果てのない道を一歩ずつ

紫鳥コウ

テーマ「コーヒー農場」 / 題名『勇気ある恩返し』

 ぼくは、ひょんなことから知り合った、アフリカのある国の出身の男性と、喫茶店で向かい合って座っていた。夏の陽は、窓際の席の半分を照らしていた。そのせいで、ぼくたちは、通路側に追いやられてしまった。


 そんな夏の日に、この男性――カカくんは、彼の家で代々語り継がれてきた、ある話を聴かせてくれた。その内容は、以下のようなものであった。


   ――――――


 時は、非西洋の国々が、列強により落日を迎えていたころ。カカくんの祖国も、例に漏れずヨーロッパの強国に植民地化されていた。そして、カカくんの先祖は、宗主国からきた農場主のもとで、毎日、強制的に働かされていた。


 賃金は安く、やっとのことで生活できるくらいだった。もし、家族のだれかが大病にでもかかったとしたら、見殺しにしなければならなくなる。のみならず、朝から夕方までのあいだに、休憩時間は三十分ほどしかなく、頭が溶け落ちてしまいそうな暑さのなか、だだっ広いコーヒー農場で、自分たちが飲むことはないそれを栽培させられていた。


 そんなある日、カカくんの先祖は、コーヒー農場の間近の道で、この国のひとではない女性が、尻餅しりもちをついて動けずにいるのを発見した。しかし、農場から少しでも離れれば、どんな懲罰ちょうばつが待っているかわからない。だがこのとき、この農場の監視役は、休憩と称して、日陰で休んでいるところだった。


 そのすきに、カカくんの先祖は、その女性に応急処置をほどこし、のみならず、少し先にあるという家まで彼女を送り届けた。その女性は、カカくんの先祖がいままで経験したことのないくらいの丁寧な態度で、お礼を言い続けた。この暑さのなか、あのまま道に放置されていたとしたら、死んでいたかもしれないのだ。だからこそ、その女性は、目に涙を浮かべて、感謝の言葉をのべ続けたのである。


 しかし、もちろんのこと、カカくんの先祖はむちで何度もたれ、その日から数週間は、ただ働きをすることになった。


 そんな絶望のなかで働き、三日が経ったころ、杖をついた女性が、コーヒー農場の横の道をゆっくり歩きながら、農場主の住む邸宅に入っていくのを目撃した。もちろん、その女性というのは、カカくんの先祖が助けた女性だった。そのため、ふたりの共犯を疑うのも無理はないことだった。自分をらしめるための筋書きだったのではないかと。


 その女性と農場主は、一緒にどこかへと出かけていった。この国に住民がひく人力車に乗りながら。


 ある日、カカくんの先祖は、あまりの腹立たしさに、自棄やけをおこしてしまい、監視役が手洗いに行っている隙に、帽子にかぶせて隠してあった銃を盗み、ふたりを射殺しようと決めた。あの女性は、ほぼ毎日のように、農場主の邸宅へ来るようになっていたから、まとめて倒すのに苦労はしないと思われた。


 カカくんの先祖は、ふたりの声が聞こえてくる部屋の外に忍び、突入の隙を待っていた。日々の鬱憤うっぷんがたまっていた他の農場労働者たちは、様々な手段を使って、監視役の注意を引いてくれていた。


 しかし、いざ実行に移すとなると、なかなか決心がつかない。窓の下にしゃがんでからしばらく経った。すると、どんどん耳がえてきて、ふたりの会話がはっきりと聞こえるようになってきた。


「ねえ。あのひとたちを、もっとよくあげられないの」


 その女性の言葉を耳にしたカカくんの先祖は、先の話をよく聞くために、ふたりの会話にのみ意識を集中するように努めた。


「またその話か。何度も言うが、ほかの農場主だって、同じようなをしているのだから、うちだけ特別なことをすれば、彼らからどう思われるかわからない。それに、あちこちで待遇改善を訴える暴動が起きてしまえば、大迷惑だ」

「でも、そこをお願いできないかしら」


 しばらくの沈黙のあと、農場主は、「なんできみは、彼らに同情的なんだ」と、少し苛立いらだたしげに女性にたずねた。

 すると、女性は、迷うことなくはっきりとこう言った。


「もし、これからもひどいをするようでしたら、わたしはあなたと別れます。もう、会うことはないでしょう」


   ――――――


 カカくんはここまで話すと、アイスコーヒーを一口飲んだ。


、という言葉から分かるとおり、彼女もまた、農場主と変わらない立場だよ」と、前置きをしたあと、窓の向こうの駐車場を見ながら、「でも、なかなかの勇気じゃないか」と、カカくんは、複雑そうな笑みを浮かべた。

 

 ぼくはもちろん、その女性が農場主に対して、物怖ものおじせずに交渉したことを言っているのだろうと思った。しかし、カカくんの答えは、それとは違っていた。


「彼女は、大変だよ。もし、ぼくの先祖を守り続けようとするならば、ずっと、農場主から嫌われないように、自分の魅力を見せ続けないといけないのだから。別れを切りだされないようにね」

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