ヴィクストレームは、部屋に入って来たクリーガーをなだめるように言った。

「どうか、落ち着いてください」

「ここから転落した人物は、君らがやったのか?」

 クリーガーは剣を手にしたまま、少し興奮した状態で尋ねた。

 一方のヴィクストレームは落ち着いたまま話す。

「そうです。彼は私が探している逃亡者でした。彼は帰国を拒否し、ここで戦闘になったので、やむなく殺害しました」

「それで、彼は怪物と関係があったのか?」

「いえ、彼はそれは関係がないと言っていました」ヴィクストレームは、ある考えがあって嘘をついた。「あの怪物は、別の理由によるものだと思います」

 クリーガーは少々訝しげに尋ねた。

「別の理由とは?」

「それは、私にはわかりません」

 ヴィクストレームのいうことが本当ならば、怪物はクリーガー達が任務として倒さなければならない。クリーガーは少し考えた後、近くにいた隊員の一人に、下で待たせてある隊員たちへこちらは問題がない旨を伝えるように言った。

 隣にいたマイヤーがクリーガーに後ろに下がるように言い、壁の方を向いて小声でクリーガーに耳打ちした。

「こいつらの言うことを信じるのかい?」

 クリーガーもマイヤーにしか聞こえないように小声で答える。

「いや、疑っている」

「じゃあ、怪物はどうする?」

「もし、彼らのいうことが本当だとすれば、怪物退治は我々の仕事だ。彼らにやらせるならば、そうでないことを証明しなければならないな」

「証明できるのか?」

「それは、難しいだろう。いずれにしても怪物をそのままにしておくことは出来ない」

 そこへヴィクストレームが少し近づいて口を挟んだ。

「クリーガー隊長。私たちもここに来る途中、怪物と遭遇して戦いました。剣による攻撃が、わずかにダメージを与えることができるようです。魔術は、ほとんど効き目がないようですが、種類によっては効果があるものがあるかもしれません」

「そうなのか?」

「火炎魔術と水操魔術では、ほとんど効果がありませんでした」

「やはり、私が使える魔術は、効き目がないということか」

「俺のも、おそらく駄目だ」

 マイヤーがため息をついた。

「剣で突きたてれば、ちょっとは効き目があったぜ」

 ローゼンベルガーが口を開いた。

「あの緑の血ことか?」

「そうだ。しかし、奴は皮膚が堅い。倒すには、何百回、何千回も切りつける必要があるだろうな」

 大人数で近づくことが出来れば、それも可能だろう。しかし、あの怪物は炎を放つので、迂闊に近づくことができない。

 致命傷を与えることは不可能なのではないだろうか?

 クリーガーはヴィクストレームに向き直った。

「ヴィクストレームさん、あなたの他の魔術で倒すことができますか?」

「どうでしょうか、何とも言えません」

 ローゼンベルガーが再び口を挟んだ。

「俺の加速魔術だったら、何とかなるかもしれないぜ。何百回も切りつけなければいけないから、かなり骨が折れるがな」

 確かにローゼンベルガーなら怪物の近づくことも可能だろう。わずかではあるが、実際に剣でダメージを当たることができている。

「そうか…、ともかく、君たちも怪物退治に協力してもらえないだろうか?」

「協力しても構いませんが、条件があります」

 ヴィクストレームは相変わらず落ち着いた口調で話す。

「条件?」

「実は、私たちがオストハーフェンシュタットから出発する際、誤解があって数名を殺害してしまったのです」

「なんだと?!」クリーガーは驚いて目を見開いた。「それは、どういうことだ?」

「私とローゼンベルガーを捕らえようとしたエヌ・ベーの局員一名、警察関係者三名の併せて四人を殺害してしまいました」

「どうして、そんなことに?!」

「これは全くの誤解から、不可抗力でした」

 ローゼンベルガーは、横から割り込んだ。

「これは、俺が早とちりでやってしまったんだ」

 そういって、ばつが悪そうにしている。

 ヴィクストレームは、腕でローゼンベルガーを遮るようにして話を続ける。

「ですので、協力の代わりに、その罪を見逃すように働きかけてほしいのです」

「私は傭兵部隊の隊長に、そんな権限はない。だから難しいと思う」

「でも、司令官のルツコイとは話が出来るのでしょう?」

 クリーガーはヴィクストレームがルツコイのことを知っているのを不思議に感じたが、それについては触れずに話を続ける。

「彼とは良く話はするが、君らの罪の減免を聞いてもらえるとは思えない。しかもエヌ・ベーの局員を殺害したとなると、ただでは済まないはず」

「結果はどうなろうと構いません、ルツコイ司令官に話をしてもらうだけでもお願いできれば、私たちは怪物退治に協力します」

「すこし考えさせてくれないか」

 クリーガーはそう答えて、この場は話し合いを終わらせた。

 そして、クリーガーは下で待つ隊員たちのところへ戻ることにした。四階にいた他の隊員たちもクリーガーと共に部屋を去り、一階の砦の出口前まで移動した。

 待機していた隊員の報告によると肝心の怪物の足跡と緑の血液の痕が、砦の前を通り過ぎ、崖沿いにさらに先へ進んでいるとのことだ。まだ、さほど遠くに行ってないだろう。しかし、もう時刻も午後遅くなってきて、気温も下がり始めたので、今日のところは追跡を中止することにした。

 クリーガーは、殺害された魔術師と言われる男性の遺体を近くに埋葬するように隊員数名に命令を出した。

 そして、再びクリーガー四階に戻りヴィクストレームと話し合い、砦の二階と三階は傭兵部隊の休む場所として使うことになった。夜の就寝時も、かなり狭くなり雑魚寝にはなるが隊の半分が利用できそうだ、野外よりはしのげるだろう。残りの隊員は砦の近くに野営地を設け、交代で砦を利用することにした。

 ヴィクストレームとローゼンベルガーは砦の四階を使うことになった。

 砦の中を調査すると二階と三階に数多く置いてあった木箱の中には、大量の食料が入っているのを見つけた。穀物や果物。それら精査すると傭兵部隊百人が追加で一週間はここに滞在できそうな、かなりの多くの分量だった。殺害された魔術師の食料だったろうだろうか。


 その夜、四階の部屋でクリーガー、マイヤー、ヴィクストレーム、ローゼンベルガーは再び話し合いをする。

 まずは食料は全員で分ける。持ち主が死亡しているので、もはや問題ないだろう。

 そして、透明な怪物について。あれには物理的な攻撃しか効かないにもかかわらず、迂闊に近づけない。ということになれば、何らかの罠を仕掛けるのが良いのではないかという意見が出た。例えば、落とし穴に落とす、崖から転落させるなどの方法だ。物理的なダメージを与えるには、そう言ったものしか案が思いつかない。

 とりあえず、明日はそれが可能かどうか、あたりの地形を詳しく調査することにした。

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