踏まないようエンリルの目の前まで向かう。


 アカリにエンリルから手を離すよう言って、

 一度、深く深呼吸してから。


 私は、振り上げた握りこぶしをエンリルの脳天に全力で落とした。


「ぶうぇゔぅっ!?!?」


 普通の人間に行えば、頭が砕けるくらいの威力。

 でもエンリルは形を保ったまま、床に叩きつけられて突っ伏した。

 まぁ、純半なら予想通りの耐久。


 涎を噴いたり、涙と鼻水を溢れさせながら痙攣してはいるから、

 確実にダメージはあるはず。


「お前、今まで大した苦痛も叛逆も経験してないでしょ。

 精霊の力があれば悪意や殺意なんか誤魔化せないから近づけないし、

 戦いになっても……いや、どんな戦士だろうと戦いにもならない。

 だよね、アカリ?」「う、うん」

「ん゛っ……うぅ……ぅ…………」

「早く謝って?アカリに私の細切れシーンなんか見せたことと、

 お前のつまらない欲求のために私達を親にしようとしたことについてさ」

「……はぁっ……ふっ……ぇ……」


 何も言わないから、頭に回してる髪飾りを引っ張って持ち上げる。


「い゛ぃっぃ……」

「ほら、早く謝って。謝れよ」

「いっ今、つまらないって……言った?」

「あ?」

「なん、で……?なんで、つまらない?

 普通、じゃない、から?自分と、関係無い、から?」

「当たり前じゃん」

「じゃあ……パパの愛も、全然、つまらな――」


 私は、考えるより先にエンリルを再び全力で殴り、

 寝室の床を大きくひび割れさせながらエンリルをめり込ませていた。


「私の全てを否定するなぁっ!!!」


 喉がひとりでに暴れた。痛い。


 相変わらず身体を痙攣させているエンリル。

 細々と聞こえてくる声には、何故か恍惚を含んでいる。


「ん……へへ……」


 不気味なことに、笑っている。


「私の何より、何より大事なものを否定しておいて、娘なんかやれると思ってるの?

 どこまで私の逆鱗に触れれば気が済むわけ?」

「言い返せなくなると暴力……んぅ、これも、すごく、

 大人パパっぽい……」

「まだ教訓苦痛が足りないのか――」


 ……待って、アカリどうしたのその顔?

 なんで、悲しそうな顔してるの?

 アカリだってエンリルには色々やられたでしょ?

 今更止めてって言ったって、もう……


 それとも、義憤あいに駆られる私を哀れんでくれてるの?

 それなら嬉しいんだけど……


 とにかく、アカリを悲しませてはいけない。

 もっと合理的かつ的確に、エンリルを傷つけないと。


 こいつの迷惑になりそうなこと……何だろう。

 憎悪とか能動的な嫌悪は、こいつにとっては一種の愛っぽいし……

 愛の反対……一番遠い…………

 ……無関心、放棄。


「……アカリ、帰ろっか」

「え?……ぁ、うん……」

「ごめんね。こんな茶番にムキになっちゃって」

「……」


 エンリルを掴んでいた手も投げ捨てるように放して、

 アカリに寄り添ってから、

 この王宮を離れるために出口へと歩き出す。


 舞台を降りて、何歩か進んだところで、足が引っ張られた。

 ボロボロのエンリルがしがみついてくる。

 舞台からは、掠れた血痕が続いている。


「や、おいてかないで……」


 なんだろう、この小汚い鳥。


「……ぅぇ!」


 興味も過剰な嫌悪もなく、ただただ塵をどかすように足で蹴り払う。

 なんか、思った以上にすんなりこなせる。

 この瞬間に、振る舞いに、確かな覚えがある。


 そうだ。

 アカリと出会う前の私は、こんな感じだった。

 何にも興味を持てず、何を見ても心に響かない、存在いきものの形をした空虚。


 お母さん曰く、生まれたときも産声を上げず、

 産婆やお母さんの顔を一瞥だけして、その後はずっとどこかを見ていて、

 生きることにも死ぬことにも興味が無いような様子だったとか。


「やぁ、やああぁ!!!」


 懲りずに、エンリルはまた足にしがみついてくる。


「リル、いい子にするからぁ、おいてかないで!」

「無理」

「うあぁ、ママごめんなさい!パパごめんなさい!」


 一応……一応だけど、謝罪の言質は取れた。

 でももう、どうでもいい。


 ……?

