幼馴染との写真を破棄することを条件にエッチなアシスタントをすることになった件について

第2話

「……えろい目にあった」


 午後八時。

 陽佳との【はつたいけん】を終えた僕はほうほうの体で帰宅した。


 出迎えた家族がやつれ果てた僕の姿に絶句する。

 そして「今日はやけに猫がうるさいなと思ったら」「陽佳ちゃんが猫を飼ったのかと思った」「ラブホ行きなよ、迷惑だなぁ」と、神妙な顔で納得してくれた。


 父も、母も、妹も、それ以上は何も言わない。

 気まずい一家団欒から「疲れたからもう寝るね」と僕は逃げた。

 

 部屋に戻って僕はちょっと泣いた。

 嬉しいはずなのに涙が止まらなかった。


 感情も思考もぐちゃぐちゃ。


 これからどういう顔をして陽佳に会えばいいんだろう。

 僕たちは本当に彼氏彼女としてやっていけるのだろうか。

 陽佳ってばちょっとエッ……積極的すぎないかな。


 そんなことばかりずっと考えていた。


 みんな【はつたいけん】ってこんなものなのかな――。


 なんて悶々とした夜を送った翌朝、さっそく陽佳と顔を会わすのだけれどね。

 だって僕らお隣さんだし。


「ゆうちゃん、私の部屋にパンツ忘れてたよ」


「ひゃぁん!」


 玄関で朝日を浴びながら美少女が下着(男物)を手にしている。

 さらさらと揺れる栗毛色のミディアムヘアと、ビニール袋に包まれてマヌケに揺れるトランクス。組み合わせが独特過ぎて感情がバグってしまった。


 こんな【はつたいけん】の次の日ってないよ。


「ごめん陽佳。汚いものを置いていって」


「ぜんぜんそんなことないよ。気にしないで」


 急いで陽佳から僕はパンツを受け取る。

 照れ照れと顔を真っ赤にする陽佳。


 エッチな漫画でも【はつたいけん】の翌朝ってもっといい感じでしょ。

 パンツ忘れて台無しだよ。

 はずかしいなぁ。


 どうにか挽回したくて、「せっかくだし駅まで一緒にいこうよ」と僕は提案する。

 幸いにも陽佳はその言葉に頷いてくれた。

 ちょっと嬉しそうに。


 二人並んで駅まで続く生活道路を歩く。

 中学の頃は自転車で通っていたここをこうして二人で歩くのはなんだか新鮮だ。


 いや、新鮮なのは陽佳の姿かもしれない。

 高校に入ってすぐの時に女子校の制服を着た姿は見せてもらった。けど、その時はまだ冬服で、制服に着られているような感じが拭えなかった。


 一年経ってちょっと大人びた陽佳。

 渋茶色のプリーツスカートに、白いブラウスと白と青の縞のネクタイ。ちょっと伸びた髪の毛に、カラーリップが鮮やかに映える顔。

 もうすっかりと高校生という感じの幼馴染に、また僕の胸が高鳴った。


 側溝に丸まっていた横尾さんとこの飼い猫がひょっこりと顔を上げる。小学生の頃からの付き合いの猫は、僕たちを見るなりピタリと動きを止めた。

 驚いていらっしゃる。

 なんだか、ちょっと笑えた。


「……えへへ、二人で登校するのって久しぶりだね」


「そうだね。一年ぶりくらいかな」


「これから毎日一緒に登校しよっか?」


「いいの? つきあってもいないのに……」


 幸せを感じた矢先に地雷を踏んじゃう。

 むむむと唸って陽佳がりんごみたいに頬を膨らませた。


 いったい僕は何をやらかしたのだろうか――って、考えるまでもないか。


「ゆうちゃんってば、あんなことしたのにまだそんなこと言うの?」


「えっ? いや、だってアレはその……」


「男の子でしょ! 責任を取りなさいよ! もーっ!」


 ベシリと僕の背中を陽佳が叩く。

 おしとやかな陽佳がこういうことをするのは珍しかった。


 確かに男らしくないよな。

 そしてなーなーってのもよくないと思う。


 昨日のことを前向きに受け止め、幼馴染という関係に区切りをつけるためにも、ここではっきりとさせておこう。


 叩かれた背中の痛みを力に変えて、僕は真面目な顔を陽佳に向ける。

 そんな僕の顔を見るや陽佳の頬から怒りが消えた。


「陽佳。うぅん、小野原陽佳さん」


「……なぁに、木津勇一くん」


「ずっと前から大好きです。僕とおつきあいしていただけませんか?」


「……わかりました。私も小学生の頃から大好きです」


 うふふふと笑って、僕の手をかすめ取る陽佳。

 昨日みたいに強く僕の手を握ると「もう遠慮しないんだからね!」と悪戯っぽく笑う。この娘、最強じゃないかなってちょっと思っちゃった。


 時間もあることだしちょっと遠回りしようか。

 僕と陽佳は駅までの最短ルートである田んぼ道を外れると、住宅街の細い道を歩いた。まるで子供の頃、よく遊んだように。時間をかけてゆっくりと。


 【交際一日目】の朝を、僕たちはめいっぱい楽しんだ。


「ゆうくん。また、お家に遊びに行ってもいいかな?」


「いいよ。LINEで連絡して。基本、土日は暇してるから」


「……平日の夜はダメ?」


「ぜんぜんだいじょうぶ、そうじしておくね」


 駅に着いた僕たちは、電車の方向が違うこともあり地下通路の手前で別れた。

 ホームに上がると、急行との連絡待ちをしていた電車に乗る。車内はそこそこ空いているが、僕はあえて扉の前に立ってつり革を握った。


