第22話 決戦前夜

 虚ろな空を見上げて、タクヤは剣を袈裟斬りに払う。

 魔族だったものが倒れ伏し、タクヤは汗を拭った。



「お疲れ様でした、タクヤ様」

「ありがとうクレア」



 魔王討伐の任務を受けて四年。タクヤは再び王国の剣としての活動を始めていた。

 クレアから渡されたタオルを受け取り汗を拭う。



「君は身重なんだからこんな前線までついてこなくてもいいのに。アリシアみたいに宿で待っていて欲しかったな」

「ですが、傷を癒すのがわたくしの勤めですわ。それに生まれてくる子供にお父さんの活躍を見せてあげたいと思ったのです。ダメでしたか?」

「いや、ダメだなんてことはないさ。でもここは危ない。宿に帰ろうか」

「はい、あなた」




 王女の描いた筋書きはこうである。


 あまりに自由意志の強いタクヤに手を焼いた王女二人は、あらゆる魔導具を使って既成事実を作り上げた。


 国王との謁見後、次失敗したら廃嫡の危機を自覚し、大事にとっておいた純潔を使ってでもタクヤの気持ちを引き止めようとしたのだ。


 しかしどんなに言い寄ってもタクヤは手を出してこなかった。

 だから食事に混ぜ物をして二人から襲ったのである。


 だがその結果、岡本卓也は記憶喪失になってしまった。

 それを良いことにあることない事信じ込ませ、今のタクヤは全くの別人になってしまっている。


 糸巻きの勇者マコトの存在など忘れ、王女様達とイチャコラ夫婦生活を送っていた。

 そのついでに勇者としての仕事をしているのだ。


 だが時間が経過するにつれて薬の効果も切れてきて、最近元の記憶が表に出始めている。


 そんなタクヤを依存させようと二人の王女は薬を使ってタクヤをより廃人に追い込んでいた。


 自分の地位を守る為に、他人の命などどうでも良いと切り捨てる本物の外道とはこの少女達のことを言うのだろう。


 自分達は純潔を捧げたのだから釣り合いは取れていると本人たちは言うが、要は相手の気持ちを無視したレイプだ。


 そこにどんな事情があるにせよ、犯罪であることに変わりはない。だが国の威信を守るためであるならばそれが許される。

 王族とはそれが許される国の最高権力者である。


 一介の勇者でしかないタクヤに抗う術はなかった。




 ◇




「ここ最近妙な夢を見るんだ。本当のことを思い出せ、お前はその邪悪な者達に騙されているって、頭の中で騒ぎ出す誰かがいるんだ。それが誰なのか全くわからず、ここ数日眠れてないんだ。最近の不調はそのせいかもな」

「まぁ、きっとタクヤ様を妬む愚か者の仕業ですわ」

「そうなの、かな?」

「きっとそうに違いありません。それに、タクヤ様はお腹の子のお父様なんですから、弱気なままではダメですわ」



 クレアは腕を取り、その豊満な胸へと押し付けた。

 誘っているのだ。胎に子がいようと関係なしに、ズブズブに自分に依存させるためにタクヤを誘惑するクレア。



「ごめん、今はそんな気になれなくて」

「申し訳ありません。でしたら一緒に居るだけでも許可を貰えませんか?」

「それくらいなら、うん」



 あくまでも、押すだけではないのだと引いて見せてうまくコントロールするクレア。

 押せ押せで行けるのは子を作るまでだったとこの二年で悟っている。

 それはそれとして自分を印象つけるための手段としてクレアは事あるごとにタクヤについて回った。

 否、監視である。


 また知らないところで正気に戻らされたら溜まったものじゃない。今度失敗したら王女としての地位を失うだけではなく、タクヤとの子を孕っているため女としての価値も低く、返り咲ける見込みも低かった。


 だから念入りにこうやって付き纏っている。



「こーら、あたしを除け者にしない」



 そこへ書類仕事を請け負っていたアリシアが帰ってくる。

 片手に食事を乗せたプレートを持ち、背負った赤子がそれを構っていた。



「ほーら、お父さんでちゅよー」

「びえええええ」



 アリシアのおんぶしてる子は、タクヤには似ても似つかない王国寄りの顔つきである。

 黒髪黒目のタクヤと違い、金髪碧眼の整った顔立ちだ。しかし顔のパーツはタクヤを思わせる箇所もある。



「ごめん、ここ数日疲れが取れなくて。それで泣かせてしまったのかも」

「あら、無理しちゃダメよー? タクヤの体は一つしかないんだから」

「うん、わかってる」

「仕方ないですわ、お姉様。あとはわたくしが同伴しますので、お姉様はカールと一緒にご飯でも食べてきてくださいな」

「えー、せっかく仕事終わらせてきたのにー」



 そんな仲睦まじい姉妹の様子にタクヤはホッとする。

 この二人と関係を持ってしまったこと。

 そして王族の彼女達。


 王国の剣としての使命。

 父として、男として二人の王女を守る為に剣を振るうのはこの上ない名誉のはずなんだ。


 なのにどうしてこうも胸騒ぎがするのだろう。



 タクヤは押し込められた記憶が少しづつ混ざっていく現状を良くないものと捉えつつも、忘れている記憶に胸を締め付けられ続けた。





 ◇




 その頃糸巻きの勇者はと言うと……




「っしゃ! 魔法陣が完成したぜぇえええ!」



 糸を掌の上でそれっぽく仕上げてはしゃいでいた。



「はいはい。それで魔法の方はきちんと発動するんですか?」

「ちょっと待ってろ、今やってみる」



 マコトは糸に魔力を流し、それが魔法陣を巡った時。

 ごぽりと水が掌の上で丸く彩った。



「おぉ! 成功した」



 ナターシャとハイタッチして喜びを分かち合う。

 糸の可能性、ここに極まれり。



「本当にその糸万能ですよねー。なんなんですか、マコト様って」

「それは俺が一番知りたい」



 顎に手を置いて唸るマコト。

 