 不意に、アカリが繋いだ手を握り返してきた。

 どうしたの。なんで、酷く怯えた顔をしてるの。

 アカリが怖がるようなものはここにないでしょ。


「お姉ちゃん……その……やっぱり、もう、許しても……」


 え?


「何言ってるのアカリ?」

「唐突で、ほんとに、ごめん、だけど……」

「なんで?アカリだって散々やられたよね??同情する気なの?」

「そうじゃなくて、もう、罰は十分受けたっていうか」


 アカリに損害を齎す事のを理解できない愚陋なんて、

 この世に存在してはいけないというのに。

 こんなのに迎合したら、どうせまたアカリが害される。


「……お姉ちゃんは、今までの復讐は一厘の罰にも満たないって感じだね」

「うん」

エンリルこいつは、きっと今までこういう経験をしていない。

 初めて見つけた「親に値する存在」を、

 魅力じぶんが価値にならないという恐怖を排除できないまま逃してしまう。

 普段なら精霊の力で文字通りすぐに解消できたけど、今は違う。

 あたしが主精霊ロードを一時的に再起不能にさせたから、

 こうやって泣きつくことしかできない」

「まぁ、害鳥の末路にはお似合いだよね」

「確かにこいつは……気ままに人や、お姉ちゃんも殺した、クソ鸚哥だけど……

 でも、精神こころの無い物体じゃない。

 好きなものがあって、嫌いなものがある。

 いくら歪んでいたとしても、愛を知っている。

 あたしたちの報復は、そんな心に、

 凛冽な教訓を与えられてるんじゃないかな」

「……」


 だからって、そう変わるもんじゃないでしょ。


 てか、アカリが話してくれてる間もずっと喚いてるし。

 アカリの素晴らしい声を掻き消さないでよ。


「あたしには、今のエンリルの涙は本物に見える。

 演技プレイ状況シチュエーションを愉しんでるんじゃなくて、

 失いたくないものを、精一杯引き止めてる」


 アカリは、両手で私の手を握りしめてきた。

 温かい。落ち着く。


 ……まだ震えてる?

 私が、こいつを赦さないと、

 アカリの恐れは解消されないの?


 なら…………

 仕方、ない……


「……私とアカリの言うことは絶対」

「ぶぇ?」

「絶対に従うこと。破ったら刻む。

 あと、これは仮定、茶番、ままごとなのを忘れないように」

「……!

 パパぁ!!!」


 エンリルは、飛び上がって私の上半身に抱きついてきた。

 服が色々な体液で汚れた。


「離れ――」「あ、あたしが後で洗うから!」


 そっか。




 鳥獣人の爺に言われて、舞台袖から続く王宮の奥へと案内された。

 着いた部屋は、舞台とほぼ同じようにセットされた寝室。

 当然観客はいないから、静か。窓から鳥の囀りが聞こえる程度。


「エンリル様が直々にご承認なさった方には、

 まずこちらでごゆっくりと親交を深めるようお願いしています」


 まぁ、邪神関連の話をするならこっちのほうがいいか。

 あと一回死んだり復讐したりで、結構疲れたし。


「それと遅れましたが、わたくしはエンリル様に仕える執事が一人、

 リーフと申します。以後お見知りおきを」

「へー」「ご丁寧にどうも」


 抱きついたままのエンリルが、リーフのほうを向いた。


「ねぇ、お菓子」

「おっと、そうでしたね。すぐに用意いたします」


 瞬く間にリーフは大量のお菓子を部屋に配膳した。

 やけにキラキラしてるやつばっかだな。

 ステンドグラスクッキーに、グラサージュされたケーキに……

 え、おやつにホールケーキ一つとクッキー三十枚弱を一人で?

