片思い中の人からブロックされていた
中村 繚
片思い中の人からブロックされていた
片思い中の人からブロックされていた。
ここ数日、SNSのタイムラインに姿を見せなかったのを心配して探したら、フォロー一覧から消えていた。更に心配になってユーザー名で探し出したら、ブロックされていたのだ。
彼女とは、中学校時代のクラスメイトだった。友人と言うほどではない、部活も違うし、委員会も違う。市外の高校に進学してしまったため、卒業式以来顔を合わせたこともない。
だけど、憧れていた。
修学旅行で同じグループになった時、有頂天だった。思い切って連絡先を交換してSNSで繋がった。
こちらがフォローしているだけ。相互ではない。
彼女の何気ない日常を目にして、時にはイイネを押す。積極的に絡みにはい行かない、楚々とネットの世界をゆらゆら泳いでいるだけ。だけだったのに、彼女からブロックされていた。
何かのミスか、それともバグか?
いや、まさか、まさか……バレた?
同性愛者であることがバレた?
初恋の相手は女医さんだった。詳しく言うと、女医を演じた女優さんだった。
同級生たちが男性アイドルや足の速い男子に夢中になる中、私は放課後の時間帯に再放送していた医療ドラマの主演女優さんに夢中になっていた。
凛々しく、美しく、大胆で自信に満ち溢れた役柄のその人は、美しい黒髪を揺らしながらヒールを鳴らして颯爽と白い巨塔を闊歩する姿に恋をしていた。役もそうだったが、その女優さんが出演している他の作品もできる限り集めて見た。
彼女は、少しその役に似ていた。凛々しく、美しく、堂々として背筋が伸びていて、颯爽と廊下を歩く。バドミントン部の部長を務めていた、背の高い黒髪が美しい人……恋だった。好きになっていた。
同性の、女の子が好きだと彼女に恋をしてはっきり自覚した。
しかし、彼女は違う。中学生時代には、何人かの男子と付き合ったと聞いたことがある。彼女は異性愛者だ。同じ運動部の男子と付き合っていたのだ。
ただの友人――そこまでは踏み込めない、せめて、知人としてのポジションで繋がっていたい。遠くから眺めているだけでもいいから、彼女との繋がりを断ちたくない。
「あけましておめでとう」のやり取りをするだけの関係で良いから、か細い糸に縋り付きたくて私はイイネを押す。
絶対に、この恋心を悟られてはいけない。
拒絶されたくない。
軽蔑されたくない。
批判されたくない。
ブロックされていた。
バレた?
彼女に恋愛感情を持っていることがバレた?
真っ先に脳裏に過ったのは、その可能性だった。
誰にも相談したことはない。誰かに悟られている可能性もあるかもしれないが、誰も私の性的指向を知らないはずだ。そこまで共通の知人もいない。
だとしたら、投稿内容で悟られてしまったのか?
心当たりはある。彼女がタイムラインに姿を見せなくなった少し前に、呟いてしまった。
彼女が投稿したピースサインの写真。ファミレスの期間限定パフェを背景にした指だけの写真にイイネを押した。イイネだけを押した。
スっと伸びたラケットを握る指。短くも丁寧に整えられた、運動部の指。あまりにも美しかったから、一言「キレイ」と投稿してしまった。
前後の投稿と何も繋がっていない。文脈が分からないし、何を指しているかも分からない一言を思い出し、血の気が引いた。全身が粟立った。
急いでその投稿を消したが、それでブロックが解除される訳がない。彼女が私の投稿を目にしているなんて、自意識過剰な思い込みであるが、私はその一言を呟いてしまったあの日を後悔した。
写真にイイネを押して、「キレイ」と呟いた。気持ち悪がられたかもしれない。警戒されたかもしれない……バレてしまったかもしれない。
もう一つ、バレた可能性があるとしたら別アカだ。いや、むしろあちらが本アカだ。
交流はしない、リアルの繋がりはない。ただ、プロフィールには同性愛者であることは記載しているアカウント。
好きなようにイイネを押して、お気に入りをして、自分と同じ悩みを持つ声に共感する。自分だけのギャラリーのように愛でていた本アカが特定されてしまったのかもしれない。
本アカと別アカがイコールに結び付けられて、彼女にバレた。現実的ではない被害妄想に近いが、考えれば切りがない。悪い妄想だけがどんどん湧き上がって来る。
微かな綻びが全てに行き渡って破壊してしまうように、小さなミスが積み重なって何もかもが台無しになってしまったのかもしれない。
自分のせいで、私自身の手で、壊してしまった。
告白するつもりはなかった。恋人になりたいと思っても、無理だからとこの恋心はずっと隠しておくつもりだったのに。
私の口から出す前に、嫌だと告げられた気がした。
片思い中の彼女からブロックされていた。
何故、どうして、何が悪かったの……?
やっぱり、バレた?
気持ち悪かった?
迷惑だった?
ウザかった?
直接聞く勇気はない。そんなことをしてしまったら、嫌われてしまう。
真正面から拒絶されてしまうかもしれない、ウザいとはっきり言われてしまうかもしれない。スマホのアプリからメッセージを送ることはできない。
直接言葉を交わしてしまったら、今度こそナニかが終わってしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
震える指先とスマホ画面との距離は1mmにも満たないのに、彼女と距離は酷く遠い。
ごめんなさい、ウザかったよね。
ごめんなさい、気持ち悪かったよね。
ごめんなさい、もう関わりません。
ごめんなさい、恋をしてしまって……好きになって、ごめんなさい。
片思いに蓋をするために、「削除」に触れた。
片思い中の人からブロックされていた 中村 繚 @gomasuke100
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます