第112話師走の二十九日に参る。初めて参りしも今宵のことぞかし。

師走の二十九日に参る。初めて参りしも今宵のことぞかし。いみじくも夢路にまどはれしかなと思ひ出づれば、こよなくたち馴れにけるも、うとましの身のほどやとおぼゆ。

 夜いたう更けにけり。御物忌みにおはしましければ、御前にも参らず、心細くてうち臥したるに、前なる人びとの、

 「内裏わたりはなほいとけはひことなりけり。里にては今は寝なましものを。さもいざとき沓のしげさかな。」

と色めかしく言ひゐたるを聞く。

  年暮れて わが世更け行く 風の音に 心の中の すさまじきかな

とぞ独りごたれし。


(私邸から)師走の29日に再び宮中に参上しました。

かつて初めて参上したのも、師走の29日でした。

あの日は、全く夢の中を歩いているかのように、足が地についていなかったことを思い出します。その日のことを思い出すと、今の場慣れしてしまった自分自身が嫌でなりません。

夜がかなり更けてしまいました。

中宮様は御物忌みであられるので、内裏に戻ったご挨拶にも参上できず、私は一人で心細く寝ていました。

同じ部屋の女房達が

「内裏は、やはり私邸とは違います。私邸では今の時間は寝ているけれど、全く寝付けないくらいに、殿方の靴音が頻繁ですね」などと、色事をほのめかすような話をするのが耳に入ります。


年が暮れ、私の人生も、また一つ更けて行く。


ここで風の音を聴いていると、私の心の中を寂しさが吹き抜けていく


と、独り言を言ってしまった。


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