信頼していた知人にそそのかされて大切な幼馴染がHな動画を作ってしまった件について

第16話

 日曜日。午後九時四十分。

 陽佳の部屋。


 僕はカーペットの上で彼女が戻ってくるのを待っていた。

 背中には兎の顔のクッション。陽佳のお尻よりちょっと大きいそれは、色々と使いやすくて僕たちはとても重宝していた。


 食後の運動くらいのノリで仲良しをした僕たち。

 今日はもうお開きということで陽佳はお風呂に。僕も陽佳の後でお風呂をいただくことになった。一緒に入りたかったけれど、そこは我慢だ。


 ソシャゲの周回を終えた僕は次の退屈しのぎを探していた。

 何かないかなと彼女の部屋を探すと、ベッド横のカラーボックスが目についた。


 ずらりと並んだ少女漫画の背表紙。

 興味を引かれて、僕はその一冊に手を伸ばす。


「えぇっ、こんなの描いちゃっていいの? エッチな漫画じゃん……」


 そして、開いた漫画が予想以上に濃厚でびっくりしてしまった。


 これはちょっとエッチな奴。

 いやだいぶエロエロな奴。


 表紙はお洒落な少女漫画なのに10ページもめくったらエッチなシーンだ。

 しかも内容がそこそこ具体的。絵もしっかり描かれている。


 最近の女の子ってこういうの読むんだなぁ――。(ドキドキ)


