第10話
あの雲撮ってみよう、と言われあたしはそれっぽくカメラを構える。フレームの中に収まる入道雲を見ながら、これがいつも桜田先輩の見ている世界なのかと思うと、先輩の変わり様なんてすぐにどうでもよくなった。あたしは今、先輩と同じ世界を覗いていることに小さな興奮を覚える。
「梅ちゃん、そんなに力まなくて大丈夫。肩は下げて……レンズの部分をしっかり支えてね」
先輩はあたしの両肩にふわりと手を乗せる。そうされるとますます肩に力が入ってぐいっと上腕部が前に出そうだ。
「脇をしっかり締めて、安定させてね。そうそう、いい感じ。ここ! って思ったところでシャッターを切ってみて」
先輩は特大ソフトクリーム見たいな入道雲を指さす。ペンキで塗ったような完璧なブルー、そこに張りついているような山の緑、景色としては完璧なんだろう。あたしが第二音楽室から見る景色もこんな感じで、田舎らしい風景が大好きだ。それなのに、今は興味がない。あたしは適当なところでシャッターを切った。
先輩は写真を確認しながら、上手、とその猫目であたしを捕らえる。それを今このカメラでおさめたら先輩はどんな反応をするのだろうか。笑うのか、怒るのか、それとも無反応? あたしの知らない先輩を見てみたくなった。
「桜田先輩」
あたしは先輩にカメラを向けてすぐさまシャッターを切った。先輩に教えてもらった通りにきちんと構えなかったからブレているかも知れない。
「あ、勝手に撮らないでよ」
「先輩がそれ言っちゃいますか?」
先輩は何も言い返せない。薄い唇の両端っこをきゅうと中心に寄せて、むう、と小さい子みたいな顔をしてあたしから目を逸らす。先ほど撮ろうと言っていた雲を眺めながら頬を膨らませていた。
──その顔はちょっとずるいと思う。
「先輩、あの雲美味しそうじゃないですか?」
「美味しそう……ふふ、梅ちゃんって面白いこと言うね」
「もくもくってしてて、なんか美味しそう。ああ、お腹空いてきました」
あたしはその雲にピントを合わせて一枚。その横で先輩も雲を見上げながら、美味しそうかあ、と零れるように笑む。それを見た瞬間にあたしは雲が美味しそうだとか、お腹が空いたとかもうどうでもよくなってしまった。
「まさか、こんな面白い後輩ができるなんて」
「写真部には後輩いないんですか?」
「……うーん、私、部員の後輩からは敬遠されちゃうの」
雲に夢中になっている先輩をあたしはこっそりと撮った。
ボタンを押すと同時に、あたしはこの人が好きなのかもしれないと思った。その理由はよく分からないけど、その横顔から目を逸らせなかったのが何よりの証拠だ。
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