 アカリでも毎日それはきついのに。

 そりゃそんな体になるわな。


「……ねぇ、こういうの好きなの?」


 アカリがさり気なく聞いた。

 いつの間にか椅子に座っているエンリルは

 クッキーを一つ持って、じっくりと眺めながらうなずく。


 一応こいつでも、可愛げのある趣味は持ってるんだな。


「キラキラ見ると、いろんなリルが映るから好き」


 前言撤回。やっぱ性癖じぶん目当てだったか。


「では、わたくしはこれで。

 ごゆっくりお過ごしください」


 一礼だけ済ませて、リーフは速やかに部屋を出ていった。

 国王なのに偶像でしかないエンリルの分まで

 色々やることはあるだろうし、多忙なんだろう。


 とは言っても、私達もあまり国政に関わったことはない。

 せいぜいが王宮騎士団の訓練の手伝いくらい。


 綺麗で、フェレスにしては治安がいい。

 上記がシャトレスの評判の大半を占めるんだけど、

 それを作ってきたのはお母さんの手腕。

 一体どんな魔法を使ってるんだろうな。比喩抜きで。


 そろそろ話を始めようとエンリルの方を向くと、

 テーブルの上のおやつは全て無くなっていた。

 食べるの速すぎ。


「けぷっ」

「じゃあ、さっきの続きだけど――」


 アカリが話を始めようとしたけど、すぐにやめた。

 エンリルを見ると、目を閉じて、涎を垂らしながら椅子に凭れていた。


 アカリがわざわざ話してくれるっていうのに、寝るなんて。

 叩き起こすか。


「いい。お姉ちゃんにも話がある」


 え、なになにぃ?


「あたしが怖がってたって、気づいてたと思うけど……

 何でか、分かる?」


 私というところまでしか、分からないや。


「ごめん……」

「エンリルを投げ捨てるお姉ちゃんが、少し、怖かった……

 もちろん、今のお姉ちゃんは違うって分かるけど……

 でも、ちょっと、想像しちゃって」

「何を?」

「もし、エンリルが、あたしだったらって……」

「そんな――」

「分かってる。あたしにはしないって。

 エンリルを許さないのが、あたし達には自然だった。

 そう、頭では分かってる……

 だから、全部、あたしの我儘で……」


 私は、アカリを抱きしめた。


「大丈夫。アカリが望むなら、私は従うから」


 まだ納得はしきれてないけど、

 アカリの直感が望んだのなら、きっと正しいのだろう。

 アカリと出会ってからは、ずっと幸せだ。

 アカリから不幸を貰ったことなんて一度もない。

 アカリに対して、全肯定を向けない理由なんてない。


「……あっちのベッドで、休まない?」


 アカリに言われて、部屋の奥にあるベッドに二人で寝そべった。

 汚れは水精霊と風精霊で落としてから、肌着だけで。


 大きさもデザインも、舞台にあったものと全く一緒で寝心地は最高峰。

 疲れを自覚して鈍くなった体をふわふわが受け止める。


 寝そべった瞬間はアカリの体との間に隙間があったけど、

 それは数秒も持たずに消えた。


 肩とか頭が、ゆっくり、重く、密着する。

 いつもと違うのは、アカリのほうからそれをされていること。

 思わず、驚く。


「何その顔」

「え?えっと……」


 とても近くに顔を寄せながら、次第に、上に覆いかぶさってくる。

 少しでも空気が残らないように、体の殆どをぎゅっとしながら、

 最後には体重を全て委ねるようになった。


「いつもいつも、望んでたくせに。

 あたしからされたら、戸惑うんだ」


 アカリの顔が目の前を埋めて、吐息が全て混ざる。


「だって、いつものアカリと、全然違う……」

「だいたいお姉ちゃんが先に盛るからね」


 上腕から前腕をなぞったり、つまんだり。

 手のひらを取って、指を絡めてきて。


「てっきり、若いままのおさない子なら誰でもいいのかなって」

「そ、それは……あ、飽くまで最低基準・前提であって、

 アカリが一番なのは絶対に変わらないから!」

「それはそれでキモい……」


 アカリの塵を見る目が沁みる。

 それはそうと、なんだか下腹に違和感がある。

 股……いや、私のへそのすぐ下辺りが……かなり濡れてる?


