第19話 ご立派!マイホーム

 ナターシャさんを引きとってから数日後の明朝。

 陽はまだ山の麓からほんのり顔を見せてる時間帯。

 まだ冬眠中のポチの仲間達が活動するには寒すぎる季節。

 俺は暇な時間を持て余して糸の可能性を追求していた。



「マコト様」

「あ、おはようナターシャさん」

「おはようございます。それでこれは一体何をしてるんでしょうか?」


 

 伸ばした糸で木々を加工してるのは知ってるはずだけど、その先が見えてこないのか質問してきたのだろう。

 俺の糸がくっついた木は先端を尖らせたり凹凸を作ったりと色々だ。



「さぁ?」

「自分でも目的を決めてらっしゃらないんですか?」



 呆れた、と嘆息して彼女は自分の支度を始めていた。

 痛いところを突かれた。

 今まで何かを作るにしたってそう言うツッコミを入れてくる手合いが居ないもんだったから、いつものように工作していただけだったりする。

 


「ナターシャさんはさ」

「はい? 私ですか?」

「うん。もし家が作れたとしたらどんな家に住みたい?」

「突然ですね。マコト様は建築の心得でもあるんですか?」

「全く、これっぽっちも」



 所詮はタラレバの話である。

 だから「もし」と冒頭につけたのだが。

 でも夢を見る分には自由だろう。

 そしてやってみないことにはわからない。

 試行錯誤する分には蓄えにはなるんだ。


 その結果が今の拠点にある石鍋や石釜だ。

 その場所に枯れ木突っ込んで火をつけてやればいつでもスープを作れるって寸法だ。

 まぁ水汲みは事前にしなきゃいけないので誰でもできるってわけじゃないけど。



「取り敢えず雨風が凌げればなんでも良いですよ。人間がこの場所に住むには些か寒さがこたえますから。ポチ様の毛皮も暖かいのですが、それ以外の手段がないと言うのも現状です」

「俺は平気だけど?」

「マコト様は既に人間の範疇を超えていますから。ですからこんな劣悪な環境でも昼寝ができるのですよ。幼い頃から訓練を積んだ私でさえ立って歩くのも辛いですのに」

「えっ」

「えっ」



 お互いに信じられないと言うように目を見張る。

 一瞬の沈黙。



「……まぁ冗談はともかくとして」

「冗談ではないのですけど、はい」

「もし俺のスキルでそれっぽいのが作れたとしたら、どんな風にしたいか要望だけでも聞くよ」

「はぁ……」



 あ、その目。糸で何ができるんだって顔でしょ。

 


