第3話まだ夜深きほどの月さし曇り、木の下をぐらきに、

(原文)

まだ夜深きほどの月さし曇り、木の下をぐらきに、

 「御格子参りなばや」

 「女官は、今までさぶらはじ」

 「蔵人参れ」

など言ひしろふほどに、後夜の鉦打ち驚かして、五壇の御修法の時始めつ。

我れも我れもと、うち上げたる伴僧の声々、遠く近く、聞きわたされたるほど、おどろおどろしく尊し。


※夜深きほど:真夜中から夜明け前までの、まだ夜が明けない時間帯。

※格子:廂の間と、簀子敷の境を仕切るために取り付けた大きくて重い家具。細い角材を一定の間隔で縦横に組む。「参る」は、一間ごとに取り付けられた上下二枚の格子の上部を、上げ下げすること。ここでは、後夜の加持のために、通常の時間よりも早めに上げてしまおうとの意味。

※女官:宮廷や後宮に仕える下級の女性。上級者は女房と言われた。

※蔵人:この文では女性の蔵人で、中宮に仕えた下級女房(宿直も務める)。蔵人の本来の意味は天皇側近の官人。

※言ひしろふ:言い合う。

※後夜:読経や法要のために、日に六度行う勤行の一つ。後夜は夜半から朝までの間で、午前4時頃。

※五壇の御修法:不動明王を中心に、大威徳、軍茶利、金剛夜叉、隆三世の五大明王像を並べ、数十人の僧侶が息災、調伏、安産などを修する大規模な加持祈禱。


(舞夢訳)

まだ夜明けには間がある時刻で、月は雲に隠れ、木陰も薄暗いというのに、

「御格子を上げてしまいましょうか」

「いや、係の女官は、この時間には控えておりませんが」

「それなら、女蔵人がお上げなさい」

などと、女房たちは、いろいろと言い合うのです。

そのような中、後夜開始の鉦が打ち鳴らされ、五檀の御修法定刻の御祈祷が始まりました。

我も我もと、競うように声を張り上げる供僧たちの読経の声は、絶えることなく遠く近く耳に響いて来て、実に厳かで尊く感じられます。


何しろ、中宮のご出産である。

しかも、当時の最高実力者藤原道長の屋敷。

普段の時間帯とは全く異なる状況の中で、お付きの女房達も、慌てふためいている。

その慌てぶりの中、御修法が、定刻通りに厳かに始まる。










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