最終話 糸巻きの勇者

 どうにかしてMPを確保したとして俺の体は持つのか?

 運良く持ったとして、俺の体はどんな状態になる?

 意識を失う程度で済むのか、それとも数日寝込むレベルか、下手すら寿命を消費する形か。

 どちらにせよろくなもんじゃない。


 だがこの状態のパイセンを放っておくことはできなくて、そして俺以外この状況を好転できる奴もいなくて。


 どうする?

 どうすれば良いんだ?

 ポチ……

 あいつ今頃平気かな? いつまで経ってもビビりな癖に、一丁前に大人ぶって魔族を助けに行ったと言う。

 そうだ、ポチだって出来たんだ。

 俺がやらないでどうする。


 でもそのためにも糸を回収しなくちゃいけない。

 意思を疎通するための糸。

 これを回収した後、ポチに俺の記憶は残ってるのか?


 最初こそ、それは偶然だった。

 でもそれが上手くいって、それから俺たちは家族になった。

 あいつは弱虫のくせして一丁前に振る舞う。

 俺が囮をしてる時はいつも仕留め役を買って出たが、いつも緊張してるのを俺だけは知っていた。

 その後いろんなところを旅して、いろんな出会いがあった。一時期は群れのボスなんかして、ポチはいつのまにか頼れるボスの顔をしていた。

 あのポチが、弱虫のポチが誰かを守るために身を挺して前に立っているときに、俺がこんなところで足踏みしててどうするってんだよ!


「うだうだ言ってらんねぇ! こうなったらヤケだ。全部持ってけ!」


 いつだってポチの兄貴分として前に立って来た。

 勇者として、兄貴として。ポチに恥ずかしい真似は見せらんねぇ。

 だったら最後の散り際まで輝いてみせるさ。



「ぐぅう! ぐ!」



 パイセンの頭痛の感覚が弱くなって来た。

 もう迷ってる時間もない。

 俺は覚悟を決めて糸を回収した。



「後のことは頼む、ポチ……」



 走馬灯のように、ポチと一緒に過ごした時間が流れ、群れのボスになったこと、ティティとの出会い、ナターシャとの同居生活が渦巻いた。

 それが糸を回収したと同時にプツリと消えた。

 全ての記憶が、情景が、糸の回収と同時に泡のように消えていく。



「あっ……あああああああ、あぁ」



 何故涙を流してるのか?

 どうして自分がこんな場所にいるのか?

 その全てが一切合切消えていた。

 つい先ほどの考えすら思い出せない。

 何もかも忘れていた。


 意思疎通。

 それは絆を紡ぐだけではない。

 超常的な力で、自分と他人をつなげる物だと超速理解したのだ。

 だが同時に気付いた事すらも忘れ。

 縁を結んだ相手の名前すら思い出せずにいた。


 唯一覚えている、傷つき倒れそうでも一切諦めない目の前の勇者を取り戻そうと糸を手繰る。


 その時、どこか遠いところで大型犬の遠吠えを聞いた気がした。

 懐かしい声にまた涙が溢れてくる。

 何故こんなにも悲しいのかわからない。

 昔飼ってた子犬のことでも思い出すからだろうか?

 ポチ……最後まで看取ってやれなくてごめん。


 トラックに轢かれ、保健所に回収されたと連絡を受けた時のことを思い出す。

 どうして今になってそんなことを?

 頭が痛い。クラクラする。何かを忘れている。

 決して忘れてはいけない何かを。

 思い出す必要があるんだ。

 それが俺の使命だから。


 だがそれ以前に。

 復元の力を使うにはMPを全て回収したところでまだまだ足りない事が判明した。

 俺の全てを使っても、まだたりない。


 俺は糸は扱えなきゃそこら辺の高校生と大差ない。

 いや、糸が俺の血肉と同等であれば……


 新しく取得したスキルの内容を思い出せ!



