第20話 正義と悪の分岐点

 はい、俺です。

 相変わらずスキルがピクリとも生えないまま二年が経過しましたよ。

 あれっきりパイセンから一切連絡取れないんだよねぇ。

 今頃どこで何をしているやら?


 ま、人類最高峰の戦力であるパイセンを殺すなんてことはしてないと思うけど。してないよな?

 ここにいる限り人類側の情報って全然入ってこないんだよ。


 こっちから街での暮らし捨てたとはいえ、ナターシャさんも街に行けないわで。

 どっかで変装するなりしていきたいんだけど大所帯だから難しくてねー、ずっと出不精のまま来てる。


 ぶっちゃけ街に行く用事ねーんだよな。ここで生活できちゃってるから。


 例の賞金欲しさに来る人間はみんな自分さえ良ければどうだって良いような連中だし、無力化してお帰りいただいてるけど懲りずに何回も来るんだよな。

 暇なのかな?


 ま、パイセンの事だし助けが欲しければ意思疎通で俺に連絡入れてくるだろ。

 問題は俺が身動き取れない状況にあるってわけで。

 その場でスッと立ち上がり、人んちのリビングに転がり込んでは会議を始めた連中を一瞥する。



「取り敢えずティティさんや」

「なんだ? マコト」

「お友達にはお帰りいただくとして」

「来たばかりだぞ? もう少し、いいだろ。ダメか?」



 いつのまに覚えたのか上目遣いで懇願してくるティティ。

 やめろ、そのおねだりは俺に効く。

 すっかり人に甘えることを覚えやがって!


 十中八九、ナターシャさんの仕込みだな?

 下手人に視線を向けるとサッと逸らされた。

 すっかりこの主従は俺の手から離れて独立してしまっている。

 最初こそ食うための仕事としてメイドをやっていたが、なんだかんだお世話のしがいがあったのだろう、すっかり仲良しだ。

 二人して俺をいじょめてくるくらいにはな!



「ダーメ。お外で遊んできなさい。そう言う頭を使う遊びはまだ早いです」



 お前まだ3歳だろ?

 食っちゃ寝してても怒られない頃合いだ。

 遊び盛りで追いかけっこや魚釣りとかそう言う思い出作ってなさい。

 なんで人間の住んでる家で人類滅ぼす計画立ててんのこいつら?

 もしかして俺を人類にカウントしてないのか?

 いや、そんな筈……



「だってお外なんもないもん! それと友達が悩んでるから悩み聞いてただけじゃん。それが悪いのかよー」



 その悩みが人類の滅亡がかかってるから気が気じゃないんだろうが。


 仮にも俺は勇者だ。多分、きっと……全然必要とされてないけど気持ちだけは捨ててないぜ!


 今はまだ中立としてティティに好きにさせてたけど、人類滅ぼそうってきならちょっと待ったと声かけくらいするよ。

 つらつらと俺の立場を説いてやったら、ティティはムッとしながら反論してきた。

 こいつめ、すっかり魔族にたらし込まれてるな?



「じゃあマコトは人間に被害が出たら助けに行くのか?」

「いや、助けには行かないかな?」



 この世界に来て、歓迎してくれたのはパイセンかルーカスさんくらいでそれ以外はいい思い出がない。


 特に賞金稼ぎのおかげでここ最近不眠症だ。

 昼寝大好きの俺がだよ?

 もういっそ息の根止めようかなって考えてる俺がいるもん。

 それでも一応勇者だから殺しはしてない。

 相手は俺の都合なんて一切考えちゃくれないが。



「じゃあ問題ないじゃん。マコトは人間よりティティの味方なんだよな?」

「確かにどっちが大事かと言われたらティティだ。けど、だからって魔族の味方ってわけでもないぞ?」

「そこがわかんない。ポチも魔族で、ナターシャも魔族なのに、マコトは人間を裏切ってこっちに来たわけではないのか?」



 なんか今サラッと衝撃の事実が紛れ込んでなかったか?



「ポチはギリわかるけど、なんでナターシャさんが魔族扱いされてるの!?」

「聞いてないのか? ナターシャはヴァンパイアだぞ?」

「全然そんな感じ見せなかったじゃん! 血が飲みたいとかも言わないし」

「覚醒遺伝と言うやつですわ。遠い先祖が吸血鬼で、私はその血を受け継いでいただけ。ですがティティ様の強い魔力に充てられて血が覚醒してしまったのです。ご先祖様ほど多く異能は扱えませんが、指名手配されてる現状、見切りをつけるなら今でしょうとこの度魔族側に参入致しましたの」

「いやいやいやいや」



 さも当然とばかりにナターシャさんは貴族の挨拶を披露する。

 しかもティティの影響かー。

 そういえば引き取った時より随分と強くなったよな?

