第179話主上は、平敷の御座に御膳まゐり据ゑたり。
主上は、平敷の御座に御膳まゐり据ゑたり。御前のもの、したるさま、言ひ尽くさむかたなし。簀子に北向きに西を上にて、上達部。左、右、内の大臣殿、春宮傅、中宮の大夫、四条大納言、それより下は見えはべらざりき。
御遊びあり。殿上人はこの対の辰巳にあたりたる廊にさぶらふ。地下は定まれり。景斉朝臣、惟風朝臣、行義、遠理などやうの人びと。上に、四条大納言拍子とり、頭弁、琵琶、琴は、□□、左の宰相中将、笙の笛とぞ。双調の声にて、「あな尊と」、次に「席田」「此の殿」などうたふ。曲のものは、鳥の破、急を遊ぶ。外の座にも調子などを吹く。歌に拍子うち違へてとがめられたりしは、伊勢守にぞありし。右の大臣、
「和琴、いとおもしろし。」
など、聞きはやしたまふ。ざれたまふめりし果てに、いみじき過ちのいとほしきこそ、見る人の身さへ冷えはべりしか。
御贈物、笛歯二つ、筥に入れてとぞ見はべりし。
※平敷の御座:床に直接畳を二枚敷き、その上に敷物を置いて設けた御座。
※左大臣:藤原道長。※右大臣:藤原顕光。※内大臣:藤原公李。
※春宮傅:藤原道綱。※中宮の大夫:藤原斉信※四条大納言:藤原公任。
※景斉朝臣、惟風朝臣、行義、遠理:清涼殿に昇ることができない地下の人々。敦成親王の家司。
※双調の声:雅楽の調子。十二律の一つで「呂」の声調。
※鳥の破、急:「鳥」は唐楽の「迦陵頻」の通称。序・破・急の三曲がある。
※いみじき過ち:右大臣顕光が酩酊して、威儀の御膳の鶴の飾りを取ろうとして折敷を壊してしまったという、失態。
一条の帝は、平敷の御座につかれ、御前には御食膳が運ばれお並べ申しあげられています。
その御料理も、飾りつけの趣向も、とにかく至上のものでありまして、とても言葉などでは、言い尽くせません。(南の)簀子に、北向きに、西側を上座にして(着座なさるのは)上達部の方々です。左大臣、右大臣、内臣殿、春宮傅、中宮の大夫、四条大納言、それより下座は(私の席からは)拝見が出来ませんでした。
管弦の御遊びとなりました。
(演奏をなさる)殿上人は、この対の東南にあたる廊に控えておられます。地下の者は、(いつも通りに)場所は決まっております。景斉朝臣、惟風朝臣、行義、遠理などの人々になります。
御殿の上では、四条の大納言が拍子を取られ、頭の弁が琵琶、琴は(欠字)、左のだ宰相の中将が笙のようです。双調で、「あな尊と」、次に「席田」「此の殿」などを演奏します。管弦だけの曲は、「迦陵頻」の「破」と「急」を演奏なされます。庭の(地下の)座でも、調子を取り笛を吹いています。歌の拍子を間違えて、叱られたのは、伊勢の守でした。
右大臣が「和琴が実に見事だ」などと、褒められております。戯れが過ぎてしまって、結果として、ひどい失態をしでかされてしまい、実に御気の毒でした。見ている私たちまで、肝を冷やしてしまいました。
(道長様から一条の帝への)贈り物は笛(唐代最高の名器の)「歯二つ」です。それを(立派な)箱に入れて、と拝見いたしました。
※この文をもって、「紫式部日記」は終了します。次回に、訳者の感想を述べます。
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