第23話 死闘



 女子供であろうとも容赦なく斬り殺された死体の山。

 濃厚な血の匂いに気分が悪くなる。

 喰うための殺しではなく、一方的な虐殺だ。

 そして死んだ魔族をおもちゃのように扱う王国兵達。


 中には動かぬ魔族に跨る者さえいた。

 その様子に反吐が出る。

 いくら相手が魔族だろうと、ここまでするのかと人間の行為に疑念を抱いた。


 つい先日まで仲良くしていた魔族の顔を思い出す。

 決してその時の相手ではない、けどティティは重ねてしまったのだろう。

 マコトの背中に隠れて震えていた。

 現実は最悪の形でマコトの前に現れた。


 視線の先、二年前に別れた時とは別人すぎる勇者岡本卓也を発見した。

 その姿はあまりにも異質で、本当に同一人物なのかと自問自答をするマコト。

 だがその容姿は日本人のそれで、確認するためにも声をかけた。



「パイセン、何やってんすか、これ」

「君は……おかしいな、人間がこんな所に囚われているだなんて情報は聞いてない。何者だ?」



 一切の会話が通じない、虚な瞳を向け、マコトは歯噛みする。

 そこに居るのは紛れもなく逆巻きの勇者岡本卓也ではあるが、既にマコトの知ってるタクヤではなくなっていた。

 


「勇者様、そこの者は魔族に与する者でございます。騙されてはいけません!」

「やはりそうか。おかしいと思ったんだ」

「パイセン! 俺のこと忘れちまったんですか?」

「悪いが僕は君を知らない。だから──」



 ──死ね。

 言葉と同時にマコト目掛けて剣が振り下ろされた。




 ◇




 振り下ろされた剣は、しかし俺を傷つけるに及ばず。

 糸に付与できるスキルは、体にも同様に発揮した。



「効かねーよ」

「やはり魔族!」



 言葉はもう届かない。

 パイセンは弾かれるように俺から距離を取り、王女様二人がその横について魔法を放つ動作を取る。

 だが俺にも頼もしい仲間が駆け寄る。



『にーちゃん!』

「ここは俺に任せてポチは無事な魔族を見つけたら援護してやれ」

『でも、オレ……にーちゃんが居なくなりそうで、心配で、だから!』

「大丈夫だ、俺が今までポチに内緒で居なくなったことがあったか?」

『いっぱいあったよ』



 ポチからの返事は少し呆れたような、それでいて本気で心配するものだった。だから体を触りながら言葉をかける。



「そりゃ悪かった。でも今度こそ守るから。この三人は俺の手で止めなきゃいけないんだ。そこにモンスターが入ると、余計に話がこじれちまうからな。ポチを戦争に利用されたくないんだ、頼むよ」

『うん。にーちゃんが言うなら』

「ポチ様、参りましょう。信じて待つのもメスの務めですよ」

『ナターシャ……そうだね』

「おい、そこ。変な誤解を与える事を言うな。俺とポチはそう言うんじゃなくてだな……と、会話もさせてくれないのか」



 茶化すナターシャとポチの会話の隙をついて、パイセンが距離を詰める。

 先程の一撃よりも鋭い剣閃が俺の顔数センチ横を貫く様に放たれる。



「魔族に慈悲はない! 僕たち人類の平和を築くためには一匹たりとも生かしておいちゃいけないんだ!」



 まるで自分たちが正義であるかのような凶刃。

 だが気持ちがフラついてる一撃じゃあ俺の糸は断ち切れない。



「だったらなんで同じ人間である俺に刃向けてるんすか、先輩と同じ勇者である、俺に!」

「なんだって? ……ぐっ、頭が痛い、僕が人間に手を掛けている? そんな訳……お前は魔族だって、そうだ、お前は魔族なんだ。僕は間違ってない僕は間違ってなんか、ない!」