 【+造形】

  魔糸をあらゆる形に具現化し、武器や防具として扱える。



 そう、これだ。

 糸をいろんな形に具現化することができるとある。

 ここには武器や防具としてとしか書いてないが、その逆もまたあり得るのではないか?


 ただの糸が家屋を建築出来たのだ。

 やってやれないことはない。

 俺は念じるように糸を出した手の反対側の左手を犠牲に糸を構築した。


 すると確かに最大MPが上昇する。

 だがそれで全てうまくいくほど世の中甘くない。


 左手を犠牲にして増えた最大MPは100だけだった。


 ならば足も両足持っていけ!

 最大MPは100まで増えた。

 両足を失い。上半身と右腕だけでかろうじてその場に止まっている。

 糸は範囲 Ⅰのおかげで俺の肉体の中心から半径5Mの間ならどこでだって出せる。


 だが俺はそこで気づいてしまった。

 もしかして、この復元というスキル、全ての肉体を代償としなければ発動しないのではないのかと?


 一度はやり直そうと考えたが、ここで時間をおいて何になる?

 パイセンは正気に戻らないまま、自分の命を投げ出すように魔族に乗り込もうとしている。

 そして俺は、何をどうしてここまで来たのか記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。


 正直俺が成長しなおしたとして、パイセンと再び巡り会える確率の方が低い。

 そして今までが今までだったのもあり、これ以上レベルが上がるかの方が問題だ。


 過去を思い出すたびに涙が溢れる。

 ずっと一緒にいてくれた愛しいあいつのことが思い出せない。

 そんな思いを抱えたまま、一人生き残ってどうするというのか?


 ならばここで押し問答をすることの方が無意味。

 だから俺は胴体、頭を犠牲にして900しか伸びない最大MPに憤りを感じつつ、全部持っていけと念を込めて最後の左腕を糸に変えた。


 早く帰ってきてくれよ! パイセン! 命第一の俺がここまでするんだ! 

 そして、もし俺の体が元に戻ったらさ、一緒に元の世界に帰るために頭を悩まそう……ぜ……


 全ての肉体を糸に託し、逆巻の勇者へと送った俺は、その場で意識を途切らせた。



 誰も口を開かないその場所で、無機質な音声だけが広がる。




<条件が達成されました>


<糸巻きの勇者のスキル『復元』が開始されます>


<逆巻きの勇者のスキルが復元されました>


<条件を達成しました>


<逆巻きの勇者のスキルに糸巻きの勇者のスキルが統合されました>


<逆巻きの勇者スキルの寿命消費のデメリットが消失しました>


<逆巻きの勇者タクヤ・オカモトの生体データが正常に復元されます>




 ◆




「あれ、ここは?」



 長い間悪夢を見ていた気がする。

 その悪夢を覚ましてくれた相手がよく見知った顔の……



「誰だっけ?」



 人懐っこくて、話のよく合う存在だったと記憶してる。

 だというのに顔も名前も思い出せない。


 だが思い出そうとすればするほどに気分が爽快になる。

 不思議な存在だ。僕にとってかけがえのない、相棒とでもいうべき存在で。



「クレア達はどうしただろう?」



 ふと取り巻きの少女達のことを思い出す。

 すぐ人を扱き使う性根の悪さに目を瞑れば美少女なのになぁ。なんとももったいない。

 しかしそれと同時に自分の使命も思い出した。


 そして状況を察するに、今僕は魔王軍の本拠地へと足を運んでいるのだろう。

 おかしなことに今までの記憶が曖昧だ。



「まずは使命を果たさないと。思い出せない彼の為にも」



 彼? 

 思い出せない相手の性別は不思議と感じ取れた。

 彼女ではない。

 だとすれば気の知れた男友達だったのだろうか? 不思議と心が温かくなるのを感じた。


 前へと踏み出す一歩がやけに軽く感じる。


 街を歩く。

 こうやってみると人間も魔族もコミュニティを取れる相手なんだなぁと変に納得する。

 だって街並みは人類と大差ないもの。それは生活習慣も同じレベルなのだと理解できる。


 これってただ単に自分たちに都合が悪いから相手が悪者だって押し付けてるだけなんじゃないのかな?

