第21話 魔王アスタロトの策略

 その頃魔王城では、

 今代魔王アスタロトが頬杖を突きながら四天王が1柱、漆黒のジャバウォックから報告を受けて、苦笑した。


 糸巻きの勇者の取り込みの失敗。

 そして暴食のウロボロスの忘れ形見の勧誘の失敗。

 魔王軍にとっては悪いことばかりだが、同時に吉報も得ている。



「味方に入らぬが敵対はせぬ、と?」

「魔族に対して、ですが。魔王様は別です。かの者は魔王討伐が使命と息巻いておりました。お悔やみ申し上げます」

「余に近づけさせぬのが四天王の仕事だと思ったが?」

「もちろん、給与分の仕事はしますよ」

「まったく、お主は王をなんと心得る。だがそう言う無駄口は嫌いではないぞ。糸巻きの件は分かった。だが逆巻きとの合流は避けよ。それさえ阻止できれば我らの勝利は目に見えておるわ。逆巻きなど我らの敵ではない」

「ですがウロボロスの奴は彼奴に負けておりますが?」

「フハハ、彼奴は生い先短い老兵だ。龍種と言えど寄る年並には勝てぬものよ」



 そんなものか? とジャバウォックは表情を顰めるが、魔王アスタロトはクツクツと肩を揺らして笑っている。


 言葉の裏に込めた意図に気付かぬジャバウォックに答え合わせをするように言葉を続ける。



「そもそも逆巻きの能力はデメリットが大きいのだ」

「デメリット、ですか?」

「ああ、奴の能力は寿命を代償に発動される。使い続ければ勇者そのものの寿命が切れるのよ。そこを突いてやればあっけなく人間共は切り札を失うことになろう」

「では?」

「ピンチを切り抜ければ切り抜けるほど、弱体化する。放っておけば勝手に死んでくれる。それよりも糸巻きだ。あいつが逆巻きと合流すると厄介だ」



 アスタロトはかつて先代の糸巻きの勇者と相対したことがある。その時初めて死を垣間見た。


 あれらの能力は異質。

 他の勇者のような優れた能力は見せぬものの、全く予想してない効果を発して状況をひっくり返す一手を打つ。

 散々煮湯を飲まされた相手としてアスタロトは警戒していた。



「アスタロト様がお気になられるほどの存在なのでしょうか?」

「単体では弱い、が。底の知れぬ能力を持つ。用心はしておいて損はないだろう」

「……弱い、ですかね?」



 ジャバウォックはティティとの生活を振り返りながら、糸巻きの勇者マコト・タイラの在り方を思い浮かべる。


 訓練と称して闇討ちをかけても即座に返り討ちにし、正々堂々正面切って数で襲っても常にそばに付き従うマザーファングとの連携で敗北を喫する。


 そこにティティが遊びと称して混ざろうものなら阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。

 確かに魔王の懸念はわかる。

 単体でも厄介極まりないあの男が、ウロボロスを退けた逆巻きと組まれたら他の四天王達も危ういと、そう考える。



「ふむ、どうやら余と貴様の意見は違うようだ。それで貴様から見て糸巻きの勇者はどのように見える?」

「雲のように掴めぬ相手ですな。敵対しているのかと思えばそうでもない。勇者として存在しておりながら魔族に対しての偏見を持っておりませぬ。ですから味方に引き込めると思ったのですが、変なところで頑固で」

