第34話
十一月も終わりにさしかかって、ひばりさんは東京まで大学の入学試験を受けに行っていた。手応えはあった、と苦笑いをしていたけどひばりさんならちゃんと受かるだろう。明日になったらきちんとお日様が登って朝がやってくる、それと同じくらいに当然のことのように考えていた。
もしもこの試験に受からなければ一般入試を年明けに受ける必要があるので、しばらく会えなくなるという話を聞いていた。それはあたしも困る。というか寂しいので、あたしは高校受験のときに一度行ったきりの近所の神社に一週間ほど通って祈った。
お賽銭は総額で五十円くらいしか入れていないけど、神様はきっと叶えてくれるはずだ。なんといっても勉強がそれほど得意ではないあたしをヒバジョに合格させた力を持つ神様なのだから。
そして合格発表を迎えた今日。ひばりさんは職員室に呼び出されて結果を知らされている。あたしはひばりさんから結果を聞くためにこうやって玄関で待っているわけだけども……ひばりさんはなかなか現れない。下駄箱を覗くとまだローファーがあるので校内にいるのは確実だ。
合格して手続きの説明に時間がかかっているのか、それともまさか──。最悪の結果がよぎり、あたしは水浴び後の犬のように頭を振った。五十円のお賽銭でも足りなかったんだろうか。神様仕事しろ。
「あれ、梅ちゃん?」
神様を責めだしていたところで、春風みたいなひばりさんの声がする。いつも通りにあまりに爽やかなので、合否発表は今日ではなかったんだろうかとさえ思う。ひばりさんに訊ねたら、これまたやっぱり爽やかに「今日だよ」と返ってくる。
あたしは合否を聞きたくてたまらないのに、ひばりさんは校門を出るまで待ってほしいと言った。自分の高校受験のことを思い出してみると、そういえば中学の先生も同じことを言っていた気がする。不合格の人間に気を遣って大人しくしていろということだ。
それにしても校門を出るまで、なんてひばりさんも律儀というか真面目というか。
そして校門を出て、周りに人がいないことを確認するとひばりさんは「合格したよ」と微笑む。
──それだけ?
ひばりさんは合格したことが嬉しくないんだろうか。あたしは高校の合格が分かった日にはスキップをして帰宅したくらいなのに。それとも中学生と高校生の差なんだろうか。それにしてももっと喜んだらいいのに。
「えっ、結構喜んでるつもりなんだけど……」
「ひばりさん、分かりにくいです……」
「そうなんだ……」
「笑いのツボは浅いのに。ひばりさんって面白いです。あははは」
「ええ? 私、ツボ浅いかな……」
──自覚がないんだ。
ひばりさんは眉尻を下げたまま、かくんと右に首を傾げる。
「それじゃあひばりさんが知らないひばりさんを、あたしがたくさん見つけます」
あたしもひばりさんのことをたくさん知りたいし、あたしのこともたくさん知ってほしい。
素直に伝えたらひばりさんは頬を赤らめたまま、少し恥ずかしいな、と微かに唇の間に隙間を作った。そこからちらりと白い歯が見えた。
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