第10話九日、菊の綿を兵部のおもとの持て来て、
(原文)
九日、菊の綿を兵部のおもとの持て来て、
「これ、殿の上の、とり分きて。『いとよう、老い拭ひ捨てたまへ』と、のたまはせつる」
とあれば、
菊の露 若ゆばかりに 袖触れて 花のあるじに 千代は譲らむ
とて、返したてまつらむとするほどに、「あなたに帰り渡らせたまひぬ」とあれば、用無さにとどめつ。
※九日:9月9日。重陽(菊)の節句。
※菊の綿:菊の着せ綿。菊は長陽の花で、延命や若返りの力を持つ、という俗信があった。そのため前夜から菊の花に綿を置いて、その香と露を染み込ませ、9月9日の朝に、その綿で顔を吹いて若返りを願った。
※兵部のおもと:中宮付き女房。人物は未詳。「おもと」は「おもとびと」の略で、高貴な人に仕える侍女の意味。
※殿の上:道長の妻で源倫子。故一条左大臣源雅信の娘。この年(寛弘5年)45歳、正二位。
※とり分きて:とりわけ、特別に。
(舞夢訳)
九日に、菊の着せ綿を兵部の君が持って来ました。
「これは、殿の北の方様が、貴方に特別にとのことです」
「『しっかりと老いを拭い捨てなさい』とおっしゃっておられました」
とのことなので
この菊の露に、私程度の女は、少しだけ若返る程度に触れるだけといたします。
この花の持ち主に、全てお譲りいたします、
貴方様こそ、千年もお若いままでいらしてください。
と歌を詠んで、お礼を申し上げようとしているうちに、
「殿の北の方様は、すでにお帰りになりました」
とのことで、詠んだ歌は、無用となり手元に留めることになってしまいました。
紫式部日記における中宮、道長、頼道に続いて北の方との記述となる。
道長の正妻から、「紫式部、貴方に特別に」とのことなので、目はかけてもらっていたのだろう。
ただ、『しっかりと老いを拭い捨てなさい』なので、紫式部も年齢から来る肌などの衰えを観察されていたのかもしれない。
紫式部は道長の「召人:夜の相手もする」の立場もあったので、正妻倫子が嫉妬をしていたとの説がある。
ただし、正妻倫子からすれば、いかに評判の高い紫式部であっても、格下の女に過ぎないので、嫉妬の行為は、考えづらい。
あるいは、正妻倫子の、こんな皮肉な行為かもしれない。
「紫式部と言っても、年増ね」
「それで殿のお相手を?」
「だから、菊の着せ綿で、少しでも若返りなさい」
それに対して紫式部。
「正妻倫子様こそ、この菊の着せ綿をお使いになられて、千年もお若いままで、殿とお仲良く」
「せっかくのお気持ちなので、私は少し触れるだけにします」
丁々発止ととらえるか、単なるじゃれ合いと考えるか。
その真実は、当人同士しか、わからないかもしれない。
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