「……漏らした?」

「あ?」

「い゛っ!」


 頬を思いっきりつねられた。

 どうやら違うみたい。


 一通り痛めつけてから手を離して、

 アカリがゆっくりと、腰を上げた。


「そんなのよりもっと……すごいこと、だし……」

「んえ?」


 アカリの下腹から股にかけてべったりと濡れていて、

 その濡れた部分から私のお腹にかけて何本もの輝く糸を引いている。


「ねぇ、お姉ちゃん。あたしが、一番好きなんだよね。

 あたしのこと、見捨てないんだよね?」

「え、うん、当然……」

「だよね……そう、言葉でも、行動でも、示してくれた。

 だけどほら、あたしの体は……まだ、怯えてるの。

 伝わってない、みたいで」


 また腰を落として、その濡れを擦り込むように体を押し付けて。

 気づけば、息遣いにも荒さが混じってきて。


「だから…………こっちも、慰めてよ……」


 とても切ない表情で、泣きそうな囁きとともに、

 腕を回してぎゅっと抱きつかれた。


 その一連は、私の本能あいを奮わせるに十分すぎた。




 あれから数十分は経っただろうか。

 エンリルのことなど忘れて、何度もお互いに幸福を与えあった。

 ……正確には、九割アカリにされるがままだった。

 

 私がアカリに手を伸ばすより先に、

 アカリは私の下着を毟るように脱ぎ捨てて、

 飛びかかってからのキスに始まり、

 体のあらゆるところを押し付けてきて、

 触ったり舐めるように言ってきたり。

 後半には私の体を完全に手中に収めて、様々なことをされて。

 最後のほうは記憶がない。多分私気絶してた。

 こんなに積極的なアカリはいつ以来だろうか。


 体に力が入らない。浮遊感に満たされている。

 頑張って首と目を動かしてアカリの方をみると、

 私の手を掴んで、それで自分の下を激しく弄っている。

 なんか、すごい。


「はぁ……はぁ……」


 私が起きた事に気づいて目が合うと、

 すぐにアカリはまた私に覆いかぶさった。


「ねぇ、あれやろ、あれ……」

「……アレって?」

「ほら、今日の、フィオナの」

「ま、まさか」


 ……つまり、今度はアカリが私を「兄」にする。

 多分、今回は物理的に。

 やったことのない、初めての繋がり方を実現する。

 男女の番だけが可能な、私達には到底無縁だったこと。


 フィオナに無理やりされた限りでは、

 あの溜まりに溜まってから一気に溢れさせられた、

 強烈な快感とか開放感とかが、私の中央奥深くを蹂躙した。

 うまく言えないけど、とにかく本来の身体のときと違う感覚。


 まだ足腰立ちそうにないのに、あれを、アカリとやるなんて。

 私の何もかもが破裂してしまいそう。


 というか、そもそもどうやって……その、つけるんだろう。


「いいでしょ?いいでしょ?

