第4話
コンビニでお昼ご飯を買ってからの午後一時。
僕と美琴さんは、事務所の上の階にあるスタジオ兼レッスンルームに移動した。
ダンスレッスンのためだろうか床は全面板張り。
四方の壁の一つはミラーウォールになっている。
隅に置かれているのは様々な映像機器。
そして、ハンガーラックに所狭しとかかったきらびやかなアイドル衣装。
ここがアイドルのレッスンルームか。
ドルオタでもなんでもないけれど、僕みたいな一般人が入っていいのかなって、少しだけ身構えてしまった。
そんなレッスンルームの衣装が置かれた一画に僕はつれて来られる。
「着替えますので、少々お待ちください」
そう言って僕をここに連れてきた美琴さんが離れた。
彼女は段ボールからビニールに包まれた衣装を取ると脱衣室へと向かう。
「そうだ、衣装は触れないでくださいね。女性が着るものですから」
「分かってるよ」
「本当ですの? 昨日も陽佳さんの服を勝手に……」
「それとこれとは話が違うじゃない!」
僕の反応にどこかほっとした顔をする美琴さん。「それでは」と笑顔で言い残して、彼女はカーテンの向こうに消えた。
しばらくこんな感じで弄られるのかも。
とほほ……。
注意されたこともあり無意識に視線はハンガーラックに。
どれもこれもエッチな衣装だ。特に一番手前にかかっているヘソ出しのトップスとミニスカートの衣装に、僕の心も体も敏感に反応してしまった。
これは心を無にした方がよさそう。
僕は黙って俯いた。
しかし、僕に何をさせるつもりなのかな――。
「うーん、僕にできることなんてそんなにないけどな」
「そんなことありませんわ。きっと見ればすぐに分かりますもの」
「……見ればすぐに分かる?」
衣装のことかな?
着替えが必要で、衣装を見れば僕が分かるもの、か。
まったく心当たりがないけれど。
「ゆうちゃんさん、パソコンにはお詳しいんでしょう?」
「人並みですよ」
「昨日すぐに私の問題を解決してくれたではありませんの」
VTuberのアバターの話ね。
画面共有機能で見えるようにしてあげた奴だ。
この話の流れはもしかして、パソコン関連のお手伝いかな?
その時、着崩れの音がピタリと止んで、カーテンを引く音がした。
ドギマギとしつつ僕が視線を上げると――。
「じゃーん! どうですこのスーツ! 似合っておりまして!」
「なにそれ? ピッチピッチでエッロ……」
黒いラバースーツに身を包んだ美琴さんが、モデルっぽいポーズで立っていた。
ピッチリと肌に吸い付くようなスーツが、彼女のボディラインを強調してとてもいやらしい。胸の大きさも、怖いくらいにはっきり分かる。
股布の辺りもスクール水着みたいだ。ズボンタイプなのに驚くほどエッチだ。
うーん。
控えめに言って放送禁止では?
なんて思ったら、顔を真っ赤にして美琴さんが身体を隠した。
見せたいのか隠したいのか、どっちなんだろう。複雑だな、乙女心って。
「エッロって……もうっ、やめてくださいまし! セクハラでしてよ!」
「何コレ? アイドル衣装じゃないよね?」
「えっと、もしかしてご存じない感じです?」
「……うん」
「これはモーションキャプチャー用スーツ。VTuberの3Dアバターを動かすのに使う衣装ですの」
あぁ、なるほど。
VTuberの撮影機材か。
言われて見れば、なんかのニュースで見た覚えがあるぞ。
なるほど、僕にこれを見せたってことは――。
「……もしかして、それの使い方を教えて欲しいとか?」
「流石はゆうちゃんさん!」
「嘘でしょ!」
パソコン詳しい人あるある。
使ったこともない装置なのに、詳しいんでしょうって教えを請われる奴。
VTuber用の機器なんて僕も使ったことないよ。
無茶言わないで。
予想もしてなかった助っ人の仕事内容に僕は開いた口が塞がらなくなった。
そんな僕をよそに、なんだかノリ気の美琴さん。
妙に察しのいい返事をしたせいかもしれない、僕は完全に美琴さんの中で「パソコンできる人」として認識されちゃったようだ。
「お願いですの。ウチのスタッフは誰もこれを使えなくて」
「無理だよ、やったことないもの」
「ゆうちゃんさんだけが頼りですの。お願い、助けてくださいまし」
そう言って、また美琴さんは僕に顔を近づけてきた。
まるでテレビの中から出て来たような美少女が、エッチな衣装で腰をかがめて顔を覗き込んでくる。涙顔。「貴方だけが頼りなんです」と言わんばかりに。
そして――顔の下で静かに存在感を主張するご立派なたわわ。
彼女の居る身だけれど、こんな風に頼まれちゃったら断れないよ。