「タクヤ様! 邪悪よ去れ! ホーリーブレス!」

「うぉおおおおおおおおお!」



 頭痛を訴えるパイセンだったが、王女様の片割れ、聖女の魔法で発狂モードにされていた。

 先程の頭痛から察するに、まだパイセンはそこ迄堕とされてない。

 けどあの取り巻きが正気に戻させないように邪魔してくるんだ。



「パイセン、ここじゃ邪魔者が多すぎます」

「黙れ! 彼女達を傷つけさせてなるものか! 唸れ! 時限歪曲剣!」



 パイセンの刃の先が時空を歪めるように揺らいだ。

 しかしそれは剣だけでなく、その空間そのものが歪曲しながら俺の腕を切り裂く。


 剣ぐらいじゃ絶対に切れない俺の腕から夥しい量の血が地面に滴った。

 切るのとは違う、ぐちゃぐちゃに断裂させられた切断面。

 現代医療では絶対にくっつかないぐらいにぼろぼろにされている。



「ぐああああああああ!」



 熱い! 傷口が燃えるように熱い。

 思えばこの世界に来てからダメージらしいダメージを受けたことがなかった。


 勇者の攻撃なら耐えると過信していたけど、そう思っていたのは俺だけだったのか?

 パイセンの瞳は俺が腕を切られて痛がっていると言うのに、冷静に次に攻撃する箇所を見極めていた。


 又あの一撃を受けたら、肉体防御を無視して傷つけられる。

 俺はダメージを受けながらも、後方で頑張るポチ達を追わせないように前に立ちはだかった。



「退け、僕はまだこの街に蔓延る魔族を消し去ってない。君が人間だと言うのなら、退いてくれ。これ以上僕の邪魔をするな!」

「それは聞けない頼みってやつっすよ。パイセンにも大切な人がいるように、俺にも守るべき場所がある」

「ならば、死ね!」



 頭痛を堪えるような表情で、冷酷な言葉で責め立てる。

 これが本当にあのパイセンなのか?

 人はこうまで変われるのか?

 何か理由があるのだろうが、その性格の変質に思い当たることが一切見つからない。


 そこへ這いつくばった俺の腹が王女のヒールで蹴り上げられる。

 痛みは一切ないが、レベル差の暴力で俺の体は勢いよく転がった。

 痛みが強すぎて糸をまともに操れない。



「ぐぅ!」

「時間の無駄よ、タクヤ。こいつは魔族に与してるの。王国の裏切り者なのよ」

「嘘をつくな! 裏切ったのはお前らだ! 勝手に俺のことを捨てたのはお前らじゃないか! パイセンは、そんな俺にも優しい声をかけてくれたんだ。それをお前らが! ……ぐぅ!」



 起き上がって抗議する俺の鳩尾へ聖女様の拳が再び抉る。

 真実を口にされたら都合が悪いのだろう。

 又はここで俺を消すつもりか?