「まぁ見てなって。こう見えても俺、工作は得意なんだぜ? 一発で完成はしないだろうけどさ」

「マコト様は変わられているのですね。糸が出せるだけの固有スキルであれこれと可能性を広げています。それが出来たからと人々の見方が変わるわけでもないでしょうに」

「それでも、無駄にはならないじゃん。ほら、こうやってくっ付ければすぐには壊れないだろ?」



 積み木の様に木と木で組み合わせたブロックをナターシャさんに手渡す。

 戸惑いながら受け取り、思った以上に頑丈にくっついてることに目を見張った。

 確かに工作が上手くなったところで世に貢献出来るわけじゃない。でもさ、もし家が作れるようになれば、どんな場所に行ったってそれなりの生活ができるわけじゃん。

 今は体くっつけ合わせて寝ることしかできないけどさ、ゆくゆくはそんな生活もしてみたいんだよ。

 それを無駄の一言で切り捨てるのはもったいないって思うんだよな。


 特に人間側から賞金首になってる俺は、街に行くこともできないし。ナターシャさんほど自由がきかない分、文化的な生活には人一倍憧れてるんだよ。



「私も何かお手伝い出来ることがありますでしょうか?」

「そっすね。じゃあ俺の拠点作り第一号の相談役になってくれ」

「それだけでよろしいのですか?」

「それだけで良いよ。普段はティティの面倒見てもらってるし。俺はそれだけでも万々歳なんだよ」

「そうでしたか。私は侍女としてやることがなさすぎて暇なんですよね」

「あ、そうだったの?」

「はい。ティティ様は起きてる時間より寝てる時間の方が長いので」

「まぁなぁ。俺がそう言うスタイルだから飯食ったらすぐ寝るし。別にそれを強いてる訳じゃないけど、気がついたらそれが当たり前になってたな」

「お陰で世話をする時間も数時間で済みます。空いた時間を過ごすにもこの温度では厳しく」

「じゃあ尚更拠点作って自分の時間を作らなきゃだ」

「はい」



 ナターシャさんは微笑み、俺は工作に集中した。

 それからどれほど時間が経過したか。

 だいたい土台が完成する。

 石を切断して糸の先端にくっつけて簡易シャベルにして掘り返し、そこに石やらなんやらを並べて基礎を整えた。その上に掘った土を被せて押し固める。

 俺の糸は操る前提で筋力を必要とせず、どんなに重いものでも振り回せるし、持ち上げられた。


 そう言えば、と思いついた言葉を漏らす。



「ナターシャさんはティティの正体知ってたっけ?」

「正体ですか。ポチさんのような魔族側の子供ではないのでしょうか? 羊のような巻いた角が特徴的でしたから、てっきりそうだと」

「いや、俺一応勇者なんだけど? なんで魔族側でカウントされてんの?」

「なんでって……それは」



 チラリと視線を横に逸らし、モゴモゴと言葉を濁す。

 ほっほーぅ? つまり王国側は俺に対してそういう判断な訳だな?

 王女様付きの侍女ですらそう言う態度な訳だ。

 こりゃますます街に近寄れないわ。

 パイセンの態度が変わらなかったからワンチャンあると思ったけど、こりゃ過信しない方がいいな。



「あーめっちゃ傷つくなー。でもティティに対しては当たらずも遠からずって感じだな」

「それは、どう言う意味で?」

「魔王軍の四天王居るじゃん? パイセンが倒したウロボロスって奴」

「はい、国を上げてパレードを行った記憶も新しい事例ですね」

「ティティ、その四天王の忘れ形見。姫って呼ばれてたしまず間違い無いと思う」

「へ? 邪竜ウロボロスの子供!? 嘘、あの幼気な子が?」

「うん。パイセン曰く、魔族のブラックドラゴンが襲撃してきた件も含めて確定だってさ。俺たちとしては正体がなんでも一度一緒に暮らすって決めた以上は仲間だ。ナターシャさんも一応そう言う枠組みだぜ?」

「はい……私も帰る場所を失ってるんでした。ティティ様のことを言えませんね」



 ショックを受けて落ち込むナターシャさんだったが、自分の立場を思い出して乗り越えたようだ。

 話を聞いてる時は自分は王国側のつもりでいたけど、もうとっくにそんな境界は過ぎ去っていて。

 なんだったら指名手配及び追手を差し向けられてもおかしくない状態で。



「ま、姿形や肩書きなんては一方のイメージに過ぎないってことだよ。実際に接した時間の長さで分かるだろ? ティティが邪龍だなんて存在にしてはいい子な事は」

「はい」



 たった数日の付き合い。

 ナターシャさんは元気いっぱいのティティの世話をしているが、今のところうまく付き合えている。


 ポチは言うに及ばず。一緒に暮らす上で上下関係が確立してればあれこれうるさく言うことはなかった。

 動物って特にどっちが上か下かで揉めるからな。

 そういう意味では人間も動物の一種か。


 俺はそんなくだらないことに囚われない思考をしてるからこうやってポチとも仲良くやれてるが、普通は違うんだよな。

 選民意識っていうの?

 王家もそうだが魔族たちも自分たち以外を認めない、そんな風潮がまかり通ってる。まったく、そんなんじゃいつまで経ったって仲良くなんてできないぜ?



「俺が思うにさ、人類だ魔族だってやたらと敵対的なフィルター越しに見るから怖がってるだけで、付き合ってみれば全然そんな事なかったりするんだよ」

「でもそれってマコト様の意思疎通の能力があってこそですよね? 普通は言葉も通じませんし、見た目で判断するしかないですもん」

「そこなー。お互いに会話ができないからって排除しようって考えが俺からしてみたら怖いわけよ。おし、間取りはこんなものでどうだ?」

「拝見します」



 こんな雑木林の中で拠点を建てるのは初めての試み。

 失敗はしてなんぼ。

 同じ失敗繰り返さずに次は違う方法で解決すればいい。



「ここが玄関で、すぐにリビングですか?」

「最低限ベッドぐらいは作るつもりだけど」

「そうですね、リビングの他に部屋を二つほど作っていただければ」

「ふむふむ。大きさはどれくらいにする?」

「ここからここまでを湯浴み用、もう一つを就寝用、あとはリビングにテーブルと椅子を設けてもらえれば」

「要望が多いな」



 俺はジト目でナターシャさんを見る。彼女はすぐに目を横に逸らした。

 彼女、結構図々しいぞ?