 反対側のホームで陽佳が僕を探している。

 窓から手を振ると気づいて手を振る。ほどなくして、動き出した普通電車。その中から、陽佳の姿が豆粒になるまで僕は窓辺で手を振り続けた。


 なんかいいなこういうの。


 幸せいっぱいで僕は立ったままスマホを手に取る。

 何か連絡が来ていないかなと確認するとLINEの通知が入っていた。


 それは見知らぬアカウントからのフレンド申請――。


「誰だろう?」


 自慢じゃ無いけど僕は交友関係がそれほど広くない。

 最近、新しく知り合った人もいなければ、誰かにIDを教えた覚えもなかった。


 もしかしてアカウントが流出していたずらされた?


 確かにIDが「hachiman279」と雑な感じだ。

 アイコンもなぜかコスプレ衣装。

 エッチな詐欺アカウントの匂いがちょっとする。


 承認したら「私と一緒にいけないことしませんか?」ってメッセージが届きそう。


「ちょっと遅かったな。今の僕に、君はもう必要ないぜ!」


 だって僕には陽佳がいるからね!


 自信満々に僕は「拒否ポチ!」ってしようとする。

 しかし、その時――間の悪い事に電車が急ブレーキをかけた。


 油断していた僕は前に身体をつんのめさせる。

 つり革を強く握って、なんとかコケるのだけは回避した。だが――手元が狂ってフレンド申請の「許可」の方のボタンを僕は押してしまった。


 まずい詐欺られる。


 あわててアカウントをブロックしようとした所に新着メッセージ。

 まるで僕が申請許可するのを待っていたように、その詐欺アカウントから画像が送りつけられた。


 そう、詐欺アカウントらしいエッチな画像を――。


「……え⁉ これって⁉」


 ただし、送られてきたのは、名前も分からぬ女性のあられもない姿じゃない。


 僕がよく知っている女の子。

 それもついさっきまで会っていた幼馴染。

 陽佳のあられもない姿をありありと映したものだった。


 ベッドの上で激しく乱れている幼馴染。

 少し画質が粗いのは盗撮したからだろうか。

 見切れていて顔は見えないがその身体の下には男の姿もあった。 


 どうしてこんなものが送られてくるんだ。いったいこのアカウントはどうして陽佳のこんな写真を持っているんだ。


 待って、この場所って――。


「嘘でしょ! これ、陽佳の部屋じゃないか!」


 信じられない。

 信じたくない。


 どうして陽佳がこんな目に。


 しかも、こんな嬉しそうな顔をしているなんて。


「まさか! 陽佳が僕に強引に迫ってきたのは――!」


 幸せな【交際一日目】の気分をぶち壊して【最悪の真相】が頭を過る。


 そういうことなのか陽佳。


 おしとやかでおっとりとしていて、エッチなイメージとはほど遠い陽佳。

 彼女に押し倒された時も正直に言って現実味がなかった。


 そんな彼女のらしくない行動を僕はなんの疑問も無く受け止めた。


 けれど本当は――。


 その時、LINEにメッセージが入る。

 僕に陽佳の画像を送りつけたその謎の人物は、エッチな漫画でよく見るセリフを画像に続けて僕に送ってきた。


『この写真をばらまかれたくなかったら、いますぐこの住所に来てください』


 住所は繁華街にある雑居ビルの一室。

 地図アプリで住所を確認すると『めんこい娘』という、高校生が出入りしちゃいけないようなお店が表示された。


 まさか、このお店の奴らが――陽佳を!


「許せない!」


 怒りにスマホを握りしめる手に力が入った。

 そこに追い打ちのようにさらにメッセージが届く。


『貴方が来なければ、貴方の写真が世界中にばらまかれますわ』


『この写真以外にも、もっとはっきり貴方が映った写真を、私はある筋から提供してもらっていますのよ』


『そうね、私のことはM琴と呼んでもらいましょうかしら。ふふふ……』


「おのれM琴! よくも僕の陽佳を!」


 僕の大切な幼馴染を! いや、彼女を! なんてことをしてくれるんだ!


 なんかちょっと会話の内容がおかしい気もするが、そんなことはどうでもいい。

 大切な人を苦しめるM琴を、僕はもう許せなかった。


 僕はどうなってもいい。

 たとえこの身を犠牲にしても、陽佳の恥ずかしい姿がばら撒かれるのを防ぐんだ。


 僕が通う高校最寄りの駅に電車が入る。

 少なくない生徒が降りる中、僕はそのまま電車に残った。

 僕が降りないことで心配した車掌さんが様子を見に来たが、そんな彼に「大丈夫です。ちょっと用事ができちゃって」と、僕は必死に怒りを堪えて応えた。


 目指すは三つ先の駅。

 県内屈指の繁華街の最寄り駅。


「陽佳、安心して。僕が君を絶対に助けてあげるからね……」


 強い使命感を抱いて、僕は生まれてはじめて高校をサボることを決めた。


☆★☆ まだ文字数あるので続けてみることにしました。このネタでどこまでやれるか頑張ってみます。 ☆★☆


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