 あたしの奥、知りたいでしょ?触ってみたいでしょ?」

「それは、そうだけど……でも、どうやって……」

「精霊はぁ、何でもできるんだよぉ?」


 さっきから蕩けた声で、火照った全身を擦り付けてくる。

 可愛すぎる。


「ん~、やって見せたほうが早いよね、じゃあ……

 精霊定義ディファイン、機械、生体拡張……

 お姉ちゃん、あたしにできるだけ身体を委ねてくれる?」

「……うぇっ?う、うん……」


 股にくっつけるだけかと思ったら、

 なんか、中にも違和感があって。

 うわ、あ、新しく感覚が開いて……こ、怖い。


「あたしも本物あんまり見たことないから、

 やらしい本とか、医療とか解剖とかの記録で知ってることを

 お姉ちゃんの体に適用するね~」

「それって、私の体を手術してるってこと?」

「そんな感じ……あ、いつでも戻せるから大丈夫だよ」


 別に、アカリになら体をどう改造されようが構わないけど、

 改めて見てみると……うわ、うわぁ……


「……」


 こんな生々しいのを、アカリに、じっくり、見られてる……


「……んぅ?お~、ちゃんと作れたみたい」


 どうしようもなくこみ上げる興奮を如実に反映して、

 一切触れてもいないのに、それは猛ってゆく。

 先端がアカリのお腹まで届いて、強く押し上げようとしている。


「ベッドの羽毛を肉の元になるまで分解して、

 練り上げるように形作ったの。

 魔力的に感覚を繋いで、物性と挙動の再現は

 お姉ちゃんの精神と連動させてるからぁ、

 ちゃんとおっきくなって、感覚もあるよぉ。

 あたしのお腹に触ってるの、わかるでしょ?」

「う、うん……」


 触れているだけで、甘い快感が滲んでくる。


「じゃあ、あたしもう我慢できないからぁ」

「う゛っ!?」


 アカリの臍まで食い込まんとするそれを急に握られて、私の腰が跳ねる。

 その反応も気にせず、アカリは自らの下へとそれを導いた。


 馴染ませるように、それを何度も丁寧に振って先端とアカリのを

 執拗にすり合わせながら、しっかり位置を定めて。


「ま、まって、心のっじゅんびを――」

「やだ♡」


 アカリは問答無用で、腰を勢いよく落とした。

 お互いが隙間なく密着する、根本まで。

 その瞬間、私の体の中心からドロっとした快感が迸って、

 最後に、アカリの中で、何度も、何度も溢れた。

 フィオナのときと同じ……いや、何十倍も強烈で、しつこくて、

 身体も心も大きく揺るがすものが。


 あれ、繋がっただけで、こ、こんなにぃ……?

 やばい、これ、頭が、ふわふわして……


「んっ……ん……」


 アカリは、何度も小刻みに体を跳ねさせながら、

 にんまりとした顔でこちらを見てくる。

 とても煽情的。


「みゃ、みぁ、ぁ……

 お、お姉ちゃん、早すぎだってぇ……」

「だ、だって、アカリの、よ、良すぎてっ」


 声を出すだけでも快感の余波が炸裂してきて、

 弱々しく漏らすのだけで精一杯。


「そぉ?じゃあお姉ちゃんの負けだよね?

 いつもは無駄に元気なのにぃ、

 あたしの体だけでこうなっちゃうもんね?」


 アカリの恍惚とした顔が印象的。

 行為自体の快感だけじゃなくて、優越感とかも含まれている。


 私がドジったり、アカリにたくさんお仕置きされてるときに、

 たまにこういう顔を向けてきたことがある。

 私に対する支配欲のようなものを感じることが偶にあった。


 普段はまさしく理性って感じなんだけど、箍が外れたときの荒ぶり方は

 私でも手に負えないくらいになる。

 きっと、本来のアカリは猫側の気質が強いんだろう。


「ほら、もっと情けない顔と声でっ!

 口でも体でも大好きって言ってっ!

 半人半獣ケダモノらしくあたしを求めてっ!

 あたしじゃないとダメなんだって理解わかってよ!」


 私の状態などお構いなしに、アカリはますます体を激しく動かしていった。


 ……




 また、時間がそれなりに経った。

 文字通り、搾り取られた。


 限りない充実感と疲労感と共に、目覚める。

 私の上にアカリが寝そべっていて、一番深く繋がったまま。

 アカリは幸せそうな寝顔で、私の胸に顔を擦り付けている。


「……」


 ふと気配がして、横を見るとエンリルが立っていて、

 じっと見てきていた。


「うわっ……」

「リルには、やってくれないの?」

「は?」

「今は、リルも、家族。家族の愛、欲しい」

「いや、私とアカリは姉妹で夫婦だからいいけど、

 家族でも親子ではやることじゃないから。

 てか、ジロジロ見ないで、キモい」

「むー」


 膨れたってダメだし。


 そうだ、起きたんなら改めて邪神について話さないと。

 ソレイユの事もあるし、あんまり悠長にもしていられない。


「アカリ?起きれる?一回抜くね?」

「~~……っ……」


 寝ぼけながら唸ってるアカリもかわい――

 あ、ちょ、締め付けてきたっ……

 離れるの嫌なんだね?すっごく嬉しいけど、

 またこの鳥ガキが寝る前にやらないと……


「あ、アカリっ起きて……」

「ん~?」

「ほら、お母さんから頼まれたことやらないと」

「ん、んん……」


 アカリは目を擦りながら上半身を起こす。

 そして、寝ぼけながらエンリルを何秒か見た後。


「い、いやぁ!!」


 顔を真っ赤にして、すぐさま毛布を被って私ごとくるまった。

 その時のアカリの激しい動きで、また出そうになりかけた。


「見るなって言ったじゃん!」

「え、リルが悪いの?」

「いいからあっち向いてて!」

「……」


 ベッドと私の身体を元通りにして、二人とも服を着直した。

 再びテーブルを囲んだけど、アカリはまだ顔を赤くして俯いている。

 正直可愛い。


「(エンリルにあんなとこ見られたお姉ちゃんのすごかったずっと繋がってたかったお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好きお姉ちゃん大好き――)」