「正義感とかそう言うのは?」

「ないでしょうな。人間だからと言う理由で人助けはしてません。自己愛が強く、ことなかれ主義。ただし家族と認めたものが傷つけられると烈火の如く怒ります」

「彼奴にくれてやったウロボロスの忘れ形見はうまく家族として溶け込めておるか?」

「どうでしょうか? まだわかりませぬ。今のところ放っておけないくらいの感じでしょう。アレは幼体でありながらウロボロスと同じく暴れん坊ですから」



 ジャバウォックは身振り手振りで苦労の数々を伝える。

 ウロボロスが健在な頃、ジャバウォックがよく命令無視などの行動によく振り回されていたのだ。

 それを思い出し、眉間の皺を揉み込むようにしながら疲れを全身でアピールする。



「まぁ放って置かれてるよりは良いだろう。せっかくくれてやったのだ。上手いこと魔族側に取り入れられるように手を回しておけ」

「無駄だと思いますけど、ご命令とあらば」

「一言余計だぞ。と、ヴェルヘイアへは誰を出向かせている?」

「死霊のネクロスですが」

「……聖女がいるのにか?」

「王国の聖女が聖魔法を使っていることを見たことがございませんので」

「念の為、ブロンゴも連れて行け。あやつは命令は聞かぬが、場を乱すのにはうって付けよ」

「アスタロト様、ネクロスの胃を壊すつもりですか?」

「とっくの昔に肉の体は失っておるだろう? 痛むのは気のせいだとネクロスにも伝えてやれ」

「はいはい、ネクロスの奴、作戦が終わったら魔王軍やめなきゃ良いけど」

「彼奴が暮らせる場所など余の手元以外あり得ぬだろう?」

「そう思うなら少しくらい労ってやってくださいよ」

「お前はやるだけ無駄なことに時間をかけるのか?」



 魔王アスタロトはニヤリとほくそ笑む。

 このパワハラの権化は部下からの絶対の信頼があるからこそ傍若無人に振る舞うのだ。

 嫌われていたらこうも軽口を叩き合えない。


 ジャバウォックはアスタロトに言われるがまま、魔法陣を呼び出し単独ヴェルヘイアへと飛んだ。

 それを見送りながらアスタロトは組んでる足を切り替えた。



「糸巻きの勇者め、またも余の前に現れるか」



 勇者召喚が行われ始めたのは王国の歴史が始まって100年後。

 今から300年前のことである。


 その中でも逆巻きの勇者が現れることがほとんどであったが、糸巻きの勇者が現れる事は稀であった。


 特に糸巻きは能力が特殊であるため無事に召喚できたとしても多くの者が戦闘について行けず、戦死。

 なんの為に呼んだのだと当時は落胆したものだ。


 それでも根気よく呼んで200年後。

 才覚を表した糸巻きの勇者が現れる。

 逆巻きと糸巻きの勇者は二人で一つの能力だったとこの時になってアスタロトは思い知る。


 激戦に続く激戦。

 時を移動する逆巻き、そして減らした寿命すら巻き戻す糸巻き。


 糸巻きの勇者の本質は時間逆行だった。

 ただし本人は逆行できず、糸を伸ばした相手の時間を逆行させるのだ。


 これを見た時、初めてアスタロトはジリ貧だと感じた。

 だから糸巻きの勇者が現れた時、分断するように仕向けた。


 今回は仕向ける前に勝手に分断されてしまったが。

 王国は長い歴史を刻みすぎて糸巻きの勇者の有用性すら見落としてしまっている。


 それもその筈、糸巻きが覚醒するのは逆巻きが死に瀕した時のみだ。絆を結んだ相手の窮地。

 絆を結んだ相手が多ければ多いほど、覚醒する回数が大きいのだ。


 決戦までに生き残る事が出来る強者にのみ許される能力。

 故に大した戦闘力も持たない糸巻きは無能として切り離されたのだろう。


 アスタロトにとってこれは非常に都合の良い事だった。


 自ら動かずとも、勝手に人類が自滅の道を歩むのを愉悦の笑みを浮かべてワイングラスを揺らす。


 中に入ってる液体は血のように赤い、魔族領で採取される品種のワインである。

 それで喉を潤すと、思案を巡らせた。



「さて? 人類共は自ら敷いた破滅の道をどのように歩むのか見せてもらおうか」



 ◇



 魔王城でアスタロトが高笑いを上げてる頃──


 俺はぶえっくしと季節外れのくしゃみをした。



『にーちゃん、大丈夫?』

「マコト、平気か?」

「流行病でしょうか? でしたらマコト様はこちらに近寄らないでくださいませ。ティティ様に移ったら大変です」

「お前らみんなして酷いな。きっとこれ、誰かが俺の事を噂してるんだぜ?」



 俺は鼻の下を指先でこすりながらドヤ顔する。



『にーちゃん、噂されるほど人脈あったっけ?』

「言うな。俺が一番気にしてるんだから。案外ルーカスさんかも知んないだろ?」

『あー、あの人。ワイバーン肉美味しかったな。思い出したらお腹空いてきた』

「あ、バカ。ティティのいる前で飯の話は……」

「ワイバーン肉って何だ!? 美味しいのか!」



 目をキラッキラさせて涎を垂らすティティ。

 それを懸命に拭うナターシャさん。

 この主従はすっかり阿吽の呼吸、もといパブロフの犬の様に行動がわかりやすいティティとそれをパターン化して行動に移すナターシャの代わり身の速さが一種の芸と化していた。