「なるほど。元彼の借金のカタに身体を――こういうのもあるのか!」


「なに読んでるのゆうちゃん?」


「ひゃぁん!」


 恋人のきょとんとした声に慌てて僕は顔を上げる。

 バスタオルを頭からかぶった陽佳が、きょとんとした顔で背後に立っていた。


 蝶の模様が入ったステテコにプリントTシャツ。

 お風呂上がり。仲良しは終わったのでさっぱりとした服装だ。


 あとたぶんノーブラ。


「いやぁ、陽佳がどんなの見てるのかなって。素敵な漫画だね」


「でしょ? こういう風に男の人に無茶苦茶にされるのも憧れちゃうよね」


「……えっ、なにその願望?」


 驚く僕に「うふふ」と笑って陽佳はウィンクする。

 少女漫画を僕から奪うと、彼女はそれを本棚に大事そうにしまった。


 バスタオルを外してベッドに座ると、陽佳はドライヤーで頭を乾かしはじめる。

 気持ちよさそうに熱風を浴びる彼女を眺めながら、僕はさきほどの言葉の意味を考えていた。ちょっと自分でもどうかと思うくらい深刻に。


 まさか陽佳にそんな願望があったなんて。


 借金のカタに不本意ながら男と肌を重ねる。

 男性向けのエッチな漫画でもよく見る話の導入だ。

 それもNTRモノで。


 もしかして陽佳は心の奥底で、そういう展開を望んでいるのだろうか。


「……陽佳。もし、だけれどね」


 足下のカーペットを僕は握りしめる。

 そうしないと、胸の不安を抑えられなかった。


 僕の深刻な雰囲気に気がついて陽佳がドライヤーを止めた。「どうしたの?」と唇を尖らせて彼女はこっちを見る。

 ドライヤーの熱で少し癖がついたミディアムヘアが妙に色っぽい。


 そんな彼女に、恐る恐る僕は胸の不安を告げた。


「その漫画みたいに、陽佳のことを強く求める人が現われたらどうする?」


「あっ! ゆうちゃんもしかしてジェラシー妬いてる?」


 ノリが軽いなぁ。

 シリアスに構えていた僕は陽佳の返事に拍子を抜かれた。


 すぐに陽佳がぴょいとベッドから飛び上がる。

 彼女はまるでご主人にすり寄る犬のように僕に抱きついてきた。せっかくお風呂に入ってさっぱりしたのに、汗臭い僕を抱きしめて頬ずりしてくる。


 やめて陽佳さん激しい。

 ノーブラなんだからベタベタひっついちゃだめ。


 まとわりついてくる陽佳を、「真面目な話だから」と強引に僕は突き放した。

 僕から少し離れた所に腰を下ろして陽佳がぶぅを垂れる。だが、その表情は相変わらず活き活きとして嬉しそうだった。


「かわいいね、ゆうちゃんってば私が誰かに盗られると思ったの?」


「だって、陽佳が強引に迫られる方がいいっていうから!」


「そんなに大切に想って貰えて、私は幸せ者だなぁ」


「ふざけないでよ、もうっ!」


「心配しなくても。私はゆうちゃん以外の男の人に興味なんてないよ。興味ない人にどんな風に迫られたって嬉しくないから大丈夫。心配しなくていいよ」


 そんなこと言って裏切るのがNTRの様式美でしょ?


 にこにこと無垢な笑顔を僕に向ける陽佳。

 少しの曇りもない彼女の笑顔。


 そんな彼女の表情を――僕はなんとしてでも守りたかった。


 心配するなって言われても、心配しちゃうよ。

 僕は君の彼氏なんだから。


「何を怖がってるのか知らないけど安心して」


「……うん」


「もー、本当に心配性なんだから。そんなんじゃ私の友達に紹介できないよ?」


 君の友達って、みんなもう僕のことを知っているんじゃないの?

 美琴さんたちの顔を思い浮かべると、よく分からないが急に身体の力が抜けた。


 ゆっくりと陽佳が立ち上がり、僕の手を引いてベッドへと誘ってくる。

 いつもだったら寝そべるのだが、僕たちは今日は手前に腰を落とした。ベッドを背もたれにして隣り合って座ると、「ちょっとお話しましょう」と陽佳が言う。


 そう誘われて、またちょっと穏やかな気分になる自分がいた。


 どうやら、今の僕には陽佳との精神的な交わりが必要な気がする。

 僕は「うん」と、陽佳の求めに応じて頷いた。


「ゆうちゃん。またパソコンのこと聞いてもいいかな?」


「なに? 僕で分かることならいいけど」


「えへへ。頼りになるんだから……」


 とりとめのない会話は日を跨ぐまで続いた。

 そんな風に、陽佳と話し込むのは――仲良し抜きでは久しぶりのことだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 陽佳の部屋でHな少女漫画を読んだ翌日。