「あ、アカリ?話さないの?」

「み゛あぁっ!?あ、うん、話、話だよね!」


 未だに熱が冷めてないようで、かなりテンション高めの反応を繰り返す。

 それを分かってもいて、アカリは深呼吸を何回もやって、いつも通りになった。


「じゃ、じゃあ、始めるよ」


 私達はお母さんのこと、天界・邪神・純半のこと、

 アヴェスに降りてからガーレに来るまでのことを簡潔に話した。


「じゃあ、世界が危ないのも、リルが生まれたのも、

 パパとママのママのせい?」


 空と地上が交われるという前例をお母さんが見せつけたから、

 おそらく天人あまびと達は地上の生き物達と交わる事を思いついた。

 単なる好奇心なのか、あるいは、お母さんに壊された天人達の家族が

 憎悪に堕ちて世界の脅威となることを見越しての、せめてもの罪滅ぼしか。


「まぁ、間接的にね?直接の原因じゃないから、矛先は向けないでほしい」

「ん。パパとママ作った奴なら、味方」

「それで、あたし達からのお願いは、いつかくる邪神達をできるだけ退治すること。

 どれだけの勢力かが分からないから、できるだけ強い力を持った人たちに味方になってもらいたい」

「お願いなら言う通りにするけど……でも、一番強い精霊壊れちゃった」

「……消滅してはいないから、何日かしたらまた戦えるようになるはず」

「ほんと?」

「正直消すつもりで攻撃したけど、中々の判断力でギリ逃げられちゃった。

 まぁ、今となっては嬉しい誤算だけどね。

 あれだけ場馴れした精霊が味方になってくるなら、心強いよ」

「じゃあリル、いい子?」

「ちゃんとみんなを守るために力を使えるなら、すごくいい子になれる」

「……!うん、世界、守る!」


 よく分からんけど、エンリルはやる気になってる。

 さすが、アカリは話術にも長けてるんだね。


「これでガーレは味方につけれたし、次何しよう」

「パパとママ!パパとママやって!」

「……ままごとって事?」

「うん!」


 謎に自信のある顔でエンリルがままごとを要求してきた。

 気は進まないけど、ここでやる気を削いだらアカリの積み重ねが無駄になるので、

 なんとか父親を演じてみる。


「最低限なんか物がないとやりにくいし……おもちゃ箱とかあったりする?」

「それは、あっち、パパ取ってきて」


 エンリルは部屋の隅の棚を差した。はいはい持ってこればいいんでしょ。

 えっと、この扉を開けばいいんか?


「あ、そっちじゃない」


 違うと言われつつも、隙間から見えたものが気になって最後まで開け放った。

 なにこれ、帽子、スカーフ、ペンダント、花束……?

 結構な数のものが小綺麗に収納されている。


 それにエンリルの趣味とは程遠いものばかり。


「これ何?」

「……リルへの愛で死んだ人達の、もの」

「遺品か」

「全部、リルが愛されてた証」


 あくまで自分への愛を確かめる為に保存してあると。

 ……まぁ、こいつなりの哀悼でもあるのか。


「リルを追いかけようとして頭打ったり、

 交尾してたら急に動かなくなったり、

 勝手にリルの部屋にスパイしに来たり」


 しょーもないのからとんでもないのまで色々あるのな。


「もっと生きていれば、もっと愛されてた」


 エンリルは少し俯いて、じっとしていた。

 扉の下の引き出しから箱を出して持っていった。


「……」


 エンリルは中身を漁ってから、しばらく考えて、

 箱を遠くに寄せた。

 使わねえのかよ。


「じゃあ、パパと遊んでたら間違って刻んじゃって、

 ママからいっぱいいっぱい怒られる設定で」

「それさっきの私達じゃねえかよ」

「わざわざやるのがそれ……?」

「もう一回やりたい!」


 ままごとってこんな惨いものだっけ?


「仕方ない、じゃあ――」


 始めようとした瞬間、ドアノブが何かにのしかかられたように重く下がり、

 ゆっくりとドアが開く。入ってきたのは、リーフ。

 だが、様子がおかしかった。


「み、皆様、お、お逃げ、くださいっ……!」


 倒れたリーフの腹部には巨大な傷があり、そこから血溜まりが広がっていった。

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半人半猫譚 リンシス @eagleowl

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