 不意にそんな感情が働いた。


 歩いていると僕に向けて涙を流す少女が歩いている。

 名は……思い出せないが、僕に顔を擦り付けて両手を振って拳を僕に叩きつけていた。



「どうしたんだい、お嬢さん。何か悲しいことでもあったのかな?」

「わからないんだ。泣きたいくらい悲しいのに、相手の名前が思い出せなくて! でも、すごい悲しいのだ。こういう時はどうすれば良いのだ?」



 僕は言葉に詰まった。

 みるからに魔族の特徴を揃えてる少女だったが、不思議と敵意は感じなかった。


 誰かのために泣ける感情を有している。

 それのどこが人類と違う?

 ちょっと凶暴で力が強いくらいで変に怖がってるだけじゃないのか?

 だから僕は目線を合わせて言葉をかける。



「感情のままに泣いていいんだよ。近しい人がどこかへ行ってしまったのかな?」

「うん、う゛ん゛っ」



 その場に蹲って泣き出す少女。僕も彼女に釣られて泣いてしまう。悲しい出来事がまるで自分にも当てはまるかのようで、悲しくて涙が溢れた。


 巨大な狼の遠吠えがよく聞こえる。

 きっとその狼も誰かを想って泣いているのかも知れない。

 言語圏が違うから聞き取れないが、誰かを思う気持ちは一つ。

 人類も魔族も、モンスターだって一緒なのだ。


 だから余計にわからなくなる。

 僕は人類の言うことだけを鵜呑みにして、魔族の王様を殺しにきた。

 だと言うのにこの場面を見たら僕のやってることの全てがどうでもよくなってくる。



「なんか、気分じゃなくなってくるな。こういうの見ちゃうと」



 勇者としての責務が魔王へと駆り立てる。

 そこまでして僕に魔王を討伐せようと言うのだろうか?