 さすが貴族だっただけはある。

 今は全ての肩書きに、とつくが。



「それはそうです。せっかく作って頂けるのなら、今のうちに要望を通しておきませんと」

「ま、自分で始めたことだしな。オッケー、その様にやるよ」

「それでは私はティティ様のお迎えにあがります」

「はいよー」



 お迎え、も何も眠りこけてるティティのほっぺを叩いて起こすだけの仕事である。


 あの寝坊助は眠りが深いからな。

 本当にウロボロスとかいうおっかないドラゴンの幼体なのか疑うほどガードが甘いのだ。

 多分だけどガードが甘くても生き残れる強さがあるからこそ油断しまくれるんだろうな。


 ティティと違ってポチは周囲の気配に敏感だ。

 気配の反応が弱かろうと俺を気遣って教えてくれるし。

 さて、暇潰しの工作はそろそろ引き上げて朝飯の準備でもするかね。

 ポチの匂いが強くなってきてるし、きっとお腹もぺこぺこだろう。



 作りかけの木造建築用の木材から何本かを拝借して簡易的なまな板を削り出す。

 そこへ朝イチの狩りに出かけていたポチが持ち帰ったイノシシ肉やクマ肉を載せて血抜きと解体を施していった。



「今日はまた大量だな、ポチ?」

『なんか他の場所から流れてきてるみたい。見たことない種族も混ざってたね』

「へぇ?」



 まだ春先でポチの率いる群れのみんなは冬眠中だ。

 だから普段は干し肉をベリーで煮込む質素な食事がメインになりつつある。ポチの朝イチの狩りはそんな縄張りの哨戒も兼ねているのだ。


 けれどどこかからモンスターが流れてきたのか生態系が変わりつつある。ポチも気が気じゃないだろう。


 それはそうとせっかく手に入った肉素材。

 どうせなら豪快に使いたいものだ。

 ちょうどいいところにナターシャさんに連れられてティティがやってくる。両頬がぱんぱんに膨らんでるあたり、すぐに起きなかったのだろう。



「おはよう、ティティ」

「おふぁようマコト。なんだかほっぺが痛いぞ?」

「きっと寝る前に変なものでも口に入れたんだろう」

「んぇー? 全く身に覚えがないんだが」

「それはそうと、今日は生肉が手に入ったぞ。豪快に炙るから火を出してくれ」

「わかった」



 寝ぼけまなこを擦って、ティティは大きく息を吸い込んだ。

 そしてボフッと俺を包み込む様に吐き出されたブレス。

 貫通するように一部の木々を焼き焦がす。

 予想してたことだけど、こいつは加減というものを知らないからな、仕方ない。



「マコト様!」

「大丈夫大丈夫、俺にブレスは通用しないから」

「だからって、ドラゴンブレスを真正面から浴びたんですよ! びっくりします」

「そうだよなぁ、普通はそう思うよ。俺は慣れたもんだけど」

「慣れる時点で十分おかしいんです!」

「少し強かったか?」



 ティティはまるで反省の色もなく言ってのける。

 自分が何か悪い事をしてしまったという気がそもそもないのだ。

 大声で喚くナターシャさんの顔色を窺いながら俺に聞いてくる。



「もうちっと手加減してくれるとうれしーぜ。ま、火種はもらえたし、サンキューな?」

「うむ」

『ティティのブレス浴びて平気なのはにーちゃんくらいだよ。オレもちょっと生き残れるかわからない。もはやそういう種族なのかと思ってる』

「ちがわい!」



 ポチさんや、俺はか弱い人間さんですよ?

 ちょっと小器用なだけで人間なんだ。ホントだよ?

