第11話その夜さり、御前に参りたれば、月をかしきほどにて、
(原文)
その夜さり、御前に参りたれば、月をかしきほどにて、端に、御簾の下より裳の裾など、ほころび出づるほどほどに、小少将の君、大納言の君などさぶらひたまふ。
御火取りに、ひと日の薫物取う出て、試みさせたまふ。
御前のありさまのをかしさ、蔦の色の心もとなきなど、口々聞こえさするに、例よりも悩ましき御けしきにおはしませば、御加持どもも参るかたなり、騒がしき心地して入りぬ。
人の呼べば局に下りて、しばしと思ひしかど寝にけり。夜中ばかりより騒ぎたちてののしる。
※小少将の君:源時通の娘。中宮彰子の従姉妹。道長の正妻倫子の姪。紫式部と親しい同僚の女房。
※大納言の君:源扶義の娘。小少将の君と従姉妹。道長の正妻倫子の姪。
※火取:火取香炉。
※ひと日の薫物;先日8月26日に調合して女房達に賜った練香。
※試みさせたまふ:新しく調合した香を初めて試す。
(舞夢訳)
その日の夜となりました。
中宮様の御前に参上いたしますと、空には月が美しく、端近の御簾の下から、裳の裾などがこぼれているあたりに、小少将の君や大納言の君などが、お控えになっておられます。
中宮様は、先日に御調合なされた練香を取り出されて、香炉でお試しになられております。
女房たちは、お庭の景色の雰囲気の素晴らしさや、蔦の色づきが待ち遠しいとか申し上げておりましたが、中宮様はいつもより、お苦しそうなご様子です。
御祈祷をなさる時間でもあり、不安を抱えて奥の間に入りました。
少しして、誰か人が呼んだので、局に下がりました。
少し横になろうと思っただけなのですが、いつの間にか、そのまま寝入ってしまいました。
その後、深夜になり、人々が騒ぎ出し、大声を出し合っています。
いよいよ、中宮彰子の出産の兆しとなる。
ただ、紫式部は、一旦自分の局に戻り、眠ってしまう。
紫式部が参上した時点では、中宮彰子は、苦しそうではあったけれど、急を要するとは思われなかったのだろう。
しかし、深夜に事態が変化、産気づかれて周囲は対応に追われ、大騒ぎとなる。
何しろ、産褥死も多かった時代、一気に緊張感は高まる。
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