 気が進まない。それでも彼が僕の背中を押すように後ろから圧をかけてくる。

 どこかじゃれついてくる子犬のように。

 人のプライベートにまで干渉してくる感じで。


 そういえば彼は博愛主義者だった。

 顔も名前も思い出せないのに、どんな人物かだけが鮮明に思い出せた。



「グハハハ、よく来たな人類の手先よ! ここから先は魔王様の直属の親衛隊、グスタフがお相手する!」



 山のような巨体が、山の合間から顔をのぞかせてそう申してきた。「うわ、デッカ!」だなんて思わず出てしまうほどに驚いてしまう。


 自分でもらしくないと思いつつ、僕の言葉に少しショックを受けてる親衛隊のグスタフが少し可笑しく感じた。


 見た目はいかついのにハートはガラスのようだ。

 きっと性根まで腐ってはいないのだろう。

 だが向こうもわざわざ出向いてるのだし、ここは相手をしてやるべきだろう。

 だから格好をつけて対峙した。



「我こそはスケークス王国より遣わせられた勇者タクヤ! 我が前に立ちはだかると言うのならその巨体、横に倒される覚悟はお有りか!」

「クハハハハ。よもや相手を気遣う余裕があるとは人類の勇者とは大したものだ。このグスタフ様の闘気を浴びてまだその虚勢が張れるのだからな!」

「では試してみるか?」

「吠え面をかかせてくれるわ!」



 うん、強かった。

 単純に体格差の暴力で逃げ場をなくすほどの厄介さ。

 でも不思議と負ける気はしなかった。



「良い勝負だった。魔王軍親衛隊のグスタフよ」

「クッ殺せ。負け犬は魔王軍に必要はない」



 山ほどのサイズの強面からそんなフレーズが出てきて驚く。

 そこは女騎士が追い詰められてようやく出てくるフレーズじゃないか。

 ふとここにくる前のクラスでの流行を思い出す。

 彼ともよくそんな話をしたものだ。



「我に貴君の成長の余地を潰せと言うのか?」

「この俺を生かす余地があるのか? 人類の剣よ」

「その言い方はやめてくれ。半ば脅迫される形で手に入れた肩書きだ。本当はさ、強い力を手にしたとしても誰かを殺すなんて向かない性格なのさ」

「そうか、俺もそうだ。畑仕事をしてる方が好きなんだが、魔王軍は戦力を募集してて、その図体を生かしてみないかと、そう誘われて今ここにいる」

「どこもトップが勝気だと下の者は参ってしまうな」

「ああ、本当に」



 よもや魔族とこんな風に会話が弾むと誰が思うだろうか?

 今までの僕なら対峙したら殺すか殺されるかが当たり前だったのに、不思議と寄り添い合う心の余裕ができている。

 これもきっと彼のおかげなのだろう。



「だが使われてるうちはトップの命令は絶対だ。一応負けるのにも理由が必要だろう? 命こそ取らないが、傷は受けてもらう。畑仕事の邪魔にならない程度の、な」

「見事なり、勇者よ。いつかまた会えたら」

「ああ、その時は酒でも酌み交わそう」

「楽しみにしているぞ!」



 ドシャァア、とその巨体が大地に伏す。

 それを見た王国の騎士団達がワッと湧いた。


 

 それから僕の側から見れば大躍進は続く。

 次々と魔王軍の尖兵を(後で酒でも飲もうとお誘いしながら)バッタバッタと薙ぎ倒す姿は爽快感しか生まないからな。


 そして四天王とも約束を果たし、魔王の玉座へと至るのだが……



「誰もいないんだけど」

「湯浴みの時間に押し入るとは相変わらず礼儀知らずの勇者じゃの」

「エッッッッ!」



 そこには一糸纏わぬ姿の少女が、豊満な体を持て余し気味に出てきた。

 僕は相手のあまりに破廉恥な格好に鼻血を吹き出しそうになる。いや、出た。

 だって思春期の男の子だもん。

「童貞舐めんな」彼だったら絶対そう言い出しそうだ。



「覚悟しろ! 魔王! 僕が勝ったらちゃんと服を着てもらうぞ!」

「ふん、余は裸族よ人類め。今日こそ裸族の素晴らしさを貴様ら人類に身をもって教えてやるわ!」

「なに!?」



 え、まさか人類と魔族って服を着るか着ないかで争ってるの?

 まさか違うよね?

 王様そんなこと言ってなかったよ?



「あー、少し聞くが」

「なんだ?」

「人類が服を着なくなれば争う必要はないのか?」

「それだけでは許せぬのう」

「条件を聞こう」

「勇者を婿として迎えたい」

「む?」



 聞けば聞くほど好条件が揃ってる気がするのだが?

 確かにナイスバディなのはアリシアやクレアとも同じ。

 目鼻立ちも整ってるし。

 あれ、これは魔族の条件飲むのありなんじゃね?


 僕は一瞬のうちにそう考えた。

 だがしかし、魔王の続く言葉に、二の句を告げなくなってしまう。



「勿論我が魔族が見守る中で次代を授かる為の儀式を行うぞ? それから婿殿の優秀な種を一族繁栄の為に配って歩くし、婿殿の仕事もたくさん用意しておる。どうじゃ? 我ら魔族の繁栄に貢献せぬか?」



 え、全裸で? 衆人環視の中で?

 それってなんてエロゲ?


 倫理観なんてあったもんじゃねぇ!

 あーこれは無理だわ。人類が突っぱねるわけだわ。

 戦争も起こるのも納得だわ。


 こんな原始的な思想、たとえ相手が美少女でもお断り願いたい。僕はできるだけ一人だけを愛したいし、そういう行為は人目につかないところでしたいんだ。

 そう言う部族だってわかってるけど、けど!