 僕は学校に珍しく居残りをしていた。


 場所は教室。時刻は午後四時二十分。

 僕以外にも大勢のクラスメイトがそこにはひしめている。

 今週末に迫った秋の文化祭の準備に、僕たちは追われていた。


 僕たちのクラスの出し物はメイド喫茶&執事喫茶。

 みんながせっせと内装に使う道具を作る横で、僕はパソコン室から持って来たノートパソコンにせっせと向かっている。


「えっと。この動画とこの動画を繋いで。BGMはフリー素材のこれで……」


 僕が任されたのはメイド喫茶内で流す映像作成の仕事だ。


 メイドと執事が激しく教室内で踊る映像。

 フラッシュモブみたいなダンス。けっこうキレキレ。

 運動部のクラスメイトが本気出して踊った力作だ。


 これを繋げて五分くらいの動画にする。

 なかなか骨が折れるし、人を選ぶ仕事だった。


「どうだ勇一! うまくいってるか!」


「ぐぇっ!」


 集中していたところを、僕は後ろから抱きつかれる。

 汗臭い腕を振りほどいて振り返ると、僕よりちょっと体格の良い男が立っていた。


 丸刈り。男臭いニキビ顔。

 カッターの中には赤いシャツ。

 鼻の下を擦る仕草まで「ザ・男の子」って感じ。


 彼の名前は猿田大智。

 クラスメイトの中でも、僕が特別仲良くしている友人だった。

 まぁ、【親友】や【悪友】って言ってもいいような相手かな。


「もーっ! 猿田やめてよぉ!」


「お前が隙だらけなのがダメなんだよ。それより――ちょっとおっきくなった?」


「どこの話さ!」


 僕の胸を揉んでふざける猿田。

 男子特有のこういうノリってなんなんだろうね。もう馴れたけれどさ。

 僕が腕を振ると「にしし」と笑って猿田は後ろに下がった。


 彼もまた僕と同じで動画編集の作業担当だ。

 といってもメインは僕。彼はもっぱら雑用担当。

 今もパソコン部にUSBケーブルを借りてきてもらっていた。


 ただ、その手にケーブルが見当たらない。


 どうしてだと僕が首を捻ると、猿田が誤魔化すように笑った。


「なんか、すぐ手元にはないから探して持ってきてくれるってさ」


「あ、そうなんだ」


 ケーブルがないと、ちょっとこの後の作業ができないな。


 僕は机に座ったまま手を天井に向けて伸びをした。

 せっかくだし少し休憩するか。


「おつかれオタクくーん! 頑張って働いてくれてるぅー?」


 なんて思った所に、また僕は声をかけられる。

 ちょっと派手なその口ぶりに教室にいる生徒がざわついた。


 こっちにやって来るのは金髪の大男。色黒。耳には太いリングピアス。

 ニタニタと笑って僕に近づいてきた彼はコンビニの袋を僕の前に置く。ペットボトル飲料やお菓子がそこには大量に詰まっていた。


 彼は犬崎友彦さん。

 僕のクラスメイトで、同じ動画編集チームのメンバーだ。


「もーっ! 犬崎さん、どこ行ってたんですか!」


「そこのコンビニ。差し入れ買って来たぜ。おつかれちゃーん」


「買い食いは校則違反ですよ。もう……」


 見た目は明らかに【埒外ヤンキー】なんだけれど、こんな感じで気を利かして差し入れを買って来てくれる。【不良】なのに意外にいい人だ。

 あと、実は留年していて年齢が一個上。先輩だった。


 僕と猿田の前にペットボトルを差し出す犬崎さん。

 僕がお金を払おうとすると「いいのいいの、俺のおごり」と彼は気前よく言った。


「犬崎! コンビニの袋を持ってなにしているんだ! 買い食いは校則違反だぞ!」


「やっべっ! 雉本っ!」


 ちょっと和んだ所に担任の先生がやってくる。


 ゴリラみたいな風貌にパッツンパッツンの赤ジャージ。

 手には竹刀を握りしめた典型的な体育教師ビジュアル。

 教室の扉を勢いよく開けた彼は、圧の籠もった顔で睨みつけてくる。


 彼の名は雉本武史。

 ちょっと校則にうるさい熱血教師だ。【体育教師】で【生徒指導】担当。どうやら犬崎さんの買い食いを見かけて追いかけてきたようだった。


 ざわつく生徒達。ずかずかと床を鳴らして雉本先生が僕らの前にやってくる。

 しかしいざ前に来ると、彼の興味は犬崎さんからなぜか僕に変わっていた。


「なんだ木津、パソコンなんか教室に持ち込んで?」


「あ、すみません。文化祭の出し物の準備をしていて」


「そういえばそうだったな。どれ、どこまで出来たんだ」


 見せてみなさいと雉本先生。

 僕の動画に話が逸れて、買い食いの話はうやむやになってくれた。

 助かったよ。ちょっとびくびくしちゃった。