「美味いには美味いけど、ブラックドラゴン肉を食った後では数段劣るぞ? それでも食いたいって言うならUターンする必要もあるけど……」



 ティティを宥めつつ、常食になりつつあったブラックドラゴンの肉より劣る事を大仰に語る。

 するとさっきまで輝いていた瞳が、輝きを失った。

 美味いか、美味くないか。ティティの判断はそこに限る。



「美味しくはないのか。じゃあ良いかな?」

「それ以下の食事してた頃はさ、すんげー美味く感じたんだけど」

『多分今食べたらこんなんだっけ? って思う奴だよね』

「ああそれ、あるなぁ。あの頃はここまで贅沢できるなんて考えてなかったし」

『オレも家に住むなんて考えた事なかったよ。住み始めたらもう野外で寝るのが無理だもん』

「いやいやいやいや、モンスターが家に住むなんて普通は考えつきませんよ? これはマコト様がおかしいのです」

「いや、ポチも家族だろ? 仲間外れにできるわけねーじゃん」

『これがにーちゃんだよ。ナターシャはいい加減慣れなよ。人間の常識は通用しないって。考えるだけ疲れるだけだよ』

「ですが、クッ」

「なーなー、それより小腹すいたー」



 旅立ってまだ30分も経ってないと言うのに、相変わらず燃費最悪なティティである。

 それを見越してポチの背中にはブラックドラゴンの干し肉が大量にぶら下げられていた。

 それをいくつか取って、小休止とする。



「マコト様、土鍋セットをお願いします」

「いや、まずは水場探しから始めないと」

「料理の分だけなら生活魔法でご用意できますよ?」



 攻撃魔法も得意だが、生活魔法も嗜む程度にはマスターしているとナターシャは魔法陣を編み上げる。



「うーん、それでも水場は探しときたいかな? 料理の為だけじゃなく、水浴びをするのにも水場は必須だよ。それに動物達も水を飲むし、ついでに干し肉の補充先も考えたらやっぱ水場は最優先事項なんだよなー」

「確かに。魔法は限りがありますが」

「それに……」

「それに?」

「ティティの食事催促がこの一回だけで済むと思うか?」



 その言葉にナターシャは苦笑し、そうですねと自分の考えを胸の内に押し込めた。


 確かに今ここで生活魔法で水を用意しようとも、そのあと何時間もティティが我慢できるかと問われたら「そんなはずが無い」と言い切れる。


 付き合いの長いナターシャですらそう思えるのだ。

 一人だけティティが理解できずに小首を傾げるが、すぐに忘れるので放っておく。



「んじゃ、上から見てみるから」



 糸を上からぶら下げて、それを手にくっつけると巻き上げる。

 糸を周囲5メートル以内に展開する『範囲Ⅰ』を取得してからこの方法を思いついた。

 自分の体から出す必要は無くなったものの、それ以外で他に何か使えないかなと試行錯誤を繰り返してるうちにここに辿り着く。


 そしてある程度の高さまで登ると、そこに糸を伸ばしながら足場を作った。

 糸は常に俺を中心に出るので上空でも問題なく出せる。

 そして出せると言う事はその場で固定することもできると言うわけで。



『にーちゃん、何か見えたー?』

「そうだな、もう少しこのまま進むよ」



 上空で周囲を見回していたのを確認し、ポチに乗っかったティティとナターシャが後をついてくる。

 それから30分も歩けばついに水場を発見し、ひとまずそこを休憩地点とした。



「マコト様はどんどん人間離れしていきますよね。私、デミヴァンパイアですけど身体能力ではマコト様に敵う気がしませんもの」

「えー、俺なんて糸が出せるだけの能力だぜ? 吸血する度に能力底上げするナターシャさんと比べられるのは心外だぜ」



 ふー、やれやれと俺は肩をすくめる。

 一般人に向かって何を言っているのやら。

 俺なんて未だにレベル3の一般ピープルですよ?

 パイセンクラスと比べられてもさ。



「そうだぞ、マコトはすごいんだ」

『そこで何でティティが誇らしげなの?』

「ティティ様ですから」

「ティティだしな」

『???』



 えへんと胸を張る幼女をその気にさせておき、頭を悩ませるポチを放置。

 水場に足跡で作った竈門セットで少し遅い昼食を始める。

 陽は真上から少し傾き、流れる雲を追いかけるように俺達は当てのない旅を続けた。

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