 先に行こうとするパイセン。

 そして一人でパイセンを止めようとして地に這いつくばる俺。

 どちらにせよ好機と見たのだろう、王女様が俺の頭に尖ったヒールを押しつけて、体重をかけてきた。



「タクヤ様、この者の処理はわたくし達にお任せを」

「けど……」

「大丈夫よ。こいつはタクヤの攻撃で弱ってるもの。あたし達でも殺せるわ」

「そうか、なら頼む!」

「パイセン! 行くな! それ以上罪を重ね……ぶっ!」



 俺の口を塞ぐように頬に蹴りが放たれた。

 聖女の純白なブーツに俺の血が浴びせられる。



「誰が喋って良いと言いましたか? グズ」

「まったく、世話ばかりかけさせてくれるじゃない。あんたが現れてからこっちがどれだけ迷惑かけられたと思ってるの? ねぇ、聞いてるの?」



 動けないことをいいことに、殴る蹴るを繰り返す王女様。

 やけに場慣れしているその動作。

 どれだけ罪を重ねて来たのか。場慣れして練度から自分と同じような目にあって来た人間の多さを物語っている。

 相手が女性だからと躊躇してたらこっちがやられる。

 だから反撃に移らせてもらう。



「ほら、もっといい声で泣きなさい!」



 振り上げられる足。

 軸足を起点に、王女アリシアの蹴りは必殺の一撃になって俺の頭蓋に突き刺さった。

 が───



「ぎゃぁああああ!」



 叫びを上げたのは王女の方。

 蹴ってくる場所がわかれば反撃は容易い。

 そこに糸をしかけておけば良いだけだ。

 ただの糸。猛毒なんて仕込んじゃいない。


 殺したらパイセンが余計に怒り狂いそうだから。

 そんな必要もないほどにつま先に食い込んだ先から糸を伸ばした。

 どうせならその凶暴な足は二度と使えないようになって貰うつもりだ。



「お姉様!? この!!」



 姉の叫び声を聞いて回復魔法より先に追撃を入れてくるあたりがこの女の本性を表している。


 パイセン、女日照りなのもわかるけど、コレは流石に無いっすよ。

 普通だったら選ばないチョイスに、されど理由があるんだろうと振り上げた拳にピンポイントで糸のバリアを展開する。

 それを一切躊躇せずに腰を入れたパンチは容易く糸の障壁を破った。

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるクレアだったが、残念。

 その障壁、フェイクなんだ。



「なにこれ、やだ! やだ!?」



 拳が砕いたバリアが細かい糸になって霧散しつつ。

 素早く再構成され、腕に巻きつき始める。

 女のか細い腕など軽く締め上げるだけですぐに傷口を作り、そこからあらゆる強化を付与した。



 突き出した腕が、俺の糸に触れた場所だけ筋骨隆々になっていく。可愛らしい少女の顔にゴリラのような腕。

 さて、これでもパイセンは彼女の愛を貫けるだろうか?


 ちなみに強化内容はポチ基準だ。

 人間がこれを受けたらどうなるか、俺も今日初めて知ることになる。



「やめなさい! やめて! わたくしの腕が! いやぁああああ!!」

「おごぉおおお、足、私の足が!」

「お姉さんの方は神経が切れた状態で直しておきますね?」



 足癖の悪いアリシアの足は一生動かないようにした。

 本人はこれからパイセンに養ってもらうつもりだろうから別にこれでも良いんじゃないかって思う。

 魔法は唯一のアイデンティティっぽいから一切触れずに置いておく。



「なぜ、あなたは無傷なんですの!?」



 そこで筋肉聖女のクレアが気づいた。

 先程まで地べたに這いつくばっていた俺の、特に致命傷だった腕がくっついてる事が不思議で仕方ないのだろう。



「治したんだよ。回復魔法が聖女の専売特許だと思ったか?」

「無能ではなかったの!?」

「それはあんた達の思い違いだ。俺は大器晩成型なんだよ、パイセンと違ってな」



 3年かけてレベルが5しか上がってないあたり、想像を絶する大器晩成具合。

 もしこれがゲームだったら大半のプレイヤーがコントローラーを投げるクソゲーだろう。

 実際その立場に立たされた俺からしてもそう思う。


 見切りをつけるのが早い王国から見たって無能と判断するのには丁度いい。

 それくらいに育たない。

 正攻法が一切通じない。

 だから無能と決めつけて操りやすいパイセンと切り離した。


 だが俺にそんな余裕を見せていられたのはその時だけ。

 クレアに与えた筋力増加付与はその全身に巡るように腕以外の箇所も次々に筋骨隆々に変えていく。


 一人だけ出てくる作品を間違えたかのようなマッチョ具合。


 アレほど豊満だった胸や腰肉などは全て筋肉に置き換えられ、だがしか顔はまだギリギリ原型を留めている。


 そこで付与を留めたのは俺の善意だ。そしてパイセンへの配慮。

 余程人を殴る蹴る所作が好きなようだったので肉体を改造してあげました。言い訳はこのくらいで良いだろう。


 そこまでしてようやく立場は逆転する。

 一方は足を、腰から下を使い物にされなくして、もう片方は筋肉に埋まるように肉体を膨張させられて。



「で、俺を殺すんだっけか? 出来るの? 今のあんた達にさ」



 小馬鹿にしたように見下してやると、やはり気性は荒いのか目だけで訴えてくる。

 


「そう凄むなよ。俺だってできれば人間は殺したくない。でもなー、あんたらは放っておいたら余計な被害出しそうだからパイセンに近づけさせたくないんだ。だから悪いけど……」



 にこりと微笑み、一歩近づく。

 すると分かりやすいくらいに態度を改めて謝罪して来た。


 もちろん腹に一物抱えてる奴の行動なんて丸わかり。

 俺は射程範囲内に入り込んで土下座のままの王女二人をその場に縫い付ける。


 範囲 Ⅰの効果は5メートル以内の空間であれば人体の内側であろうとも関係なく精製できて、たった1センチであろうとも皮と肉を結ぶことを可能とする。


 だから土下座の姿勢から反撃しようとした時には自滅しちゃう訳だ。

 腕を振るって、詠唱を終えた魔法が杖の先端から出る時、その腕に引っ張られるようにしてアリシア王女の両頬が裂けた。

 その美しい顔に、自らでダメージを与えたのだ。俺は一切手を出してないのに自ら自滅の道を選んだ。

 本当にこいつらは救えない。人類がか弱いだなんてよく言えるよな?

