第111話殿の上も、参う上りて物御覧ず。使ひの君の藤かざして、

殿の上も、参う上りて物御覧ず。使ひの君の藤かざして、いとものものしくおとなびたまへるを、内蔵の命婦は、舞人には目も見やらず、うちまもりうちまもりぞ泣きける。

 御物忌みなれば、御社より丑の時にぞ帰りまゐれば、御神楽などもさまばかりなり。兼時が去年まではいとつきづきしげなりしを、こよなく衰へたる振る舞ひぞ、見知るまじき人の上なれど、あはれに思ひよそへらるること多くはべる。


※内蔵の命婦:使者藤原教満通の乳母。

※兼時:かつての神楽の名人。しかし、年齢もかさみ、所作が衰えていた。




殿の北の方も内裏に参上なされて、行事をご覧になられます。勅使の若君が藤の花の造花を冠に挿していて、実に立派で大人びておられる様子を、(乳母の)内蔵の命婦は舞人を見ることなく、何度も見てはうれし涙を流しておりました。

その日は(宮中では)物忌みにあたるので、賀茂社からの使者の一行が(内裏に入ることはできないので)、翌日の午前2時に帰参することになり、その際の御神楽も簡単なものだけになりました。

舞の名人として名高い兼時が、昨年までの素晴らしさとは違い、今年の衰え全く力を失ったような動作は、直接には私には関係ない人であるけれど、同情も感じられるし、どうしても自分の身の上と比べてしまうのです。



紫式部は舞の名人として名高い兼時の「衰え」から来る惨めさを見ながら、「私自身も実は恥ずかしい程に老いている」と、感じている。

そして、そもそも内裏という華やかな世界に、そんな自分がいることの違和感と気恥ずかしさを否定できないのである。

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