第24話
「どこからそういう噂が出たのか知らないけど、デタラメ」
「そうですよね。なんで、そんな噂が……」
「黒山先生は写真部の顧問だからよく話すことはあるけど、互いに恋愛感情なんてない。あと、ふた回り以上の人なんてお父さんと変わらないでしょ、普通に嫌」
先輩の言うことはもっともだ。本当にどこから発生した噂なんだろう。珍しく先輩の口調が早くて相手を突き刺すようだったので、それには純粋に驚いた。けど、ほっとした。
──じゃあ、他の噂もそんな感じなんじゃないか?
「先輩、美人で大人っぽいから嫉妬とかで変な噂流されるのかな」
「……知らないけど、いい迷惑。他には……何もない?」
先輩はあたしの中にまだ内緒ごとがあることを知っているみたいな口ぶりだ。見透かされているのかと思って怖くなるけど、それならば全ての嘘を今みたいにばっさりと斬り捨ててほしい。
「あのー……伊藤先輩と付き合ってるとか……」
「ない。そもそも話したこともない」
「そ、そっか……あと、先輩がえげつないいじめで同級生を自殺に追い込んだ、とか……これは嘘ですよね」
「……そうだね、それは私じゃないけど……亡くなった同級生がいるのは本当」
歯切れが急に悪くなった。先ほどの勢いで否定してくれるものかと決めつけていたので、胸の奥で嫌な音がし始める。このまま質問を続けるのが怖くなってしまった。
あとふたつ、質問が残っている。桜田先輩の恋愛対象が女の子であることと、あたしのことを遊ぼうとしている、と。先輩がどう答えるのかが怖くなってしまった。
「それだけ? はあ……もう全部ひどい嘘。まさか梅ちゃん、信じてたの?」
「……そういうわけじゃないけど……でも、分からなかったです。あたしが知ってる先輩は、優しくて綺麗で写真が大好きで、あと笑いのツボがちょっと浅い人ってだけだし」
「……ねえ、もし全部本当だったらどうしてた?」
「それも分かんないです」
──だって、あたしが先輩を好きなことは変わらないんだから。
そう続けていいのか迷った。残りの二つの噂が本当なら、あたしはこれを遠慮なく伝えてもいいんだろう。普通の男女が好きな人に告白をするように。性別が所謂『普通』と違うだけで、あたしは普通の恋愛をしているだけだ。先輩が受け入れてくれるなら幸運だし、振られても次の日からはまた友達に戻ってしまうか、振り向かせるように想い続ければいい。遊ばれるのはちょっと困るけど。
だけど、噂が全て嘘だったら──先輩があたしを好きになってくれる可能性も一緒にばっさりと絶たれてしまうわけで。
あたしはこの気持ちを諦めきれるのだろうか。今この場で。
「……私、相当周りの印象がよくないんだ。薄々感じてはいたけど」
「ごめんなさい。本当はこのこと言うつもりなくて……」
「聞き出したのは私だから、梅ちゃんが悪く思わなくていいよ。でも、私と関わるのはやめた方がいいと思う。梅ちゃんまで悪い印象持たれちゃう」
かっと頭に血が上るような感覚だった。どうして先輩までそんなことを言うんだろう。あたしはつい先ほどに梨沙子へ謝らなくちゃいけないと思っていたのに、今度はその怒りを大好きな先輩へ向けている。
──あたしは桜田先輩が好きなのに。あたしの目に映る先輩が、好きなのに。
「どうして、そんなこと言われなくちゃいけないんですか! あたし、先輩のこと好きなのに」
「……慕ってくれるのは先輩として嬉しいけど、でも人付き合いは考えた方がいいよ」
──違う。
あたしがどれだけ先輩のことを考えていたと思ってるんだろう。つまらない噂で友達と喧嘩しちゃうくらいには、好きなのに。先輩と幸せになれたらって何回も妄想もした。男の人に触れられている先輩を見て、胃のあたりがぐるんときつくうねった。先輩と後輩っていう遠い関係なんてあたしは望んでいないのに。
「ねえ、桜田先輩。あたし、噂をあと二つ隠してるの」
「え?」
「……先輩は女の子が好きなんだって。あたしは遊び相手にされそうだって」
「それは……」
「それならいいのにって、思う。遊ばれるのは複雑だけど、先輩がそんなひどいこと言うなら、まだそっちの方がいい。大好きなんです」
桜田先輩は何も返さない。ジワジワ、とセミの声だけが響くだけ。ふたりの間の沈黙を繋いでいるようにも、あたし達をせっつくようにも聞こえる。
あたしはもう一度静かに「大好きです」と伝えた。
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