 


「きゃぁああああ!」



 もちろん魔法は明後日の方向に飛んでいき、本人は顔だけが取り柄の自分の顔に深刻なダメージを受けてる事実にショックを受けている。


 クレア王女は強化されきった筋肉を操作し切れずに転んだ。

 顔の傷を気にしないくらい劇画タッチになってはいるが、強化されたってその筋肉を扱えないのでは意味がない。

 そして回復魔法で姉を治そうと言う気はもはや起きないのか。殴る動作で俺を狙うが、



「そんな大振りで当たってやるのは優しいパイセンだけでしょ。大自然のモンスターはもっと殺すつもりで来る、大自然舐めんなよ?」



 お辞儀をする様に頭を下げて回避して、足を軽く蹴っ飛ばすとバランスを崩してその場に転倒した。

 クレアはその場でジタバタ暴れていたが、筋肉が肥大化しすぎて起き上がれないようだった。下手するともう座れないかもしれないくらい太ももの筋肉はパンパンだ。

 ご愁傷様。

 俺はそんな変わり果てた二人の王女をその場に残し、パイセンの後を追った。




 ◆



 騎士達は王女の護衛として来ていたが、変わり果てた王女を女として見れなくなったのか、又は王族としてお守りするのがバカらしくなったのかわからないが今までの恨みをその肉体へと発散するようにぶつけていく。