「悪いけど、やっぱり君の提案は僕には受け難い」

「ふむ、やはり人類と我ら魔族は争う定めか」



 悲しげに瞳を伏せ、魔王はショックを受けたように少し気落ちしたトーンで身構える。

 ずるいよなぁ、本当に美少女ってだけでずるい。



「もし、もしもだよ? 僕が魔王を嫁にして、王国に連れ帰る提案ならどうだろう?」

「む? その場合魔族の繁栄はどうなる?」

「別に僕がわざわざ種を撒かなくたって彼らは優秀だよ? 僕だってここにくるまでに結構苦労させられた。そこにわざわざ僕の種を入れる必要ってあるの?」

「じゃが我ら魔族のしきたりじゃし」

「そんなしきたりに縛られてるから君たち魔族はつまらないことに拘っているんだ。服を着るのはそんなに苦手? 僕は服を着てこそ磨かれる部分もあると思うんだけど」

「ぬぅ、勇者が惑わしてくる。余は一体どうすればいいんだ?」

「一緒に考えてあげるよ。どうせなら僕と世界を見て回らない? 身分を偽ってさ。勇者と魔王ではなく、ただの一般人として。その方がこの場所に居座るよりも幾らか建設的だ。人類が何故服を纏うようになったのかを知るためにもさ。どう?」



 僕は魔王にそう願い出た。

 魔王は逡巡したのち、そうじゃのうと考えを改め話に乗ってくれる。

 なんでこんな簡単に会話が通じたのだろうと不思議に思う。


 思えば道中の魔族達とも不思議と会話が噛み合った。

 何故かその感情が手に取るようにわかるのだ。

 まるで長い時間共に過ごした隣人であるかのように。


 そして僕と魔王アスタロトの一般人としての冒険が始まるのだけど、



「アシュ、さっき渡したお洋服はどうした?」

「フハハ、あんな鬱陶しい布切れ、切り捨ててやったわ!」

「ダメでしょ! 切り捨てたら!」

「だってー」

「だってじゃありません!」



 旅の第一歩から大いに躓いていた。

 これもまた人生。

 少しづつでいい、魔族に人間の暮らしを見せながら、その中から何かを感じ取ってもらえれば、それだけでよかった。




 ◆




 俺はそんなパイセンのいちゃつく姿をぼんやりと見つめながらため息を吐く。



「はー、持ってる人は持ってるんすねぇ、クッソ羨ましい。爆発すればいいのに」

『ですが貴方様は勇者としての使命を全うされました。これは素晴らしいことなのですよ?』

「ケッ、その結果が俺の命の消費でしょ? 確かに一緒に魔王を打倒しようって約束しましたけどね、よもや俺自身がパイセンのスキルのパーツになることだなんて思っても見ませんでしたよ。ねぇ、女神様?」

