第15話

 時は流れて午後8時。

 温泉旅館『中山大正館』鵬翔の間の部屋風呂。


 驚いたことにそこは露天風呂。

 床も壁も木造。山に向かって壁と天井が開いたワイルドな浴室だった。

 浴槽は五人も入れば溢れる檜風呂。お風呂なので温泉じゃないのはちょっと残念。


 そんな檜風呂の底にお尻をついて僕は膝を抱いて縮こまる。

 湯船の中に顔を沈めると、ぷくぷくと息を吐き出した。


 弱音も吐き出す。


「もうえろい目にあうのやだぁ」


 陽佳とつきあいはじめてから、どうしてえっちなハプニングばかり起こるの。

 しかも毎回、陽佳の友達。浮気する相手としては一番まずいよ。


 とほほ。


 あのエッ……な電話の後、旅館の医務室に僕は幸姫さんを担ぎ込んだ。

 幸い命に別状はなく、しばらく休むと幸姫さんはすっかり元気になった。


 そこから、愛菜さんも交えて事情説明。気づくと午後七時を回っていた。

 急いで帰ろうとした僕たちに、幸姫さんが「ご迷惑をおかけしましたし、どうか泊まっていってください」と提案されて――今ココ。


 僕と愛菜さんは『中山大正館』で夜を明かすことにしたのだった。

 強引に迫られると断り切れないのは、僕の悪い所だと思う。

 

「とはいえ、陽佳がなんて言うか……」


 陽佳にはLINEで泊まることを連絡していた。

 夜に遊びに来られたらバレちゃうからね。先手を打っておいたのだ。

 恋人相手に嘘の連絡を入れるのは、すごい背徳感だった。


 なお、返信はまだ届いていない。


「うぅ、全然気が休まらないよ」


 なまじ浮気みたいな状況なのが輪をかけて申し訳なかった。


 僕は恋人失格だよ。

 ごめんね陽佳……。


 湯船から顔を出すと僕は夜空を見上げる。

 星空の中に現われた僕の恋人は、笑顔で「浮気はダメだぞ!」と僕に言う。


 想像なのにそれはとても眩しかった。


「まぁけど不可抗力だし。仕方ないよね」


「ダメなんだゆーいち。浮気の開き直りは一番やっちゃダメだよ?」


「そうですよ勇一さん。過失でも浮気は浮気です」


 耳になじみのある女の子の声がお風呂に木霊した。

 辺りを見回す時間もなく、脱衣所に繋がる扉が勢いよく横にスライドする。


 入って来たのは僕の彼女の友人達。


「やっほーゆーいち! 一緒にお風呂入りに来たよ!」


「勇一さん。今日のお礼に、お背中を流させてください」


「愛菜さん⁉ それに幸姫さんまで⁉」


 元気系褐色と清楚系色白のダブルJKだった。


 そして、やっぱりきわどい格好。


 ――全裸。いや、バスタオルを巻いているやん。


 胴体を純白のバスタオルで包んだJK二人。

 ちょっときつめに巻いていたのだろう、水に濡れてもいないのに身体の線が透けて見える。白い布に浮き上がる二人の対照的なたわわがたまらなかった。


 なんてエッチなバスタオルの着こなしなんだ。


 愛菜さんがピースをキメてウィンクする。

 幸姫さんが照れくさそうに顔を赤らめて俯く。

 

 慌てて股を閉じると、僕は彼女たちから視線を逸らした。


「なんで入って来てるのさ!」


「だって部屋風呂なんだもん! 入らない手はないでしょ!」


「入らないでしょ、普通!」


 元気におかしなことを言う愛菜さん。

 流石は恋人の彼氏を連れ出すだけはある。倫理観がバグっていらっしゃる。


「幸姫さんもどうして!」


「……ご迷惑でしたか?」


「いえ、そんなことは。むしろ嬉しいです。けど、僕には陽佳という恋人が……」


 真面目な顔でおかしな返事をする幸姫さん。

 あまりに真剣だから、僕の倫理観の方がバグっちゃったよ。


「ゆきちゃん、寒いから入っちゃおう?」


「そうですね。風邪をひいてしまいますね」


 そしてこっちの事情なんてお構いなし。

 バスタオルを身につけたまま二人は僕のいる檜風呂に入って来た。


 左側からダイナミックに水しぶきを立てて――愛菜さん。

 右側からしずしずと上品な感じで――幸姫さん。


 僕を左右から挟むように二人は迫る。慌てて出ようとした僕だったが、逃げる間もなく腕を掴まれると、そのままお風呂の中に引き留められてしまった。


 僕の腕にふにっと柔らかい感触が走る。

 湯船につかった二人は、まるで浮き輪のように僕の腕を抱いた。

 ドキドキと三つの心音が重なりエッチなBGMを奏でる。


 これ、いったいどういう状況なの――。


「ねぇ、ゆーいち? ゆーいちはさぁ、私くらいの大きさが好きなんだよね?」


 愛菜さんくらいの大きさとは?

