タウゼントシュタインの依頼
ヴィクストレームとローゼンベルガーとの話し合いの後、クリーガーとマイヤーは砦の外へ出た。二人は砦の出入り口となっている扉の前に立つ。
すでに日は落ちて、見上げると美しい星空を見ることが出来た。
すぐそばで、待機している隊員たちが暖を取るための焚火が、あたりを薄っすらと灯している。
気温は低くなっており、吐く息は白い。数週間の捜査任務の日々を考えると、それでも今日はまだ気温は高いほうだと感じる。もうすぐ、ここにも春が訪れる。
マイヤーが不満げに話を始めた。
「少し引っかかるな」
「なにが?」
クリーガーは尋ねた。
「奴らのことさ。そもそも、奴らと怪物とが関係ないというのを信じてもよいのか? 俺たちに無理な仕事を押し付けようとしているのではないのか?」
「彼らを信じられなくても、彼らと怪物の関係が証明できないのであれば、我々が怪物を倒すしかない。それが任務だ。それとも彼らの無関係を証明できるというのか?」
「それは、できないよ」
「なら、腹を括って怪物と対決するしかないよ。彼女らは、協力すると言っているし。私は、彼女らの強力な魔術を利用させてもらうつもりでいる」
「まあ、そうなんだが…」
マイヤーは少し不満な様子だ。
クリーガーはしばらく考え込んだ。
果たして、あの怪物を倒すことができるのだろうか?
長い期間、このナザッド・ボールック高原を捜索している。
山脈へと続く登りの坂道はさほど急ではない。しかし、この寒さのせいで体力の消耗は激しく、さらに正体がはっきりしない怪物の追跡で隊員たちのストレスもかなりのものだろう。
それに、隊長としては可能な限り犠牲者が出ないようにしなければいけない。既に二名の死者が傭兵部隊からは出ている。
一方、マイヤーはクリーガーが休みなく働き続けているのを心配している。隊員たちは交代で休憩させているので、さほど問題ないと考えている。しかし、クリーガーは、この調査活動を開始してから少しも休んでいない。彼は普段から働きすぎるきらいがある。責任感がそうさせているのであろうが、少々生真面目すぎるのではと感じている。
クリーガーとマイヤーは明日以降の部隊の行動について話し合った。
「しばらくは追跡をせずに、染料が届くのを待ったらどうだろうか?」
マイヤーは提案する。
村で待たせてある部隊の数名に、一旦高原を降りて帝国軍の駐屯地に行き、染料を調達するように命令している。その染料が届き、それを怪物に浴びせかければ、透明な怪物の姿を可視化することができるかもしれない。仮にそこまでなくとも、怪物の位置が分かりやすくなるだけでもいい。それだけでも怪物を捜索しやすくなる。
クリーガーはマイヤーの提案に答える。
「それもありかも知れないが、今、怪物に遠くに行かれるとまた発見が難しくなる。もし、完全に見失えば、またどこかの村が襲われるかもしれない。だから、奴の位置を常に把握しておく必要がある。明日も捜索を続ける」
「明日からの捜索は、しばらくは俺が指揮を執るよ。隊長殿は、この砦の中で休んでいてくれよ」
「そういう訳にはいかんだろう」
「俺に任せろって」マイヤーは胸を叩いた。「それに、この砦の中を捜索した方がいい。四階はまだ捜索してないだろ? それに、もし、あの殺された魔術師とやらが怪物と関係があったとしたら、怪物の手掛かりが何かあるかもしれん」
「そうだな…。じゃあ、明日、四階を調べるよ。怪物のほうは頼む」
「ああ、任せろって」
話を終えると、休むためにマイヤーは外の隊員たちの焚火の方へ、クリーガーは砦の中に戻る。
クリーガーが階段を登ると、二階、三階のそれぞれに隊員達三十名近くが座ったり、横になったりして休んでいた。しかし、さすがに狭い。
クリーガーは自分の場所を決めて、そこに座る。
しばらく休んでいると、クリーガーの弟子であるソフィア・タウゼントシュタインが、隣に座って話しかけて来た。
「師」
「どうした?」
「あの、ヴィクストレームという魔術師と話をしてみたいのですが、許可を頂きたく」
「なぜだ?」
「ヴィット王国の魔術について話を聞いてみたいと思っております」
タウゼントシュタインは、傭兵部隊に入る前はカレッジで外国のものを含め様々な魔術の研究をしていると言っていたな。魔術の研究を盛んなヴィット王国の魔術師のことが気にかかるのだろう。
「そうだな、構わない。明日の朝、ヴィクストレームに依頼しておくよ」
「ありがとうございます」
タウゼントシュタインは笑顔で答えた。
クリーガーは明日、数名でこの砦の中の捜索をしようと思っていた、タウゼントシュタインもそれに参加させよう。そうすれば、ヴィクストレームと話す機会もできるだろう。
その後、クリーガーは疲れが溜まっていたのか、横になったらすぐに眠ってしまった。
傭兵部隊の任務報告5~透明な悪魔 谷島修一 @moscow1917
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