「……できなくても文句言わないでよ」
「さすがゆうちゃんさん! ありがとうですわ!」
別に変なことはしていないのに心の中で陽佳に謝りながら、僕はまたしてもしぶしぶ美琴さんの頼みを引き受けてしまった。
ちょろいなぁ、僕……。
◇ ◇ ◇ ◇
ソフトと機材にはかなり分かりやすいマニュアルがついていた。
心配したのがバカみたいに、あっさり美琴さんはバビ肉してしまった。
昨日、Discordで見たキャラクターの3Dモデル。
それが、美琴さんの動きに合せて、わちゃわちゃと液晶テレビの中で動いている。
僕もちょっと感動しちゃった。
「すごいすごい、すごいですわ! 私と同じポーズをしますわ!」
「うん、そうだね。こんなに簡単だなんてびっくりだよ」
美琴さんが床にうつ伏せになってポーズを決める。豊かなたわわを押しつぶして、お尻をちょっと浮かせた女豹ポーズだ。
ふりふりと楽しそうに彼女がお尻を振れば、3Dモデルもお尻を揺らした。
うーん、リアルもバーチャルも見ていられないエッチさだ。
けど楽しそう。
エッチなポーズなのに、なぜか微笑ましくなっちゃうよ。
よっぽど動かしてみたかったんだな。
鼻の奥がむずっとするのを我慢して僕は咳払いをする。恥ずかしい格好をしているのに気がついたのだろう、顔を赤らめた美琴さんがすぐ立ち上がった。
誤魔化すように笑って美琴さんが駆け寄ってくる。
「ありがとうございます、ゆうちゃんさん。助かりましたわ」
「お役に立ててよかったよ」
「これでVTuberの企画が先に進みますわ」
そう言って美琴さんが僕に急に抱きついてきた。
二の腕にふわっとした女の子の柔らかさを感じる。
綿菓子のようにソフトで、溶けるようになめらかで、包み込むように豊か。
陽佳とはまた違った柔らかさだなぁ。
おとこのこをだめにしちゃうおっぱい。
男女のハグじゃなくて友達のハグ。
分かっているけれど、ちょっと男の子として反応しちゃいそうになっちゃった。
いけない、いけない。
「もう。ダメだよ美琴さん、こんなことしちゃ」
「こんなことって?」
「美琴さんってばエッ……魅力的な身体の持ち主なんだから、こういうこと男の子にしちゃダメだよ。勘違いしちゃうよ」
「……あら。陽佳さんに怒られちゃいますわね」
ぴょいと後ろにステップして、僕から距離をとる美琴さん。
悪戯っぽく舌を出して彼女は僕に頭を下げた。
まったくと僕がため息をこぼそうとした時だ――。
「……あれ、おかしいですわね?
「どうしたの?」
美琴さんが怪訝そうに液晶テレビを眺めて首をかしげた。
彼女の視線の先でも3Dモデルが首をかしげている。
ただし、バストアップ。腰から上だけ。
「動いておりませんわ」
「え? ちゃんと美琴さんの動きに追従してるよ?」
「いえ。私が見た動画では、ここもちゃんと動いていました」
「……ここも?」
美琴さんが胸に手を添えるとゆさゆさと揺らし出す。
ゆれる! ふるえる! あらぶる! DXたわわ!
ピッチピッチの黒いスーツに包まれて形が分かりやすくなっているそれが、現実世界で縦横無尽に暴れまくる。
大迫力だ!
エッロいい!
「人気VTuberの動画では、おっぱいもしっかりと揺れていましたわ」
けど、バーチャル世界のおっぱいは、まったく揺れない動かない。
形をいっさい崩さずに美琴さんの動きに追従していた。
なるほど、そういうことか。
確かにおっぱいってVTuberには大事だよね。
「なんで揺れませんの? 不良品ですの、それとも私のおっぱいに問題が?」
真剣な顔で悩みだす美琴さん。
これまでのことを考えると、僕が頑張っておっぱいを揺らすしかなさそうだな。
けど、どうすれば。
流石にマニュアルにもそんなエッチなこと――。
「あ! ある! おっぱいの揺らし方がマニュアルに書いてある!」
「本当ですの⁉」
試しに覗いてみたら、普通に書いてあったや。
おっぱいの揺らし方。
きっとそれだけ需要があるんだろうな。
美琴さんの期待を込めた視線に後押しされて、僕はさっそくマニュアルの「おっぱいの動きのトレース方法」という項目に目を通した。
ふむふむ、なるほど――。
「追加でパーツを付けるみたい。胸って人によりけりだから調整が必要なんだって」
「そういうことなら納得ですわ」
マニュアルを持って機材置き場へ。
灰色のビー玉みたいなパーツと、パーツをスーツに接着するジェルを探すと、それらを持って今度は美琴さんの前へ。
ちょっとその場にかがんで、おっぱいを拝むように僕は見上げた。
うぅん、すごい迫力。