 お椀型。小振りだけどぷりっとしてキュートなそれのことですか?


「勇一さん。私のはどうですか? お気に召していただければ嬉しいのですが?」


 私のとは?

 スライムみたいな円錐型。夢いっぱいのそれのことですか?


 両手に花ならぬ、両手にたわわ。

 浴槽の中でエッ……なお店みたいなお触り。

 なんでこんな展開になるのか、ちょっと理解が追いつかない。


 そして、湯船の中で四つのたわわが揺れる姿からもう目が離せない。


「どちらのおっぱいもすばらしいです」


「「うふふ、ありがとう!」」


「けどやめてふたりとも、ぼくにはようかというたいせつなひとがいるんです」


 僕はなけなしの理性を振り絞って正論を述べた。


 いくらバスタオルを着用していても、これ以上は見ちゃいけない。

 心を燃やして僕は温泉美少女から顔を逸らす。


 左と右はいわずもがな。下を向いても、湯船に二人の姿が映る。

 ならばもう上しか逃げ道はない。


 しかし、それはたわわの罠!


「あら、だったらなんで陽佳さんに黙って来ましたの、ゆーちゃんさん?」


「……なぁっ⁉ そ、その声は⁉」


 頭の上で響くこの温泉にはいないはずの女性の声。


 困惑する僕の背後で、ちゃぷんという水音。

 水面が大きく揺れたと思うと、僕の肩にどっしりとした何かが乗っかった。


 天井を仰ぐ僕の視界に現われたのは――。


「なんと! ビューティフルパーフェクトおっぱい!」


「大きくても小さくてもいけませんことよ。胸にも理想の形がありますの。アイドルなら誰でも知っていることですわ」


 男が求める理想の形状・つや・大きさ。

 限りなく完璧に近いおっぺえがバスタオルにくるまれていた。


 このおっぱいは間違いない。事務所で、ラブホテルで、陽佳に黙ってこっそり買ったグラビアで、何度もそれを見た僕にはひと目で分かる。


「み、美琴さん⁉ どうしてここに⁉」


 おっぱいの前でふわりと金髪縦ロールが揺れる。


 僕の背後に突如として現われたのは、陽佳の友達の美琴さん。

 この場に唯一居なかった、【全裸女子会】で僕が知り合った女の子だった。


 まるで子供を愛でる母親のような顔つきで、美琴さんが僕に微笑みかけた。


「あら? 私のおっぱいは褒めてくださいませんの?」


「見ても触っても最高です! ありがとうございます!」


「あらあら……」


 肩に載せられたのは美琴さんの太もも。

 おっぺえに負けじと劣らないそれは、僕を拘束するように胸の前で交差する。

 同時に、首筋にふにふにと柔らかい感触が――。


 こ、この感触は!

 だ、大丈夫だバスタオルが間にあるハズ!(錯乱)


「というか、いったいこれはどういう状況なの?」


「あら、まだわかりませんの?」


「……さっぱりと」


 頭と肩と腕を女の子に掴まれて動けない。

 また、狭い檜風呂に四人も入れば身動きなんて取れない。

 それでなくても女の子の繊細な身体に手荒なことなんてできなかった。


 まったくこの状況にピンと来るものがない。


 新手の拷問か何かですかね?


 きょとんとする僕。すると、家族風呂に「うふふ」「えへへ」「あらあら」と、お嬢さまの怪しくエッチな笑い声が響いた。


 その時だった――。


「……え? 湯気?」


 脱衣所の扉の前にもくりもくりと湯気が急に立ちこめた。

 それは瞬きをするたび濃くなっていく。


 幻想的な光景に心を奪われる僕。

 気がつくと霧はくっきりとした女性のシルエットを形作っていた。


 女子高生の標準的なプロポーション。

 胸はちょうどいい手のひらサイズ。お尻はふっくらちょっと大きめ。

 ミディアムヘアの髪型が、女の子って威圧感がなくて逆に親しみやすい。

 

 まさに青春の象徴。

 男の子が思い描く等身大の女の子。


 こんなエッチな女の子が僕の彼女だったらうれしいな堂々の1位。(ぼく調べ)


「……よ、陽佳さん!」


「ゆうちゃぁーん? なにしてるのかなぁー?」


 霧はいつの間にか僕の恋人――小野原陽佳に変わっていた。


 ――しかも、全裸やん!


