第51話
翌日は朝からばたばたと支度をして式場へ向かった。滅多に履かないヒールに心が折れそうになりながら足をさする。とはいえ、食事が出てくればそんなものは吹っ飛んだ。
「梅、今日は来てくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそお招きありがとう。すっごい綺麗だよ梨沙子、末長くお幸せに」
真っ白なマーメイドドレスに身を包みすらりと長い手足がよく映えている。シンプルでありながら梨沙子の良さを引き出すドレスだった。久しぶりに会う梨沙子は幸せの絶頂にいて、そしてとにかく綺麗だった。
ふっと、昨晩の央ちゃんのことが過る。もしあの申し出を受けたのならば、私も純白のドレスに身を包みこんな風に幸せ一色の笑みを浮かべるのだろうか。そんな自分を想像してみるけど、私は白いドレスに包まれる資格などない気がする。
純白のドレスは相手にとって自分が嘘偽りないことを示すものだと、私は勝手ながら思っている。純潔だとか無垢だとかそういう意味合いもあるにはあるんだろうけど、根っこはそういうことなんじゃないか。まあ、偽装結婚とかあるくらいだからあながちそうでもないかもしれない。
私は純白のドレスを着て、央ちゃんの隣に並べない。心で違う人のことを思っていながら、嘘を包むように着るべきではない──頭が悪いくせにそんな小難しいことを考えてしまう。
早々に吹っ切って央ちゃんの申し出を受ける。これが所謂幸せというものへの道筋だということは頭で分かっているが、心はそうさせてくれない。
──どうしようかなあ。
その方法がすぐに分かればいいのに。だけど分からないから私はこうやって何年も拗らせている。
帰宅して早々にスプレーでがちがちに固まっていた髪に指を差し込んでかき回した。そのまま脱衣所へ向かって、洗面台の鏡の自分と目が合うと、嵐の中を命からがら抜けてきたような姿があって吹き出してしまった。
ドレスを脱ぎ捨ててシャワーを浴びると、左足首の後ろにできた靴擦れがピリッと痛んだ。こういうことを繰り返すたびに、私は二度とヒールなんて履かないと思ってしまう。
シャンプーで二回くらい頭を洗って、ようやく髪の毛が柔らかくなった。結婚式にお呼ばれするのは好きだけども、この事後処理というものがなかなかに面倒だ。
リビングへ戻ると両親が背中を丸めながらテレビを見ていた。ふたりともほぼ同じ角度で丸まっていて、後ろから見るとペアで作られた人形のようだった。その姿がどこか可愛らしくもあり、その背中がそれ以上丸まらないでほしいなあ、と願ってしまう。
今のところ私たち三姉妹で結婚をしているのは妹の小夜だけだ。お姉ちゃんは仕事一直線だし、私は──まあ、私も仕事で結婚どころではないという体で生きている。小夜は音大在学中に妊娠して母になり、今は全国展開している音楽教室でピアノ講師をやっている。
小夜の妊娠が分かったとき、両親は項垂れていたけども、孫が生まれると態度が一変した。やっぱり目に入れても痛くないほど可愛いらしく、今や部屋の至る所に孫の写真を飾りスマートフォンの待受画面もふたり揃って孫の写真だ。
かくいう私も、待受画面は姪っ子の写真なのだからふたりのことをとやかく言える立場ではないのだけど。
最近買い替えたばかりという大型テレビには夕焼けの海が一面に映っていた。
「綺麗だね、これ外国?」
「ううん、国内らしいよ」
どこだろうねえと話していたら映像が切り替わり、椅子がずらりと並んだ場所が映し出された。そこでは頭に赤い花を乗せた白い着ぐるみが子ども達と写真を撮っていた。おそらくこの土地のイメージキャラクターなんだろう。つばきねこ、とかいうらしい。なるほど、頭の上の赤い花は椿というわけか。
「ああ、五島列島っていうんだって。五島ってどこだっけ、お父さん知ってる?」
「えーっと……どこだっけ」
「……長崎県だよ」
私がそう声を発すると、ふたりはぽかんとした。おそらく私からそんな知識的なものが出てくるなんて夢にも思わなかったのだろう。学生時代から成績が芳しくなかった私を、今でもアホの子だと思っている節がある。腹立たしいけど、仕方ないことだ。
「梅、よく知ってるねえ」
「うん、昔聞いたことがあって」
「よく覚えてたなあ」
──もしかしてお父さん達は、私のことを三歩歩くと記憶が飛ぶとでも思ってるのかな……。
そんな疑いを向けると両親は何事もなかったかのようにテレビに意識を戻した。それ以上しつこく突っ込むつもりもなく、私は冷蔵庫からレモンチューハイを取り出してこくこくと喉へ流し込む。
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