第31話
あたしの短絡的な脳みそでは結局その答えに行き着いてしまう。いやいや、それは不正解なわけだ。でもそれが不正解の理由もない。
そんなことを考えながらクラス日誌をぶんぶんと振り回し職員室を目指す。ちなみにクラス日誌とは日直がクラスでその日あったことを適当に日記風に書いて先生に提出する。
あたしは今日、その日直という役割を背負いクラスの雑用をこなした。クラス日誌も生徒の個性が出る。絵が上手な子のときは色とりどりでなんだかアーティスティックなページだし、孤高の狼タイプの子はお通夜の芳名帳とか業務日誌みたい。
ちなみにあたしはというと小学生の夏休み日記みたいだ。書きたい出来事に対して文章力が伴っていない。
担任の先生に日誌を渡して職員室を出ようとすると、ちょうど桜田先輩が出ていこうとしていた。次はいつ会えるか分からないので、まだ正解を見つけていないにも関わらずあたしは先輩の手を捕まえた。
「……梅ちゃん」
「お久しぶりです。最近、校内で写真撮ってないんですか? 全然見かけない」
「推薦試験が近いからそれどころじゃないの。忙しいんだ、私」
忙しいんだ、という声色には感情が乗っていないようだった。先の尖った氷であたしを思いきり突き放すように感じられる。が、あたしはその氷のせいでどんなにひどいしもやけになろうとも、手が壊死しようともこの手を離すつもりはない。あたしは先輩へ答え合わせを挑む。正解なんて出せてはいないけど、元々そんなものもありはしないと思っている。
ちょっと、という先輩の声を無視してあたしは空き教室に先輩とふたりで閉じこもる。生徒の声が反響しているものの、少し職員室から離れたここは異空間みたいで、この答え合わせをするにはちょうどいい場所だ。
「先輩、好きです。ただ、好きです。これのどこが不正解ですか?」
「それは……この前も言ったでしょ。梅ちゃんは憧れと恋愛感情を混同しているだけ。私が女の人に抱く『好き』とは違うの」
「会えない間に先輩のこと、考えてました。何度考えてもあたしは、ただ先輩が好きなんだってことしか分からなかった。これは、先輩の『好き』とは違うんですか?」
あたしがこうも冷静でいられるのは、どう考えても先輩がただ好きだからというところに落ち着いてしまうから。暗い中を進んでいくより、どんなに遠くても光が見えている方が冷静になれる。正解だろうと不正解だろうと、結局はそこに行き着くことが分かってしまった。例え、どんな寄り道をしても。
「分かってないよ! 私が言う好きってのはね、女の子とキスをしたりセックスをしたいってことなの! ねえ、気持ち悪いでしょ。同性愛なんて、気持ち悪いだけだよ!」
先輩の口から放たれるそのワードと、聞いたことがないような口調にあたしは身体を強張らせる。
先輩は本気で気持ち悪いなんて思ってるんだろうか。それならどうしてあたしの目の前で唇を噛み締めているんだろう。
正直、あたしだって最初は自分が気持ち悪かった。気持ち悪いものじゃないよって央ちゃんに言わせようとしたし、梨沙子には未だにあたしの心の中を言えないでいる。だから先輩の言っていることが分からないわけじゃない。
だけどあたしは先輩を好きになった、たったそれだけだ。
「桜田先輩、あたしのこと嫌いですか? そういう風に見れないかどうかだけ教えてください」
「それは……」
「あたしにとってはそれが大問題なんです。あたしは、先輩がそういうことしたいならします。先輩となら、できます……経験ないけど」
あたしは今何を言っているんだろうか。後で思い出したら頭を抱えながら唸り声を上げそうなタイプの台詞。だけど、決して嘘ではない。
氷の上を滑るかのように先輩の目からな雫が落ちていく。先輩はそれを手で拭うこともせずにただ口元を震わせるだけ。それでも先輩のことを綺麗だと思うあたしは多分末期だ。
「梅ちゃんはずるいよ……嫌いになんてなれるわけないじゃない」
先輩は綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪ませて、それから細い膝をかくんと曲げるとそこに小さくなってしまった。小さい子みたいに震えるかたまりをあたしはゆっくりと包む。制服越しに伝わる熱を指で感じると、あたしの冷静さは一気に崩れていく。
──好きだ、この人が好きだ。
それを胸の中に閉じ込めておけなくなって、先輩と同じ形で溢れていった。
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