第177話その日の人の装束、いづれとなく尽くしたるを、

その日の人の装束、いづれとなく尽くしたるを、袖口のあはひ悪ろう重ねたる人しも、御前の物とり入るとて、そこらの上達部、殿上人に、さしい出でてまぼられつることとぞ、のちに宰相の君など、口惜しがりたまふめりし。さるは悪しくもはべらざりき。ただあはひの褪めたるなり。小大輔は紅一襲、上に紅梅の濃き薄き五つを重ねたり。唐衣、桜。源式部は濃きに、また紅梅の綾ぞ着てはべるめりし。織物ならぬを悪ろしとにや。それあながちのこと。顕証なるにしもこそ、とり過ちのほの見えたらむ側目をも選らせたまふべけれ、衣の劣りまさりは言ふべきことならず。


その日の女房たちの衣装は、みな、文句がつけようがない程に、美しさや趣向を尽くしたものでありましたのに、「袖口の色合わせが良くない人」が御膳のものを取り次いだという話になりまして、「多くの公卿の方々や、殿上人様の御前で、あのような袖口を見せて、注目されてしまうことに」とううわさが広がり、後になって、宰相の君は口惜しく思われたようです。

ただ、私(紫式部)が見る限り、それ程の悪口を言われるような色合せとは、思えませんでした。少々、色のメリハリに欠けているかな、そんな程度でした。

小大輔は、紅の袿一枚の上に、紅梅重ねの袿を濃淡混ぜて五枚重ねておられます。唐衣は桜色です。

源式部は、濃い色の袿を重ね、その上に紅梅重ねの綾を着ておられたようです。

さて、唐衣が織物でないことが、いかがなものか、と思われたのでしょうか。

しかし、それは無理な相談なのです。(織物については、帝からのお許しが無ければ、着ることができないのですから)

決まりや定めに、全く背いている、それならば見逃すことなく、ご指摘も当然ではありますが、そうでない場合は、衣装についての優劣は口にするべきではないのです。


(敦成親王:後一条天皇)の乳母を務めた)宰相の君に対する嫉妬があったようだ。

「根拠や正当性に欠けるアラ探し」までして、宰相の君を貶めようとする。

女性社会の恐ろしさかもしれない。

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