『必要なことでした。そしてそれは貴方様だからこそ果たせたのです。誇りに思っても良いのですよ?』

「へーへー」



 俺は真っ白な空間で魂だけの存在になっている。

 そして女神と名乗る声だけは聞こえるが姿が一切見えない相手にぼやきながら独り言を呟いていた。


 そう、あの時俺は死んだのだ。

 まさかの即死である。

 まさに自分を犠牲にして特定の誰かを生き返らせる絶技だったのだ。全てを賭して、復元させる。

 仲間の顔さえ忘れて、ただ命を消費させるための道具だったのだ、俺は。

 そんな、損な役割をよくよく我慢しながらやれていたと思う。それでも名前も姿も忘れてしまった誰かと一緒にいた感情だけが俺の全てだった。

 思い出せないけどそんな気がしていたのだ。



「それで? 使命を果たした俺は用無しですか?」

『いいえ、ここに来る前の世界での余生を送る保証をしましょう。それといくつか願望を。勿論わたくしの権限が行使できる範囲でですが』

「それって結局要望言ったって叶わないやつじゃないっすか。もう良いっすよ。どうせ使い捨ての俺にそこまで期待してなかったんでしょ?」

『では、良い余生を』

「へいへい」



 女神様の言葉を適当に聞き流し、俺は深い眠りへとついていた。




 ◆




「起きろ、マコト。おい、この寝坊助やろう!」



 また俺はぐっすりと眠りに落ちていたらしい。

 何やら長い間夢を見ていたらしく、ここが現実か夢の中か一瞬判別がつかなかったが、見知った顔を見て安堵する。



「痛ってーな。加減しろよバカ」



 犬飼千穂。俺の近所に住む幼馴染だ。

 あれ? 俺にそんな関係居たっけ?

 長い間夢を見ていたからか前後不覚になっていた。

 けれどその顔、表情を見て安心する俺がいる。

 気がつけば頬を伝う滴が垂れていた。



「あれ? 泣いてんのか?」

「うっせー、心に響く夢を見てたんだよ!」



 昔から一緒にバカやってた中で、幼稚園からずっと一緒に過ごしてる。

 時折こいつが女だと言うことを忘れそうになる程の腐れ縁である。

 そうだ、そうだった。居たわ、こいつ。

 なんで忘れてたんだろ?

 一緒に良すぎて気づかなかったのかな?

 あり得る。こいつはいつのまにか俺の心にズカズカ侵入してくる奴だった。お陰で自己発電もままならない。

 


「HR中に寝てるマコトがいけないんだよ。それより聞いたか? 今日転校生が来るって噂」

「いや、聞かねーな」

「やっぱり。どうせまた夜遅くまでゲームやってたんだろ? だめだぞー? そんなんだからおばさんが心配するんだよ」



 椅子に体重をかけて片足だけでうまくバランスを保つ千穂。

 こいつ運動神経だけは良いんだよな。いまだに一人称がオレな辺り女子力は皆無だ。

 はーあ、できればこんな暴力系幼馴染よりもっと清楚な幼馴染が良かったぜ。

 まぁ付き合いやすさではこいつでも十分なんだが、恋人となるとどうしても考えちまう。

 本当にこいつで良いのか?