 生まれたままの姿で僕の前に現われた陽佳。

 彼女は素敵な笑顔で、額に綺麗な青筋を浮かべていた。


 彼女がすると一番怖い顔じゃないですかそれ。


「ねぇ、ゆうちゃん? これってどういうことかな? 説明してくれる? なんで私がいるのに、他の女の子とイチャイチャしてるのかな?」


「ち、違うんだ陽佳! 僕はそんな気は少しもなくて!」


 笑顔で圧をかけてくる陽佳。「なんでこんなことになるんだ!」と、ラブコメの主人公みたいに思った所で――僕はようやくこの一連の流れの違和感に気がついた。


 どうやって陽佳は霧の中から現われたんだ。

 どうして陽佳と美琴さんがこの旅館の中にいるんだ。


 そして――なぜ僕は陽佳の友達に捕まっているんだ。


 僕は幸姫さんに視線を向けた。


「幸姫さん。霧の中から陽佳が現われたのって、催眠術ですか?」


「はい。陽佳さんの依頼で、陽佳さんと美琴さんの姿が見えないようにしました」


 悪気のない素敵な笑顔で幸姫さんはそう言った。


 絶望をこらえて、僕は愛菜さんに視線を移す。


「愛菜さん。今日のお出かけのことって、もう陽佳にバレてます?」


「ごめんねゆーいち! なんかバレてたみたい!」


 こっちは悪気半分という感じ。

 てへぺろと舌を出して愛菜さんは僕に微笑んだ。


 うーん、なるほど!


 ハーレムなんてなかった。

 最初からこの状況は仕組まれていたんだ。


 そう、僕は美少女たちに迫られているんじゃない――。


「もしかして、みなさんは僕が逃げないように捕まえてます?」


「「「ごめんね!」」」


 陽佳の友人達の声は見事にハモっていた。

 すばらしいシンクロっぷりだった。


 そして怒れる裸のJKが動き出す。


 陽佳は檜風呂の縁に腰掛けると、サドっ気全開の目で僕を見下ろしてきた。「絶対に許さないけれど、処刑する前にちょっとお話ししましょう?」って感じ。


 ぴえん。


「ゆうちゃん? 私がなんで怒っているか分かる?」


「……僕が愛菜さんと一緒に、お出かけしたから?」


「ちがうよ?」


「……幸姫さんに泊まって行けって言われて、本当に泊まったから?」


「ちがうよ?」


「……お風呂に入ってきた二人に、いやよいやよと言いながら期待したから?」


「それだけかな?」


 陽佳がそのつま先で檜風呂の水面を蹴った。


 足の爪も綺麗な丸形。

 愛らしいその先から、水滴が僕の顔に飛ぶ。

 僕の頬に当たった水滴がぺしゃりとなんだか情けない音を立てた。


 どSじゃ。


 僕の彼女はとんでもない女王様じゃ。


「……あの、このことはいつから知っていらっしゃったんですか?」


「最初からだよ?」


「最初から?」


「木曜日の夕方に、宮古ちゃんから『お兄ちゃんが土曜日に出かけるみたい』ってタレコミが来たの。それから、ずっと私は疑っていたんだよ?」


 怖っ。


 温泉の中なのに背中にサブイボが立ったよ。


 陽佳の脚が水面の中に沈む。

 太ももの三分の二をお湯につけて、彼女は僕の方にゆっくりと近づいてきた。


 見上げればおっぱい。前を向けばそれ。

 下を向いても水面に彼女の美しい身体が映る。

 もう、逃げ場なしだ。


「泳がせたらどうなるかなって、みこちんとお出かけするフリしてたの。気づいてないだろうけれど。私、ずっとこの旅館にいたのよ」


「ヒェ……」


「ゆうちゃん? 君は、誰の彼氏なのかな?」


「……小野原陽佳さんの彼氏です」


「分かっているのに浮気しちゃうんだ? ふぅん……」


 狭い檜風呂。

 四人ですでにいっぱいいっぱい。

 陽佳さんの入る場所なんて限られている。


 僕の正面にゆっくりと腰を下ろす僕の彼女。

 ざぶりと湯船から水が溢れ、周りの女の子達がきゃぁと声を上げる中――。


「そんな悪い子は――身体でわからせないといけないかな?」


 陽佳は僕の身体を支配して怪しく微笑んだ。


「さぁ、保健体育の予習復習しよっか? うまくできるまで特訓だよ?」


「やっ、やぁああん! 許して陽佳さぁん!」


「だーめ!」


 ぼくたちはりょかんであさまでもうとっくんした。


【温泉旅館で催●をかけられ幼馴染の前で弄ばれた件について編 おわり】


☆★☆ ここまでおつきあいくださり、まことにありがとうございます。次でおそらくラスト『僕の方が先に好きだったのに。恥辱のインターネットH動画流出編(仮)』を現在全力で書いてます。できれば明日から投稿しますので、よろしければ引き続き応援していただけると幸いです。m(__)m ☆★☆


☆★☆ 執筆の励みになりますので面白かったら評価・フォロー・応援していただけるとうれしいですm(__)m ☆★☆

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