 せっかくなので進捗をみんなにも見てもらおう。

 僕は猿田や犬崎さんにも声をかけるとパソコンの前に集まって貰った。僕の背中越しに画面を見つめる彼らを前に、僕はプレビュー機能で動画を再生する。


 感心したような声を上げる猿田たち。

 言うほどたいしたものでもないんだけれどな。


「ほほー、見事でござるな。さすがは勇一氏でござる」


「……あれ? 鬼山さん、いつの間に?」


 ふと気がつくと、背後の影がもう一つ増えている。


 眼鏡にロン毛の恰幅のいい男。大きなお腹をさする彼は、一歩退いた所から僕の動画を見つめている。手には真新しいUSBケーブル。


 彼はパソコン部部長の鬼山和真さん。

 自称【デブオタ】。校内でも名の知れた【オタサーの部長】さんだ。

 学年は違うんだけれど、ちょっと前に委員会の仕事で知り合ってから僕は彼と仲良くなった。部長をやっているだけあって、割と面倒見の良い人だった。


 どうやら頼んでいたUSBケーブルを持って来てくれたらしい。

 彼は手に持ったそれを僕に差し出した。すぐに僕は立ち上がると「わざわざ、ありがとうございます」とそれを受け取った。


「ところで、勇一氏はメイド服は着ないのでござるか?」


「着ませんよ!」


 女の子がメイド服。男の子は執事服。

 なんで男の子の僕がメイド服を着るんですか。

 ここ最近、そういう悪戯を受けている身としては笑えないよ。


 その巨体を震わせて「冗談ですぞ」と鬼山部長が笑う。

 まったくもう。お茶目な人なんだから。


 いろいろやっているウチに道具は揃った。僕は動画を食い入るように見ている猿田たちに、「そろそろお仕事再開するね」と声をかけた。

 それから席に着くと自分のスマートフォンを取り出す。


 実は昨日、家のPCで少しだけ編集作業をしていたのだ。

 そのデータをスマホに入れて持って来ていたんだけれど、うっかりUSBケーブルを忘れちゃったんだよね――。


「おや? 勇一氏、そのスマホの壁紙は?」


「えっ? あぁ、これですか?」


 鬼山さんに言われて僕はスマホの画面を見る。

 すぐに、迂闊なことをしてしまったと僕は肩をつり上げていた。


 スマホの壁紙ににとんでもない画像を僕が設定していたからだ。


 ロック解除されたスマホの中に居たのは――僕の愛する恋人。

 早馬温泉でデートしたときに撮影した写真。幸姫さんから借りた浴衣姿で、窓辺の椅子に腰掛けてくつろいでいる陽佳の姿が映っていた。


 しまった最高にかわいいから壁紙にしたんだった。

 どうせ僕しか見ないと思って。


 迂闊だった――。


 僕は背後に妙な視線を感じた。

 振り返らなくても、スマホ画面にその姿が反射しているから分かる。

 猿田たちが、僕のスマホを覗き込んでいるのだ。


「……ゆ、勇一氏! そ、その女子はいったい!」


「……き、木津! 不純異性交遊はいかんぞ、お前!」


「……ゆーいっちゃん! なんだよその娘!」


「……ゆ、勇一! もしかしてその娘とS○Xしたのか⁉」


「してないよ!」


 いや、本当はしました。


 そんなのバカ正直に言えないよね。

 健全な男の子で、女の子と付き合っていたらしない方がおかしいとは思うけれど、それでも素直に言えないよね。なんでも正直に言えばいいって話でもないでしょ。


 ていうか、君たち食いつきが凄いよ。


 慌てる僕に真剣な眼差しを猿田が向けてくる。

 まるでこれから戦いに向かう戦士のような顔つきで彼は僕に組み付いてきた。肩に手を載せて、ガタガタと僕の身体を激しく揺らす。


 やめてよちょっと、痛いって――。


「勇一どういうことなんだよ! その女とお前はどういう関係なんだ!」


「ど、どういう関係ってそれは――」


 彼女だって言いづらいなぁ。

 こんな食い入るように見つめられたら切り出し辛いよね。どういうシチュエーションなら言いやすいのかは分からないけれど。


 どうしようか少し悩む。

 まぁけど、彼らなら別に話しても問題はないだろう。


 僕は信頼できる友人や知人の彼らに、陽佳との関係を話すことにした。


「……じつは、僕の彼女なんだ。付き合って一ヶ月なんだけどね。えへへ」


「「「「な、なんだってぇっ!!!!」」」」


「だからそんな驚きます⁉」


 僕の【親友】、【不良】の先輩、担任の【体育教師】、知り合いの【デブオタ】は、なんだか心底驚いたように大きな声を上げた。


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