「えっとね、このビー玉みたいなのを胸につければいいみたい」
「胸に? どの辺りですの?」
「耳たぶの延長線上、二の腕のちょうど真ん中くらい――だって」
自分で耳たぶを触る美琴さん。
そのまま下に腕を下ろすのだけれど――二の腕の真ん中が分からずに、彼女は首をかしげた。あと、ちょっと斜めに移動している。
これはやりにくそうだな。
「自分だと分かりませんわね。ゆうちゃんさん、お願いできます?」
「しょうがないなぁ」
断る気なんてさらさらなくなった僕。
全肯定YESマンになってしまった僕は二つ返事で引き受けた。
マニュアルを手に持ちながら、空いた方の手を美琴さんの耳たぶにあてる。
そこからゆっくりと指先を下ろせば、おっぱいの重心っぽい位置に指先が止まる。
忘れないよう、僕は美琴さんのおっぱいにその指を添えた。
「……んッ! ゆ、ゆうちゃんさん⁉」
するとむず痒そうに美琴さんが声を上げる。
いまさらだなぁ。
「ごめん。すぐに付けちゃうから。くすぐったいかもだけど我慢して」
「……えっ、あの」
そんな声出してもダメ。
先に頼んだのは美琴さんの方じゃないか。
恥ずかしがるくらいなら、最初から頼まないでよね。
これまでの仕返しとばかりに、僕は美琴さんのお願いを聞き流してやった。
さて。
マニュアルによるとこの続きは――。
「えっと。パーツの裏の平坦な部分に接着用のジェルを塗って」
「やっ、やぁっ! お待ちになってください!」
「暴れないの。手元がくるっちゃうよ――はい、ペトリ」
「ンンンッ!」
「あら、すぐに取れちゃった。粘着力が弱いのかな?」
「……ゆうちゃんさん、イケませんわ」
「大丈夫だよイケるイケる。ちょっと強く押すから、我慢してね」
「えぇっ⁉」
ぐにぐにと、僕はジェルを塗ったパーツを美琴さんの胸に押しつけた。
人体に影響がない素材なのかな、ジェルの接着力がちょっと頼りない。
スーツの方にもなぜか突起がある。
付けづらいったらない。
ついつい指先にも力がこもる。
「あっ、あっ、あぁっ! ダメ! ダメですわぁっ!」
「我慢して美琴さん」
「無理ですわ、こんなの!」
「なんだろうこのスーツの突起。どういう用途なんだ」
「そんなぁ! 指で弾かないでぇっ!」
「取れないかな?」
「そんな乱暴に摘まんじゃ――アァンッ!」
「そっか、不良品なら返品しないといけないか。いや、逆にこの突起を使って――」
あっ、思った通りだ。
突起の先だとうまい具合にパーツがくっつく。
ジェルを突起を中心に盛るように塗布するのがコツだったんだな。
ようやく僕は美琴さんのおっぱいから顔を上げる。「終わったよ美琴さん」と彼女を見上げれば――。
「ハァ、ハァ。ダメですわ、こんなのいけませ……んンッ!」
「なっ、何があったの美琴さん⁉」
事後みたいなエッ……な顔して、美琴さんが上を向いていた。
やだ、なんでそうなっちゃうの⁉
粗い息づかいで、呼吸を整える金髪縦ロールの美少女。
その切れ長な瞳の端から汗のように涙が流れる。
桃色の唇が、見たことないくらい弱々しく僕の前で揺れていた。
「違いますのゆうちゃんさん。それはスーツの突起じゃありませんわ」
「……え? じゃぁ、あの突起は?」
その時、僕の脳裏に中学生の頃の記憶が蘇った。
それは確か体育の授業の時。クラスで一番ドスケベだった太田くんが、ウキウキした顔で僕の前にやって来て言ったセリフ。
『知っているか木津――乳首って、耳の真下にあるんだぜ』
全てを理解した僕が目を向けたのは美琴さんの立派なお胸。
先ほど僕がパーツを取り付けた場所。
ジェルを塗ったおかげで濡れているスーツの表面その奥に――。
僕は女の子の身体に眠る小宇宙の輝き(意味不明理解不能)をたしかに見た。
「……ゆうちゃんさんの、えっち」
取り付けた灰色の丸いぽっちがピンと弾けるように飛ぶ。
大きなおっぺえが、ブラスの前ボタンを弾くようなそんな感じで。
いったい美琴さんのおっぱいに何が起こったのか。どういう物理法則とエネルギーが働いて、灰色のアイテムが弾き出されたのかは分からない。
けれど僕の脳味噌を、灰色の豆鉄砲は鋭く射貫いた。
「ご、ごめんなさぁい、美琴さぁん!」
「もーっ! スケベなんですからぁっ!」
不可抗力だ、わざとじゃないんだ。
そうは言うけど申し訳ない。
僕は全身全霊、ありったけの誠意を込めて土下座する。
彼女のおっぱいのさらに大事な部分ををエッチに触ってしまったことを謝罪した。
とほほ……。
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