第23話
学校から少し歩いたところにヒバジョ生御用達のコンビニがある。それを知っている男子高校生とか男子大学生がナンパにやってくるとか、という話を聞いたことがあるけど、あたしはいつも何事もなく無事に買い物を済ませて帰っている。
歯応えがありそうな三角のワッフルコーンの上に、ミルク色のクリームが渦巻いていく。あたしのソフトクリームを作ってくれた店員さんは上手な人だったのか販促ポスターの写真みたいなソフトクリームをくれたけど、先輩のは少し形が歪んで斜めになっていて、それには先輩もさすがに苦笑した。
元気がないから、と言って先輩がソフトクリームを奢ってくれた。さすがに悪いと思ったけど、「私は先輩だよ」と口角を上の方に動かした。
コンビニの中にあるイートインスペースでソフトクリームを食べた。冷房が効いた部屋の中で食べたせいか寒く感じたけど、濃厚なミルク味が口の中を優しく包んでくれたのでそれでいい。
ふたり揃って美味しい美味しいと吸い込むように食べていたら、突然知らない男の人ふたりに声をかけられた──桜田先輩が。これが噂のナンパというやつらしい。
「すみません、後輩と一緒なので」
先輩は目を合わせずに淡々と答える。先ほどまでソフトクリームの味を褒めていた人とは同一人物とは思えないほど、全身で拒否するようなオーラを発している。あたしはオーラが見えるだとか、そういう類の人間ではないけど先輩から吹き出すオーラが真っ黒なのはすぐに分かった。
それにも構うことなく男の人は構わず先輩に絡み続ける。初対面なのに肩に手を回して……それはあたしでもやったことないのに。法が許すなら、今ここで殺したい。
「……行こう梅ちゃん。すみません、失礼します」
「えっ、待ってよ。ねえ俺達と……」
あたしは手に持っていたソフトクリームを偶然を装って男の服に投げつけた。トップスとボトムス、それから帽子全てに同じロゴが入った趣味の悪いコーディネートにミルク色のアクセントが加わる。自慢のコーデに割り込んだそれに男は狼狽えた。
その隙にあたしは先輩の手を引いてコンビニから駆け出した。どこに逃げればいいのか分からないまま先輩の手を引く。あたし達が無事になれるのはどこなんだろう。細い道を入って民家の陰に隠れるようにして、安寧の地を探す。
梅ちゃん、と葉っぱが千切れたような声で足を止める。その瞬間に周りの景色を眺めてから、ここはどこと記憶喪失の人みたいな台詞を吐いてみた。
先輩の手に握られたソフトクリームはどろどろに溶けてしまって先輩の手からぽたぽたと滴っている。もはやワッフルコーンだけが残っている状態。
「うわあ! ご、ごめんなさい!」
「大丈夫。はあ、急に走ったから……息が切れちゃった……梅ちゃん、足速いんだね」
ふう、と先輩は胸に左手を当てて鎖骨から下の辺りを上下させた。その動きに目が奪われてしまう。
近くにあった小さな公園に入って先輩は手を洗った後、むしゃむしゃとワッフルコーンを食べきった。
ワッフルコーンが先輩の歯で噛み砕かれる音と、セミの鳴き声が響いてきて頭がぐらりとする。ちょっとした目眩を起こしかけたくせに、先輩の動きひとつひとつにはこんなにも意識を集中させている。
「はあ、怖かったね。ありがとう、梅ちゃん」
「……あっ、いえ! あたしがコンビニ行きたいだなんて言ったから……先輩、美人だから男の人も声をかけたくなるんですよね。でもあれはないですよね」
「……そうだね、ない」
季節外れの桜色の唇は憂いを帯びている。そこから零れる溜息に綺麗だとか、儚いだとかそんな感情を持てるほどの余裕が今のあたしには一切なかった。ただあたしに先輩を守る力があるのなら、その丸まった肩を包みたい。あんな汚い手じゃなくて、あたしならもっと──。
ふっと自分の中に浮かんだ思い上がりを恥じた。その瞬間にセミの鳴き声がボリュームアップしたように感じて、それはまるであたしを責めるシュプレヒコール。
「……男の人なんて興味ないのに」
先輩は鞄からベビーピンクのハンカチタオルを取り出して額の汗を拭う。
「えっ……じゃあ、アキラくんとできてるってのは……」
──しまった。
あたしは溶けたソフトクリームよりもゆるゆるの口元を慌てて塞いだ。溶けているのはあたしの頭かもしれない。
先輩はそれをスルーはしてくれなかった。気持ちの波が荒立つとはこういう顔のことを言うんだろう、というくらいには眉毛をつり上げて目頭が破けてしまいそうなほどに目を見開く。
じりじりと太陽が照りつけて、汗だって落ちているのにあたしの背筋は冬の朝みたいに震えていた。
「それ、どういうこと?」
──言い逃れできない。
「……友達から、聞いたんです。先輩がアキラくんとできてるとか、二回り以上も歳上の彼氏がいるとか……そういう噂を」
先輩は否定も肯定もせずにハンカチタオルを口に当てたまま、その大きな目だけで感情を訴えてくる。耳に髪をかけるとタオルを太ももの上に置いて「やめてよ」と呟いた。
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