 魔族に対して同じ事をした者達だ。

 正義のためだと心を偽り、倫理観の崩壊した彼らからしたら最高のストレス発散の相手だったのだろう。

 どのみち証拠隠滅も兼ねて使い潰そうと思っている。



「騎士長、良いんですか、こんな事して。一応王族ですよね、この方達」

「ああ、が正解だ。この容姿で戻ってあの無能の王が素直に娘だと認めると思うか?」

「いえ……」

「だったらわかるだろ。もうこいつらに王族としての価値がないことは」

「でも勇者様との子は?」

「隙を見て殺しておけ。遺児が残るのも問題だ。残された王女様達からすれば絶対に残しておいていいものじゃない」

「それは……そうですが」

「なんだ、惚れていたか?」

「憧れはあったんですけどね、こうなっちゃモンスターと一緒っす」



 憐憫の眼差しで元聖女を見つめる若い騎士。

 騎士長は今のうちに発散しておけと軽く肩を叩き、若い騎士を見送った。


 後日魔族に嬲られるよりひどい状態で王女二名の遺体が発見されるが、王国騎士団は魔族の抵抗を振り切って発見した時はすでにこの状態だったと王に報告した。


 口裏合わせを飲んだもの達以外は王女と一緒に闇へと葬られていた。

 王族がアレなら騎士団もまた腐っている。

 王国の未来は遠くない未来に終わりを迎える事だろう。

 自らの自滅を持って、滅びゆく。

 増長仕切った者達に定められた運命なのかもしれない。



 ◆




 パイセンの姿を発見した時、既に戦闘が開始されていた。

 拳を握りしめて、決死の覚悟を決めていたのはティティだった。


 その背後では肩口から胸までバッサリと斬り伏せられたナターシャの姿があった。

 ヴァンパイアと言いながらもほとんど人間と変わらない彼女は、もちろん出血多量なら普通に死ぬ。

 だからその要因を作ったパイセンに対して強い恨みを抱くのも無理はなかった。


 ナターシャの脈を取るとまだ反応はあった。

 俺はすぐに状態異常回復薬を付与してやる。

 先ほどまで大量に血を失って真っ青になっていた顔が、みるみる血色が良くなっていく。

 俺の血肉が糸だとすれば、これは献血みたいなものだ。

 よもや薬が体内に巡る血液がわりになるなんて思いもしないが、これ以上考えても良いことはない。

 呼吸音が整うのを確認して、彼女の体を糸で囲う。

 そして防戦一方のティティへ声を掛けた。



「ティティ、下がれ! 俺が引き継ぐ」

「無理だ! タクヤはナターシャを殺した! ティティの従者だ。仇を討たねば主人として示しがつかない!」



 ティティの両頬を大粒の涙が溢れている。

 そんな状態じゃあ拳が鈍っても仕方ない。


 けどパイセンはティティのことすら覚えてないのか、殺すつもりで斬りかかっている。

 それでも耐え抜くあたりはウロボロスの血筋か。強靭な皮膚が剣戟を弾き返していた。

 それでもうっすらと血が滲んでいる痛々しい姿がそこにあった。



「ナターシャなら生きてる! だからティティが戦う必要はないんだ」

「でも、でも!」

「ナターシャを守ってやれるのは現状お前だけだ。これはお前だから頼むんだぜ?」

「わかった。だから、タクヤを元に戻してくれ。ティティだって名前を覚えた人間を殺したくない」

「言われるまでもないよ。ポチはどうした?」

「あっち、怪我してる魔族が固まってる。それを守ってる」

「そうか。じゃあここは俺に任せてティティも向こうに回ってくれ」

「マコトは帰ってくるか? 死なないよな?」



 つい先ほど、一緒に暮らした親しいものを失ったショックからか、ティティはらしくない程弱々しい顔を俺に向けた。



「アホ、俺を誰だと思ってる。勇者マコト様だぞ? 魔王以外に負けるかよ。さっきは油断しただけだ。もう負けねー」

「信じるぞ? 絶対に帰ってこいよ?」

「おう!」



 ティティがナターシャを担いで後方に消えるのを確認しながらパイセンへと向き直る。



「どうしてここに……彼女達は?」

「俺は紳士なんでね、無傷ですよ」



 嘘はついてない。怪我は回復させたが、顔に至る傷や成長させた筋肉はそのまんまだ。けどそれをわざわざ教えてやる必要もない。



「それに右腕、確かにスキルで斬ったよね?」

「くっつきました。俺の回復薬は特別品なんで」

「聖女の祈りですら切断した腕をくっつけることなんてできないと言うのに、その力をどうして人類のために使おうとしない?」

「人類、と一括りに言いますがね。パイセンはその人類に担がれてるだけですよ?」

「なにを言ってるか意味がわからないな。僕はこの国の王となるべく命を授かった子爵家の嫡男だ」

「あー、なんかおかしいと思ったらそこっすか。そこからっすか」

「なに?」



 俺は合点がいったと言う風にポンと手を叩く。

 つまり今のパイセンは記憶を失っているんだ。


 そしてあの王女達の都合の良い記憶を植え付けられて振る舞ってる。

 だから俺との記憶が全くないのだ。

 それならば確かに合点が行く。



「パイセン、あんたは別の世界から召喚されたんですよ。俺はその一年遅れでこっちに来ました」

「なにを言ってる? 僕はタクヤ・シルクロード。シルクロード子爵家の嫡男で……」



 いや、シルクロードってダサいな。絹の道っすか。

 王族が好きそうなフレーズだよな。でも子爵って……王族と家格が合わなくない?

 いや、そう言うふうにしか見られてないという事か。

 どこまでも腐ってるな、あいつら。



「そもそも子爵家と王家が結婚できるんすか?」

「なに!?」

「確かに魔王討伐なら立派な功績を建てられますよ? でもね、王家ってどこまで行っても家格を重視するクソみたいな人種なんすよ。向こうからすれば選びたい放題の中でわざわざパイセンを子爵家にした理由を考えてくださいよ。きっとお遊びくらいにしか思ってないんすよ、あいつら。又は変えの効く人材っす。いい加減目を覚ましてくださいよ」

「バカにするな! 彼女達は、僕との子を望んで身籠ってくれた!」

「そりゃ既成事実作んなきゃ危ないのは自分らですもん。確か立て続けに失敗した責任とやらを取りに王国に帰りましたよね?」

「なんの話だ?」

「今から二年前の話ですよ。まぁパイセンは記憶を失ってるわけですけど」

「記憶を? ぐっ……そうやってまた僕を惑わせるつもりか!」



 再び剣を構える。

 洗脳ここに極まれり。

 しかし会話は通じるんだよなぁ。

 どうしたものか、と思い至った時。


 ふと、新しく覚えたスキルを思い出す。

 ───復元。

 普通なら詳細が載るのにその一才が不明のままそこにある。

 俺は一縷の望みをかけてそのスキルを頭の中で念じた。



 しかし、



 <スキル:復元を使う条件を満たしていません>

 消費MP:1000


 1000!?

 最大MPは糸巻きで全回収したって500が限界なのにか?


 どうする?

 俺はどうすれば先輩と仲間を救える?

 パイセンを救いたい一方で俺は体をひっくり返してもなし得ない条件を突きつけられて考え込んだ。

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