 もっと良い相手がいるのではないのか、と無い物ねだりをしてしまうのだ。

 ま、童貞故の妄想って奴だ。



「うっせー。男には成し遂げなきゃなんねーことがあるんだよ!」

「よく言うよ。それで単位落としたら意味ねーだろ。おばさんに頼まれてるオレの身にもなれよ」

「勝手にお前に頼むカーチャンが悪いんだ!」



 こいつとの腐れ縁は筋金入りで。

 なんと親の代からの親友関係がきっかけ。


 そこからズルズル来て学校まで一緒の仲だ。

 両親が盛り上がって勝手に婚約までさせられてるし、昼寝が大好きな俺にはとんでもねー見張り番だったりする。


 もう少し女らしくしてくれたら、少しは良くなるのに。

 オレの気持ちがこいつに届くことは一生ないのだろうと半ば諦めかけている。


 そうこうじゃれついてる間に教室の扉が開かれ、転校生がやってくる。

 金髪を靡かせた美少女。どう見たって外国人なのに流暢な日本語を話しているので内心でほっとした。


 紹介された転校生は海外から交換留学生としてやってきた。ナターシャさんと言うらしい。


 フルネームはやたら長ったらしくて覚えきれなかった。

 どうやら彼女は姉妹でこの学校にやってきたらしく、中等部に妹が来てるそうだ。


 千穂の奴が早速仲良くなっていて、俺を巻き込んでその妹と会いにいく約束をしてしまう。


 なんで俺が……千穂お前がいなければ完璧なのにと余計なことを言って脛を蹴られたのは、まぁお約束のようなものだ。



「うむ、お迎えご苦労であるぞ、姉者」

「相変わらず、上から目線ねティティ。姉妹だと言う設定をもう忘れたのかしら?」

「姉者こそすぐにこの身体に慣れろと言う方が無理であろうに。それで、マコトは見つけたのか?」

「現地の協力者を見つけたわ。偶然なことにあの子よ」

「それは僥倖よの。積もる話もある。今夜は宴じゃな」



 ??? 俺は頭がパニックになる。

 何故か知らないが美少女(一人幼女含む)が俺の話題を上げて盛り上がっているではないか。


 そのうちの一人が勝手知ったる腐れ縁の幼馴染でなければ我が世の春が来たか? と喜ぶのだが、俺としては自分がモテる男ではないと自覚してるので油断はしない。



「お主がマコトかえ?」

「ああ、ティティちゃんだっけ? 俺になんの用? って……えええ、なんで泣いてんの、ちょ、千穂!?」



 突然、幼女が俺の腹に抱きついて泣き出していた。



「あーあーマコト君、うちの妹を泣かせましたね。これは責任を取っていただきませんと」

「ひゅーひゅーマコト、モテモテだね!」

「茶化すな! お前ら」



 そこからは泣き疲れるまで泣かせてやって、翌日からはなんか異様に懐かれたティティちゃんとうちの幼馴染が修羅場になってた。


 意味がわかんねぇ。

 姉のナターシャさんはそれを見て温かい目で俺を見て微笑んでる。

 俺の夢見たハーレムとは少しだけ違う、けどなんだか懐かしい喧騒が俺の日常へとやってきた。

 




 fin.

───────────────

キャスト


平真たいらまこと(16)

勇者だった頃の記憶を消失しており、突然生えてきた幼馴染になんの違和感もなく適応している。

数十年の付き合いもあるため、妹というより熟年夫婦の域にまで達しているが、まだお付き合いはしていない。

恋人募集中。


犬飼千穂いぬかいちほ(16)

真の活躍によって一番被害を受けた元マザーファングの魂が女神の力によって人間へと転生した。

当時の記憶は失っており、最初真と出会った時はなんとなく気になる程度だったが気がつけばじゃれあうようにまとわりついていた。

マザーファングだった頃の癖が抜けず、距離感がおかしい時もあるが、友好的。真の母親にそれが恋だと打ち明けられてからは積極的にお世話するように言いつけられてるオレっ子。

マコトからは一番近い距離にいるため恋愛対象と見られてないが、外堀は天高く積み上げてる少女。


ナターシャ・フォン・アーデルハイド(16)

王族に元侍女だった少女。

吸血鬼の血が覚醒して魔族側につき、ティティと一緒に魔族を切り盛りした。

長命種ゆえに転生するチャンスを逃し女神からの申し出で真と再会するチャンスを得たは良いものの、未だに姉妹設定の無理矢理感に悩んでいる。

今じゃ血の繋がった妹のティティではあるが、前世の記憶通りにお仕えしている。

それと言うのも妹の我が強すぎるせいもあるためか?

マコトに対して恋愛感情は特にない。


ティティス・フォン・アーデルハイド(14)

元ウロボロスの忘れ形見だった少女。ナターシャと同じく当時の記憶を持って誠のいる世界へ転生してきた。

食欲旺盛で食べ歩きが趣味の中学二年生。

いろんなところに寄り道していたおかげでマコトと出会うのが遅れたが、これから挽回するつもり。

両親との仲は良好だが、姉であるナターシャには強気の態度を見せる。元主人としての癖が抜けないのかしょっちゅう失敗ばかりしている。尻尾のない生活に適応し難くどうにかして取り戻せないものか一考している。

マコトと添い遂げる事になんの疑問も持っていない。

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糸巻きの勇者〜昼寝と手から糸を出すのが特技の俺が勇者として世界を救うまで〜 双葉鳴🐟 @mei-futaba

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