 自分で言っててちょっと怪しいところもあるけどさ。



「ともかく、無事で何よりです」

「便利だからってティティに頼むとこうなる良い例だ。頼む時は常に最悪を想定したほうがいい」

「ティティ、いけないことしたか?」

「うんにゃ、頼んだのは俺だし、これぐらいは想定内だ。でも俺以外にやったら死ぬかもしれないから気をつけたほうがいいな」

「そうなのか?」

「そうですねぇ、ブレスは吐いて頂かない方が良いです」

「わかった、気をつける」



 ティティはしゅん、と意気消沈しながら項垂れた。

 すっかり懐いたものだ。俺以外の人間を気遣えるようになったのは大きな成長と言えよう。



 ティティへの宣言通り、朝ご飯から贅沢なステーキを頂く。

 朝からステーキは胃が重いのだろう、ナターシャさんは川で汲んできた水でスープを作っていた。

 焚き火から火を継いで石窯の上で石鍋をグツグツ揺らしていた。


 オレなんかより全然料理が上手くて早くも俺のアイデンティティが風前の灯だぜ。



『いや、そんな事ないんじゃない? ねーちゃんは空に飛んでるワイバーンを落としたりできないでしょ?』

「そうだな」

『だからにーちゃんの代わりにはならないよ』



 さらっと俺の心を読んだポチは、それだけ言うと丸くなって尻尾を左右に振った。


 忘れていたが、内心ダダ漏れになるんだよな、意思疎通って。

 獣だから人間の気持ちはわからないと思ってたのが裏目に出たか。

 普段から特にそんな声を聞かないのでうっかり騙されそうになるが、一年一緒に暮らしてるもんな。



「あんがとよ。ポチの何気ない気遣いに癒されまくってるぜ」

『別に。オレはにーちゃんにつまんない事で悩んでほしくないだけだし』

「そうかよ」



 念話ではそれだけに留めるが、もっといろんな感情が織り混ざっていた。おまり深く追求するのも野暮か。


 朝休憩を挟み、趣味の木材建築へと勤しむ。

 それをみていたポチが声を飛ばしてきた。



『ところでにーちゃんは何してるの?』

「これかー? 食う以外で何かスキルが生えないかと思ってさ。無駄だと思いながら色々やってるんだよ」



 食って寝るだけじゃ一年でレベルが2つしか上がってない事実。もっといろんな事をやるべきだと重い腰をあげているのだ。



『ふぅん』



 ポチの返事はそっけないものだった。

 興味がない、と言うわけではないだろう。

 チラチラと視線が飛んできては尻尾を左右に揺らしているし。



「よし、今日はこんなもんか?」

『お疲れ様』



 くぁーーと大きなあくびをするポチ。

 その場で立ち上がって体を震わせると、のっしのっしと歩き始める。



「狩りか?」

『ん。ナワバリを守るのはボスの仕事だし』


 何も冬眠中までがんばんなくてもいいのにと思いつつ、拳を握ってトン、と前足へ撃つ。


「頑張ってこいよ」

『にーちゃんも』

「おう!」



 結局その日の内に家は完成しなかった。

 当たり前っちゃ当たり前だな。

 屋根の形状に手間取ってるうちに日が暮れたのだ。

 まだ密封してないので家としては隙間風が凄く、一夜を過ごすのに不向きすぎた。



 ポチはナワバリを広げつつ、新規の種族へ挨拶回りをして回ったそうだ。あんまり争い事は起こしてほしくはないけど、そればっかりは時の運て奴だ。


 それから三日くらいして取り敢えずの拠点が完成する。


 最初はナターシャさんの家として活用してたが、いつのまにかティティの寝床にもなっていき、気がつけば改築に改築を重ねてポチも込みで四人の拠点になっていた。


 春も落ち着いて雪解けの季節。


 まだ外を歩くには肌寒いが、少しづつ群れの仲間達も起き出してきて……そこで新しい群れとの衝突が起こった。


 流れ込んできた種族は、どう見ても魔族で。

 ティティの姿を見つけるなり頭を垂れる。


 つまりあれだ、こいつら襲撃してきたブラックドラゴンの連れてきた残党だな?

 命令系統が途絶えてずっとこの近くで命令があるまで待機。

 息を潜めてたのかもしれない。


 しかしティティの命令だけは素直に聞くようで、ポチの傘下に新しく加わることになった。


 相手側は不本意だったようだが、力を見せつけたら意外に素直に頭を下げた。


 うーん弱肉強食ぅ、ですかね?

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