 本気で組み手した事ないから知らんけど。

 ポチも群れのボスとしてどんどん成長してきてる。

 それに比べて俺はどうよ?

 なんの成長もないままで二年だぞ?

 我ながら情けなさすぎて涙が出てくる。



『それ本気で言ってないよね? にーちゃんが思ってるほどにーちゃん弱くないよ。レベル? とか言うのはよくわかんないけど、それなりに力のある魔族の襲撃も人間の冒険者と一緒くたに片付けてるし。それ見てティティも負けてられないって言ってるし』



 マジで? え、ティティって俺に対抗意識燃やしてんの?

 もっとポチとかを見習ってんのかと思ってたけど。



『オレはティティの格付けでは辛うじて下だよ。いまだに上に居るにーちゃんには敵わないよ』



 マジか? マジなのか。

 


「私も魔族認定されてからはより従者として全力を尽くしてますが、ティティ様から認められるようになるまで二年は掛かりましたね。それでもまだまだですが」



 ナターシャさんも魔族側に入ってから垢抜けたなー。

 やっぱこの世界の人類ってクソなんだってよくわかるわ。



「その上で私、尽くしてた王女様に顔ボッコボコにされたんですよ? 狙ってた男に粉かけただけで。十年以上尽くしてきたのに最後はそんな別れで。私、あんな王国なんて潰れちゃえって、思うんですよぉ」

「うん。ナターシャが人間なんて生きてる価値ないって言うからティティも考えたんだ」


 

 訂正、全然垢抜けてなかったわ。

 むっちゃ怒ってらっしゃる。この人私怨MAXで動いてるわ。

 その上でティティを扇動して。こわっ。

 だが屈するな、俺ぇ。



「うん、ナターシャさんやティティの言い分もわかるよ。けど俺は人間として生まれてるし、この世界の人間じゃないけど、勇者として頼まれたから一応魔王討伐は最終目標になってるんだよね」

「じゃあティティとも戦うのか?」

「それなんだけどさ、俺は勇者として召喚されたけど全く国から歓迎されてなかったんだよな。そこはマジムカついてる」

「ではマコト様もこちらについてくださいよ。一緒に滅ぼしましょう、人類」



 そこ、歓喜の声を上げない。



「そうなのか? だからポチと一緒に行動してたんだな」

「間違ってないけど、その前に一緒に行動してた人がいるんだよ。人間の勇者で俺の恩人」

「ああ、タクヤか。タクヤも勇者なのか?」

「そう、その勇者タクヤと約束してるんだよね。魔王を討伐するときには力を貸すって。だから俺は勇者として魔族側につくことは出来なんだ。悪いな」

「そっか。じゃあマコトはティティの敵になるのか?」

「ティティが魔王だってんならそうなっちゃうな」

「ティティは魔王じゃない。けど……」



 ティティは家に遊びにきてくれた魔族を振り返る。

 そこにはなんとかしてくれと他力本願な目が並んでいた。

 まるで俺さえ良い任せればそのまま押し通せるとでも言いたげだ。



「じゃあ敵にはならない。今まで通り仲良くしようぜ?」



 俺はにっこりと笑って手を差し伸べる。

 ティティは俺と魔族を何度も見比べて、答えを出せずにいた。


 ティティはここで魔族を見限っても俺の側で生活をしていけるが、新しく出来た友達のほとんどが魔族。


 その友達は魔王の言うことを聞くことが至上の喜びとか言っちゃう存在だ。ぶっちゃけ手駒だな。

 ティティ自体は魔族としての誇りとかそう言うのはまるで持ってない。

 ただ友達に言われるがまま、担がれて行動してるだけなのだ。


 親分と慕ってくれて言うことをなんでも聞いてくれる都合のいい子分。

 ティティとしてはさぞ気分が良かっただろう。

 だからこそ裏切れない、そう思い込んでしまっている。

 根本は利用しているだけなのに、純粋だからこそ騙されやすいのだ。しかし言ったところでティティがわかってくれるかどうか。この手の答えは自分でたどり着く必要があった。



「マコトは以前言ったよな? 友達は大切にしろって」

「ああ、自分の命を預けても良いってくらいの友達の言葉は自分の命の次には大事だからな。俺にとってのパイセンみたいに」

「ティティは魔族の友達を大切にしたい! おんなじ種族のやつだって居るし、慕ってくれてる」

「そっか。じゃあ俺たちとはここでお別れだな、別れても元気でやれよ?」



 差し伸べた手を下げ、立ち上がる。

 口論を静観していたポチも立ち上がった。

 このままいつでも出発する気で、マイハウスの外へ出た。

 ナターシャさんは動じず、俺の下す沙汰を見守っている。

 