「それはさておき、その糸は切り離しても使えるんですよね?」



 ナターシャの質問に確かになーと唸るが、切り離した状態で再度魔力を送れるかは試したことがなかったことに気がついた。



「いや、どうかな? 切り離すと俺のMPごっそり持ってかれるし」

「案外不便ですよね、その糸」

「それなー、レベルさえ上がってくれればいくらでも切り離せるんだが、こいつがピクリともしてくれない」

「ままならないですねー」

「なー」



 ワンチャン、魔法を覚えたらスキルが増えると思っていたが生えなかった。

 やはり体に貯蓄しないとダメなパターンかと項垂れる。



「ああ、じゃあ魔法食べれば良いんだ」

「いや、なんでそうなるんです?」

「ちょっとこの糸に魔法投げてくれない?」

「それ、怪我したら私がお二人に怒られるやつですよね?」

「あの二人には俺から言っとくから」

 


 じゃあ、仕方ないですねと。

 ナターシャが手のひらを胸の前で合わせてワードを唱える。


 その結果。



「生えた! スキル生えたぞー!」



 めでたくマコトはスキルを獲得。

 レベルを2ほど伸ばした。


 増えたスキルは6個。

 しかし伸びたレベルは2だ。

 これはあれか?

 レベル上がるごとに必要なスキル数増えてくやつか、とマコトはその場に項垂れる。

 


 ◯────────────────────◯

 マコト・タイラ

 LV:5

 職業:糸巻きの勇者

 称号:遅れてきた勇者

    ジャイアントキリング

 HP:10

 MP:489/489

 物攻:0

 魔攻:10

 物防:10

 魔防:10

 ◆固有スキル

 『魔糸精製』『睡眠』『意思疎通×11』

 『猛毒付与』『強酸付与』『飛翔付与』

 『状態異常回復付与』『筋力増強付与』

 『糸巻き』『速度増強付与』『水魔法付与』

 『火魔法付与』『風魔法付与』『土魔法付与』

 『雷魔法付与』『影魔法付与』『復元』


 ◇特殊スキル(スキルポイント:10)

 『+範囲 Ⅰ』『+造形』

 ◯────────────────────◯


 

 一気に増えたスキル。

 しかし同時に謎が増えた。


 それが復元と呼ばれるスキルだ。

 糸巻きと同様、レベルアップと同時に生えた特殊な奴だ。


 しかしそれはそれとして、獲得したポイントで欲しかった造形を取る。これであれこれ作ってみたいものがすんなり作れるぞー。

 そして早速蛇口を作る。



「みろ、先端から水が出るぞ!」

「わー便利です! これで生活がより良くなりますね!」

「でもこれ、出っ放しなんだ」

「これは早急に改善が必要ですね」

「だな」



 マコトはナターシャと二人ではしゃぎながら、しかしある事実にたどり着くと二人して真顔になった。


 取り敢えずどこかに出しっぱなしにする案は却下し、マコトが直接操作することで解決する。



「おお! 水がぽかぽかしてるぞ!」



 水浴びしかしたことのないティティが即席で作った湯船に飛び込んだ。

 その場で泳ぎ始めた時は目のやり場に困ったが、マコトの両目はナターシャに塞がれていた。出来るメイドである。

 ティティの裸はこうして死守された。

 守られた本人は決して気にしてないが、マコトが気にするのでこれで良かったのだ。



『にーちゃん、これ何?』

「風呂つってな。体を温めることによって新陳代謝を高めるんだよ」

『ふーん』

「よかったらポチも入るか? 規模を大きくすることもできるぞ?」

『オレは水浴びだけで良いかな? 湯というのがよくわかんないや』

「ま、気になったらで良いよ。別にぜったいに入れってわけじゃないし、好き嫌いもあるしな」

『うん』



 会話をしつつも、ナターシャに目を隠されながらマコトはポチとのやり取りをする。

 ティティは湯船を新たな遊び場としたようだ。こうしている限りは家族のように見えるが、そんな関係性は一切ない。悲しいことである。



「そういえば、ナターシャさん」

「なんです、マコト様」

「あ、いや。魔王て結局どこに住んでるの?」

「あら、知らずにあんな約束を交わしたのですか?」

「そういやパイセンと約束交わしたのは良いけど、相手がどこにいるかは知らねーやって思ってさ」

「私にもそういう情報って回ってこないんですよね。王国ってほら、足の引っ張り合いに必死なとこあるじゃないですか?」

「うん、まぁそんなことだと思ってた。どうもあの国放っておいてもダメな気がするんだよなー。絶対ろくなことしないだろ」

「それは思います。私が魔族側についたのは王国を亡き者にした後のことを考えてですねー」

「ナターシャさんは極論すぎるよ」

「女は後々の立ち位置を考えて動きますから」

「俺は行き当たりばったりが多いなー」

「マコト様はそれでなんとかなっちゃうのでそうなのでしょうねぇ、普通はそうまで環境に適応できませんよ」



 ほのぼのとした会話。

 ティティはまだ遊んでるのかバチャバチャと水が跳ね上がる音がする。

 くぁ──とポチが大きく欠伸をする。

 マコト達はほのぼのとした生活を送っていた。


 そして数日後、魔族と争う王国軍とかちあう事になる。


 マコトが魔族と分かれて二週間後のことである。

 近くに魔族の街があると道すがら聞いて、どんなところか見てみようと観光に来た。


 ──だがそこには惨劇が待っていた。

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