「でも、マコトと離れるのは嫌だ! ティティはどうしたら良いのだ?」

「それは自分で考えてくれ。ティティにとっての魔王軍は命の次に大事な友達か? それによっては俺はティティの決定に従うよ」

「ティティは……」

「ティティ様、私はティティ様の決めた方へ着いていきますよ。どちらに着いても私は最後までお供します。ですから」



 悔いのないようにしてくださいませ。

 笑顔でナターシャさんがそう告げる。

 ティティは俺の手を握った。

 そして魔族は一斉に立ち上がり、こちらを一斉に睨みつける。

 なんだよー、文句あんのかよ。

 こんな生まれたばかりの、自分の判断もままならない子供に親玉になれと縋る連中が憤ったところで怖くはないな。



『にーちゃん、オレがやろうか?』

「必要ない、どうせぶつかる運命だ。勇者と魔族。戦う運命だ」



 一歩前に出ようとするポチを右手を払って制止し、背中に隠れるようにしてティティが背中に隠れるようにして、慕ってくれた魔族達を恐る恐る見やった。

 もしかしたら怒らせたかもしれないと、震えている。



「で? あんたらウチのティティを焚き付けてどんな悪巧みを企んでる? 今までは友達だからと傍観していた。俺は魔族だからって絶対に倒すべき邪悪だとは思ってない。あくまで会話のできる中立を保っていた。境界線を超えてきたのはあんたらだぜ? 思い通りにならなきゃ力尽くか?」

「いや、今日は退かせていただく。魔王様にもお耳通しせねばなるまい」

「そっか。じゃあまたな!」



 俺からの言葉に返事は返さず、無言でその場から書き消えるように姿を消す魔族の皆さん。

 転移か何かの魔法かねぇ?

 良いなぁ、俺もそう言うスキル欲しかった。

 糸だもんなぁ。でもMP依存だしそっち系もやってやれないこともなさそうだ。

 魔法陣から作ってみるかな?

 そんな風に全く違うことを考えてると、魔族と離反したティティが俺の言葉に食いついた。



「またなって、マコトは魔族を嫌ってないのか? ティティは心を砕いて別れたのだぞ?」

「別に嫌ってはねーな? 今回はたまたまティティ争奪戦になっただけだ。でなければそもそも争わないぞ? 俺は平和主義者だしな」

「そうだったのか。じゃあティティも魔族と仲良くする分には構わないのか?」

「そうだなー、誰かに決定権を委ねなければティティの好きにしたら良い」

「よくわかんない!」

「じゃあわかるようになったら、選ぶと良い」

「どう言う意味だ、ナターシャ?」

「たくさん世の中のことをお勉強しましょうね、という事です」

「えーお勉強やだーーー!」



 結局騒がしい連中は騒がしいまま。

 俺達は魔族と決別した。

 そして……



『にーちゃん、オレ……』

「ん? ここを出て行くことを決めたのか?」

『うん。群れのみんなは慕ってくれたけど、それに言われるがままじゃダメなんだってティティの件を見てて思ったんだ。オレはこの地に流れてきた。そして流れるがままボスになった。支配されてた側からすれば、ボスの首がすげ変わっただけ。なのにオレは慕ってくれる群れを見過ごせなくなった。それはオレの弱さが作った幻影だった。群れの子達にとって、ボスは誰でも良かったんだ。オレである必要はないって、気づいた』

「そうかな? ポチがボスになって喜んでる種族もいたと思うぞ?」



 ポチの独白に、俺は労いの言葉をかける。



『そうなのかな?』

「おう、ポチはボスとして一生懸命頑張ってた。それは俺がよく見てるし」

『そっか』

「おう」



 なんだかんだと、3年。

 群れたことのないポチが群れのボスとして四苦八苦した。

 その経験は決して無駄じゃない。

 俺の経験だって無駄じゃない。


 ステータスにこそ現れないが、できることが増えたのは地味に嬉しい。

 ここにきて石窯を自作し、建築のノウハウを確立し。

 魔族の事情も把握した。


 勇者としての成長こそなかったが、全くの無駄というわけでもない。

 

 こうして俺たちは愉快な仲間を連れて新たな土地へ渡った。




 その頃王国では、人類総出で魔族国に打って出る準備を進めていた。

 勇者タクヤを筆頭に、怪しい光を纏わせたオーブを持つ王女クレアに、勝ち誇った笑みを浮かべる王女アリシアを率いて。

 王国騎士一丸となって、北の国境、ヴェルヘイアへと進軍した。

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